息が
できない理由を
教えて


あれから一年と少し。月日に言い換えるなら十七ヶ月。あっという間のようで、ジクジクと蝕むような気もした。

「斑目さん?」
「名前」

春。新しいことを始める季節。新入隊員も緊張した面持ちで恐る恐る業務に取り組んでいる。私はそんな彼等の身体検査をしている。

私がいる四番隊に斑目さんが来ることは珍しくはないけれど、傷を負っているようには見えないから疑問符を浮かべた。

「伊江村に診断受けろってよ」
「あら、受けてないんですね」

廊下で立ち話をしては身体検査も進まないから私は一番奥の救護室を勧めた。

「すぐに順番が回りますよ」
「待ってるな」

未処理の朱印を押された書類をヒラヒラ、左手を懐に入れたままドカドカと救護室へ向かう。そんな斑目さんに新入隊員は頭を下げて道を譲る。


身体検査を終えると斑目さんは居座る気らしく、空っぽの化膿止めの容器を投げてきた。

「またですか」
「おう」

可動式の机と椅子を転がして斑目さんの向かいに。これは私が斑目さんとの過ごし方。調合済みの薬剤を大きな匙で斑目さん愛用の柄用に作られた容器に移しかえていく。こんな小さな容器を作ったのが斑目さんだ。

と、斑目さんが私の左手をやんわりと掴んだ。左手に持っていた容器を庇おうと右手の匙を置いて、手を伸ばす。

右手の甲には爛れた跡がある。


四年前、市丸先輩と一緒に出た先で隊長位にあるはずの市丸先輩が躱せない筈のない虚の攻撃から市丸先輩を庇おうとして出来た爛れ。赤茶色に変色していた。

「ごめんな…」
「いえ。私が勝手にしたので」

付き添うと譲らない市丸先輩を三番隊に帰して私は四番隊へ。じくじくと痛むあまり、傷痕に布を抑えるのも躊躇われるぐらいに、血と膿が溢れていた。

「跡、残るかもしれないよ」

四番隊の友人に診てもらうと、どうして?て質問に合う。だから答えた。つい、と。

「隊長格よ」
「例えば、檜佐木副隊長がそんな目にあったら?」

「そりゃあ…そうね」
「うん」

好きな人の為なら体だって張る。それを体現しているのが死神。そんな気がした。


それから私は彼女の口利きで看護士へと異動。それは死に神を辞めることを意味した。

市丸先輩には何度も引き止められたけれど、先輩が私に向ける申し訳なさそうな視線に堪えられず、断った。

「なぁ、名前。名前の気持ちな気付いとるよ」
「せんぱ、い?」

「軍畑に立ついう死神がそないなこと考えて人、庇ったらあかんよ。特に名前は」

「名前にはもっとええ人おるよ」


それきり私は市丸先輩と顔を合わせないように平隊員の治療担当にしてもらっていたのに、馴染みだからと斑目さんは私のところへと通い始めた。

斑目さんは私のことを知っていた。だから、看護士姿の私を見た時は驚いていた。

「かぁ、名字と刀合わせてぇ」
「ごめんなさいね」

そんなやり取りも数えきれないぐらいにした四年と十七ヶ月。斑目さんは私の右手を取った。節くれだった指に撫でられた私の指や手の平。そして、甲。

どれくらいか振りに感触を得た。

「本当は知ってんだよ」

左手で頭を摩り、俯いたまま斑目さんは話し出した。手を握られているせいで私は椅子から立てない。

「市丸隊長のこと慕ってたんだろ」
「なんで…」

「惚れたやつが目で追う先には気付く」

いつもの荒くれた口調ではなく、包み込まれるような声音に言い当てられた気がした。

私が目で追う市丸先輩の先には必ず、松本副隊長がいた。それが市丸先輩に対する私の気持ちと同じかどうかは分からないけどそれ以上に特別な感情があることは分かっていた。


「もう、死神ではないから」
「看護師だもんな」

「もう戻らねぇのか?」

斑目さんの言いたいことは分かる。私にとっての前線は十一番隊の前線とは違う。十一番隊の後ろにいることが私たちの最前線。他の隊には出来ないこと。

「朽木だって副隊長だろ」
「そうですね」

斑目さんが無意味なことを言う時は私の表情が暗い時だと、阿散井くんに教えてもらった。

「そんなに悲しい顔してますか」

あぁ、と訝しがると悲しいじゃねぇなと吐き捨てた。そして、寂しいって顔だよと手を更に握る。

「寂しい?」
「あぁ」

何それと聞き返すと、馬鹿やろうと言い捨てられた。同時に掴まれた手首。斑目さんの掌は熱い。


「いつまでそうやっている気だ?もういねぇんだアイツは!」

アイツって誰よ、とは聞けない。名前を口にするだけで涙腺が崩壊するの、止まらないの。だから、これ以上踏み込まないで……。

「市丸ギンは!もういねぇんだぞ!」
「やめてっ…」

自分が思うより悲痛な声を顔をしていたらしく、斑目さんはギュッと目を閉じた。でも手首は掴んだまま。痛い。

「おい!」
「やめて…」

あの人を思って泣きたくなどないのに流れる涙は止まらない。手にしていた包帯に涙が染みていく。

「いなくなった奴のことをいつまでもグダグダ考えたって仕方ねぇだろ!」

掴まれていない右手の甲に残る傷痕。それはほんの四年前のことだ。そして市丸先輩がいなくなってから十七ヶ月。


「さっきはあぁ言ったが、それでも構わねぇ。ただ一時でいいから、俺のことを考えてくれりゃそれで構わねぇ」

「飯の時でも寝る時でも仕事中でもほんの一瞬。市丸のことを忘れろとは言わねぇからよ。な、名前?」

珍しい。しおらしく饒舌になる斑目さんに私は熱いものが込み上げた。

「女々しいこと言っちまったな」


慕う人が出来てしまえば、きっと私は後を追い続ける。それが十一番隊にいる斑目さんなら尚更、もしもの場合私は生きていけない自信がある。

そのことを斑目さんに「確たること」として知られてしまえば、今より歩みよってきてくれることもないと思う。

それが怖い。

だから私は死神という軍畑から逃げて、看護士という場所にいる。勿論、やり甲斐はある。でも私の逃げ場を四番隊にしたことを後悔してもいる。

「また来るわ」

笑う斑目さんに、きっと私は甘えてる。知られてしまえばと思っていても、見透かされているんだろうなと思うと滲む涙。


今、私が息が出来ない理由を教えて。

そう彼に伝えられるようになることが、前に進む為のたった一つの手段。

そして、斑目さんが甘えていいと言っていることに気付いた今、私が肯定の意味で首を振る。それが答え。

涙が染みた包帯を手に、斑目さんに背を向けた。


<<音沙汰なし様提出


▼一角
トラウマをテーマにすると四番隊ヒロインになってしまう。報われないとなると吉良、市丸、藍染あたりという。なんともまぁ。いつもより女々しい一角になった。私が好きなのは漢くさくて漢らしい一角なので、書いていてモヤモヤするんだけど、また来るわの一言を書いた時、納得した。うん、これだ!というね。逃げ出したと思い込むヒロインは慕う人をつくることも戦うこともトラウマ気味、そんなヒロインをどうにか幸せにしたくて仕方のない一角な話。


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