あたしの籠は広かった。


「鶴乃、彼が花宮真君よ、ほら、挨拶なさい」
「はじめまして花宮さん、結城家長女、結城鶴乃と申します」


父親の知り合いは大体偉いお金持ち、くる人皆様に正しいおもてなしを、それが幼い頃決められたルールだった。
あたしはそれに抗う事もなく疑問に思う事もなく、お辞儀をし、母親から言われた台詞を一文字一句間違えなく、機械的に伝える、それだけだった。


「はじめまして、よろしく」


第一印象は、大人しそうで頭が良さそうな一つ上の少年。あたしにとってお客様の花宮真はそれ以上でもそれ以下でもなかった。


「よろしくお願いいたします」
「鶴乃、私達は花宮さん達とお話があるから、真君と桜の間でお茶でもしてなさい」
「わかりました」


何も違和感なんてない、両親のいう事は絶対、両親のやる事は絶対。
そういう生活、そういう世界。馬鹿みたいな大きなこの家が世界のあたしに、両親の行いに疑問なんて感じる必要はなかった。

襖に無数の桜がちりばめられた部屋は、比較的狭い寛ぐための一室。茶器やらも沢山置かれていて、暇潰しに最適な娯楽が、この堅苦しい家では一番あった。


「花宮さん、何を致します」
「あーだりぃ」
「か……」


衝撃的なその気の抜けた声、適当な言葉使いは、まだ八歳の私を旋律させるには十分な出来事だった。


「は、花宮さん…?」
「別に親も見てねぇしかたっくるしくすんなよ」
「え?え?ぐ、具合でも、悪いのですか…?」
「ふはっ、お前馬鹿じゃねぇの?」
「…ばか…」


そんな台詞小説の一説でしかみた事がない。屋内育ちのお嬢様に、花宮真は異質であり、興味をそそられた。


「お高くとまってんなよ」


なによりあたしは我が儘だった。

それから小学校を卒業するまでに、あたしは家で定められた規則を九割は破ったし、世界はあの広い家の何倍にも広がった。
その時隣にいたのは花宮で、多分あたしはその時から異質なお坊ちゃんに惚れていたのだろう。


「おい結城」
「なに」


その日は彼が小学生を卒業した日で、育ち良さそうな服の胸に花をつけ、あたしを見下ろしていたのを覚えている。


「家から出たいか?」
「…は?」


花宮のいう事はいつも衝撃的だった。ただ、今回の発言はいままで比じゃない、ずっとあの家があたしの籠で罠なのだ、家からでるなんて想像もしてなければ、現実でもありえない。


「出るのか、出ないのか」


この家は重くて堅くて息苦しい。それでもあたしはこの家に住むのが一番楽だと気づいていたし、逆に出れば苦労する事もしっていた。

人間の手により育てられた鳥が鳥籠から逃げ出すわけがないのだから。


「…出れないよ、出れるわけない」


どうやって出ろっていうんだ。


「そうか、じゃあしばらくは会わねえな」
「ほ、ほんとに、いくの?」
「当たり前だろ」


その時、小学生のあたしに突き付けられた現実は、失望感でも別れでもなく、純粋な失恋しか残っていなかった。


「じゃあな、結城」


花宮の背中が遠かった。


信頼
(信じていたから忠実だった)