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苦しい。
イノセンスの力を孕んだ言葉は多少無理な体勢で強く抱きしめられた上に神田の身体に抑え付けられて出て来なかった。
一瞬驚いて【命令】の続きを発するタイミングを逃した私の呼吸の合間に、彼は耳元で囁いた。

「自分を忘れろ、って言うつもりだろ」

言葉を詰まらせた私に、今度は溜息を漏らす。

「させねぇよ、そんなこと」

抱きしめたままの私の顎を掴んで無理矢理目を合わさせられる。その瞳に、声に宿る怒りに思わず首を竦めそうになった。

「今までのお前との記憶は、他の誰のものでもない。俺のものだ。お前に対するこの気持ちも、俺のものだ。それをお前が消す?はいそうですか、って賛同するとでも思っているのか」
『っ…』
「全部俺のものだ。捨てるか抱えるかは俺が決める。お前が決めることじゃない」
『だったら、』
「だから、大事にしたいって言ってんだよ!」

声を上げて、泣きたかった。
荒い言葉とは裏腹に押し付けられた唇は優しくて。
予想していなかったために上手く最初の呼吸が出来ず、ペースが掴めなくて苦しくなる。声を漏らせば一瞬離れて何度も角度を変えた。
いとおしむようなキスも、あの任務帰りの朝に私が神田にしたようなキスも、いっぱい、くれる。

酸欠でだんだんとぼんやりとしてきて抵抗が出来なくなった私をやっと解放すると、今度は壊れ物を扱うかのように優しく抱きすくめてくれた。

「確かに俺は“あの人”を今も捜している。…愛している。でも新藤のことも、比べられないくらい、愛している」

先程の勢いなど嘘のように小さく掠れた声で耳元に唇を寄せる神田に身体を預け、乱れた呼吸を整える。

「我が儘だって、分かっている。優柔不断だとも分かっている。それでも、」
『誰かに、私を取られるのは嫌だ?』

小さく笑ってやれば僅かに強くなる腕の力。そっと吐いた息。
きっとこれが、“いとしい”というのだろう…。

『私はお前や私自身が想像しているよりも遥かに我が儘で、強欲で、醜いぞ?』
「俺の方が、度を超えている」
『...この命、想像しているよりもずっと、ずっと短いと思う』
「…分かっている」
『それでも、側に置いてくれますか?』

絡みつく腕を解かせて顔を覗き込む。その美しい黒曜石は、確かに微笑んでいた。

「最期まで、一緒にいてやる」
『…ありがとう』

私は今、心の底から笑えているよな?

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