「っあー! もうなんであんたはそんな無茶してんの!? 良い、わかる? 確かにあかりはこの町でほぼ色んな意味で最強かもしれないけど、その前にあんたは女の子なの。どんだけ高尚な志を持ってても、身体は必ずしもそれに見合うだけの能力が身についてないんだからね!」

「わかったわかった。それについては海より深く山より高く反省してるから」

「そんな言葉に言い包められるか!」

やはり駄目か。付き合いが長いとこういうときの融通がまるで効かなくて、めんどくさい。
晴良は一番の親友で、学校でも恭の元へ入り浸っていなければ、大抵は晴良と一緒に行動している。
恭と私が赤ちゃんからの幼馴染であることも、その場面に出くわしたことはないものの恭の、まあ人には言えない嬉し恥ずかしの本性も、私の愚痴を聞く要員として把握させている。勿論恭はそのことを知らない。恭のことだ。どうせバレやしないと高を括る私は悪くない。それもこれもへたれな恭に全責任がある。

尚も威勢よく喚く晴良に実力行使で沈んで貰おうかと、半ば真剣に頭の中で審議が始まったところで、彼女は彼女なりに激情を収めたのか、最後のおまけとばかりに寝台に拳を、あわや亀裂が入るのではないかと私さえもびくつかせる勢いで叩きつけて暫し静止した後、ぎろりと睥睨してきた。爛々と瞳が物騒に輝いている。
ワオ、恐ろしい。あ、思わず恭の口癖が。

「………入院したって聞いて心配したんだから、きちんと全部余すとこなくその想いを汲んでちょうだい」

目が本気だこの子……何をしでかすかわからない顔してる!
でも一言言わせてもらいたいのは、入院する羽目に相成ったのは私の所為じゃないという一点だ。他の点は甘んじて心に刻もうと努力はしてみるが(あくまで努力の範囲を飛び出ない)、これだけは頑として譲れない。
だけどそれをこのタイミングで考えも無しに口にしたが最後、彼女が烈火の如く再燃し始めるのは誰の目にも明らかなので、賢明にも口を噤む。

「大したことなくて安心した……」

少しだけ良心が鉛筆の先端で差されたが、これも口を挟まない。状況判断能力、言うところの空気読みは穏便な世渡りに必要不可欠である。

「思った以上元気そうなんだけど、退院予定はいつ?」

「検査が終わったら」

「検査?」

はあ、と顔を顰めた晴良よ。それは正に私の台詞だ。

「本当は怪我一つないし、入院の必要なんて爪の垢ほどもないんだけど、どうやら恭が病院側に途轍もなく無用な圧力兼脅しを、院長を真っ青に差せるぐらいには、かけちゃったみたいなのよね」

「………それで、検査が終わるまで、帰れない、みたいな…?」

大仰に首を振る。若干口元が引き攣っている晴良はまだまだ甘い。
私は恭を甘やかしている自覚が多分にあるけど、実際恭も私に対して途轍もなく過保護なのだ。彼の保護者を自認する身としてはそこはかとなく複雑だが、これも恭の愛の形だと私は受け取った。
恭の愛恭の愛恭の愛―――例え、時に鼻水を拭いてやったり、ホラー映画を真に受けて一晩中泣きじゃくる彼を宥めすかしたり、頬を薔薇色に染めて訥々と語る架空の学園生活を聞いてやったりと、愛の内訳と大きさの比重が大きく偏っているとしても、だ。

半眼な晴良を尻目に溜息をついてみせていると、ドアが叩かれた。返事を返すと、見間違いようのない彼女の姿。
内心びくりと揺れた心音を押し殺すように微笑見ながら、でも義理堅い彼女のことだから、連日の見舞いは当然考慮すべきだったか、と自分の見落としを盛大に罵倒する。

「――あの、失礼しま…あ、すみません! また来客中ですね…!」

「ああ、いいんですよ。こいつのことなんて、この脇の花瓶の模様の一つとでも見做してくれて構わないので」

何とも言えない視線が一斉に集中する中、素知らぬ顔で椅子を勧める。僅かに慄いている道柄さんは、けれど私の背後に潜んだ圧力によってか、大人しく椅子の上に鎮座することを選択した。

「それで、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

挨拶は昨日で一通り済ませた。それ以上、何の意図を以てして訪ねてきたのだろうか。
それともやはり、義理堅い道柄さんはこのまま別れることを良しとしなかったのだろうか。
正にこちら側としては大変都合の良い、所謂飛んで火にいる夏の虫というやつで、この機会を最大限利用して恭のための極太パイプを繋いであげようと、打算に満ち満ちた下心を高速で弾き出して、殊更にこやかに先を促した。
昨日のこと、疼いた胸のこと、全ては神経を伝って右手一本で留めた。必要以上の負荷に白いシーツが悲鳴を上げるも、それも当事者の私しか知らない秘めた現状。

「特に用事は無かったんですが…志倉さんと友達になりたい、という理由だけじゃ駄目ですか?」

「………」

どうしよう、照れた。
道柄さんも押し黙って、嫌に胸を擽る気配を漂わせたまま、只管無言の時間が過ぎる。
居た堪れなくなって真っ先に音を上げたのは私でも道柄さんでもなく―――部外者同然の扱いを受けていた晴良だった。

「ねえ、私出て行った方が良い?」



一難去って、さてお次は一体?

(えーと、まずは交換日記から…って)
(現実逃避してる場合じゃない、けど)




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