道柄さんとメル友になります。
なりました、ではなくあくまで、なります。宣言します。
早春のような空気をこれでもかと詰め込まれた病室での紆余曲折を経て、一時『じゃあ交換日記から』と時代錯誤という言葉さえ、『君の瞳は百万ドルだ』という台詞より陳腐だと錯覚させる流れに我に返って抗って、メアド交換という無難な位置に落ち着いた。

かちかちかちかち。

ベッドの上でだらしなくねっころがって、まさにその彼女への記念すべく第一通目。
何を打とうか。どうやって話そうか。実際退院しましたお世話様でしたの端的な文面で事足りるのだが、話題が続くようなメールを送りたい。そう、私はまず道柄さんと親しくならなくてはいけない。
恭の薔薇色の未来への大いなる躍進である。手も足も出なかった半歩前の八方塞がり状態から転がり込んできた絶好のチャンス。
元から接触を取ろうと考えていた。それがあっちから仲良くしたいだなんて!
私が恭を一歩二歩ならずリードしている現状では、これが恭のためだと言い聞かせても、皮肉にしか聞こえないかもしれないけれど。
……あの子知ったら盛大に拗ねそう。
でもあんぐり口を開けて驚きに聲が出ないっていう可能性も……これはこれで『なんで教えてくれなかったの!?』と理不尽な非難をくいそうだ。ちっとも胸は痛まないが、彼の拗ね方はそんじょそこらの素人には真似できない。拗ねの玄人。ごめん、なんか変に突っ走ってしまった。
兎も角、当初の通りこのホットラインは来るべきときまで隠匿する必要性があるようだ。

と、いうわけで私はさっきから三十分程度は携帯の液晶と睨めっこして、打ってはああ駄目だと消して、ならこんなので、と打ってはいやいやこれもちょっと、と消してを交互に繰り返している。
行動力と判断力は抜群だと自負しているはずなのに、どうにも指が動いてくれない。道柄さん、だもんなぁ。
………私が恋する乙女じゃん。
前のストーカーもどきのときも思ったけどさ。

なんで私、こんなに頑張ってるんだろう。

ふと水底から舞い上がってきた、後ろ向きすぎる感想に一瞬息が詰まった。一人残された病室での心臓にどしんと湧いて出た鈍痛といい、なんでか最近自虐的なきらいにある。

いかんいかん、と頭を横に振って、意識を携帯に集中させた。
並んでいるのはたった二行。メールを送ったのは私ですよ、というただそれだけの面白みの皆無な文章である。
進歩してない自分にいい加減愛想が尽きそうだと、訳の分からないストッパーの存在をひしひしと身の内で感じながら、一旦時計を仰いだ。

玄関のチャイムがした。
良い頃合いだとマンネリしていた書きかけのメールを中途で保存して階下に降りる。

「はーい、どな、た…」

「なんで勝手に病院からいなくなってるの?!」

「あ、え、きょ、恭?」

ドアの真っ正面に陣取っていたのは恭で、物凄い剣幕で詰め寄られる。
咄嗟に携帯を後ろ手に隠した。

「退院間近だって聞いて病院に迎えに行ったのに、あかりの病室はもぬけの殻だし、医者を問い詰めても、無言のままで、何も言わないし! 口にできないような何かが発生したのかと僕、戦々恐々としてたんだからね!?」

ちゃんと退院しましたって説明してよ、あの医者! 残り少ない髪の毛落ちればいいのに!
外バージョンの恭に睨めつけられて、舌の根がかちんこちんに固まったのかもしれないけど、ほら、医者としての責務ってやつを全うしてくれないとこっちが困る。私は今から並盛病院の行く末が心配でならない。

「落ち着いてよ。私は普通に自分の足で病院から出てったの」

「な、な、なんで僕に一言も言わずに…」

「いや、なんで私が恭に報告しなきゃいけないの」

潤み初めていた恭は止めを刺されて、言葉すら出ない模様。

「…………とりあえず中、入る?」

ドアを大きく開放すると、彼も異論はないらしく、素直に足を踏み入れた。
小さくでお邪魔しますと呟くところが恭だと思った。

「あ」

それより若干音量の増した素っ頓狂な聲をあげて、恭が唐突に立ち止まった。

「どうかしたの?」

「草壁たちにあかりの行方を捜索させるの止めなきゃ」

「早くそれを言いなさいよ!!」

職権乱用の度が過ぎる暴挙に思わず叫んだ。




あっちもこっちもにっちもさっちも

(どこから手を付けたら良いのやら)

(取りあえず早く草壁さんに電話して!)

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