春、月曜日、その日、世界は実に平和で平凡で誰かが人殺しなんてしても影響なんてほとんどでない日だった。
私もパンにジャムを塗りたくり、今日の時間割なんかを思いだしながらニュースを見る、いつもの朝。


『大変残念なお話ですが、今日の午後六時、地球は滅びます』


そうアナウンサーが伝えるまでは。


午後四時を越えた頃、空は絵の具をぶちまけたみたいにカラフルになっていて、薄汚い煙が雲みたいに充満していた。
ただ、そんな不気味な空なのに、もう一つ、最上級の違和感は、図上には真っ黒の吸い込まれそうに大きな円だ。円の正体は巨大な隕石らしい。かなりの大きさらしく、隕石は今日の午後六時に墜落する。人間も犬も猫も地球はただそれを眺める事しかできないのだ。

ガラスの破片や刃物が飛び散って、家やビルやらわかんないけど建物はそこらじゅうでごうごうで燃える。けたたましいサイレンの音と、人々の悲鳴。たまに足下には知り合いの死体なんかもあって、発狂した人に背中を少し傷つけられたりなんてして、正に“終末”を迎えた世界を眺めながら死にたいと足をひきずるようにして屋上の扉を開けた。


「あ、」
「わ」


真っ赤と真っ青の二つが交わって黒い球が浮かぶ空と、寂れたフェンス、その真ん中に彼がいた。


「高尾君だ」
「田中さんだ」
「終わるね世界」
「そうだね」


そんな会話をしながらフェンスにもたれ掛かる。
三十分前には人類が残らないらしい。今は四時半、残り一時間の命だ。


「一時間だよ」
「みじけーな」
「そうだね」
「叫ぶか」
「何を」
「大切な人へ告白とか」


がしゃんとフェンスの揺らす。鳴り止まないサイレンの音、悲鳴、地獄絵図とは正にこの事。


「…好きだよ、」


続いて伝えられた名前に思わず目を見開いて高尾君を見詰める。
泣くのを我慢して小さく息を漏らす高尾君に、声をかける事すらできない。


「…そっか」
「…気持ち悪いよな」
「ううん、全然、実は私同じクラスの井浦さんが好きだから」
「まじで?」


神様、仏様、いっそ閻魔様、お願いします。世界を壊さないであげてください。


「もう死んじゃったかな、緑間」
「どうだろうね」
「…会いてぇなぁ」


好きな人がいて嫌いな人がいて、顔も知らない赤の他人がいて、親がいて、


「真ちゃん」


なにより醜く汚いこの世界を、


「好きだよ」


なにより綺麗なこの世界を、


「神様もさ、こんなに綺麗な地球を壊すとか馬鹿だね」
「…そうだな」
「今日産まれた子だって沢山いるのに酷いよ」
「酷いな」
「…高尾君、地球は争いが絶えなかったね」
「変な性癖やらエゴで沢山の奴が死んだしな」
「自分の事?」
「そうだよ」


だんだん息苦しくなってきた、終わりが近付いてきてるのだと身体で実感する。

世界一最低な星よ、さようなら。


「死ぬほど生きにくかったが、嫌いじゃなかったぜ、地球」
「同じく」


握り締めた高尾君の手は、熱かったけど、冷たかった。

さようなら