鍵盤を叩く、作曲者私の安定のしない不協和音を荒々しく鳴らす。
第二音楽室に入る人なんて滅多にいない。その事をいい事に、強く、強く、ただ強く音を鳴らす。


「あああああああああああ!!!!」


第二音楽室に入る人なんて滅多にいない。どうせいなくても誰も私をみないんだ。それならば大声を出す。


「あああああああああああ!!!!」


ぼろろんぼろろん好きなように何も考えず鍵盤を叩く。誰も私を咎めないし誰も私を怒らない。ならば好きなようにやる。
作曲、私が不協和音を鳴らしながら好きなように叫ぶ。
誰も私をみない。
誰も悪い私をみないから大丈夫だ。
どうせ誰も私をみない。


「…やってられっかクソボケがああああああああああああ!!!!!!」


ビャンッと最後に荒々しく鍵盤を叩き椅子から立つ。はあはあと息切れしながら音楽室からでたら案の定イケメンがいた。


「…赤司暇なの?」
「そんなわけないだろう」
「バスケは」
「玲央に任せた」
「暇じゃないならきちゃだめでしょ」


苦い顔をしながら微笑む赤司を眺める。彼は優しい。

赤司とは中学からの付き合いになるのだがまるで兄弟みたいな関係だ。
私が洛山に入るとなった時、赤司は「奇跡だな、俺も洛山だ」と言われた時は運命を感じた。赤司が高校デビューをした時は色んな意味で運命を感じた。危険も感じたけど。


「あんなに強く叩いたら弦が切れる」
「あーっと…見逃してくれない?」
「別に構わないが…また何かあったのか?」
「いやっははは……まあ、ね」


楽譜が地面に散らばる。先生の冷ややかな視線、他の子からの嘲笑、母親の怒鳴り声と赤くなった私の指先。


「(別に好きでピアノ弾いてるんじゃないし…)」


親に言われるがままピアノを習ったけどいうほど上手くは無い。決して下手ではないが、上手くもないのだ。
正直ピアノなんてもう弾きたくない。手が疲れるだけだ。…でも


「僕に一曲弾いてくれ」
「…うん」


赤司は別だ、彼は私のピアノにレッテルなんか貼らない。だから教室よりも自室よりもコンクールよりも、

とびきり気持ち良く、自画自賛したくなるほど素晴らしい音が弾ける。私にとって唯一の観客は赤司一人だけだ。

ジャンッと有名ピアニストの気分で演奏を終える。パンパンと優しく拍手してくれた赤司に、わざとらしくスカートを指先で少しつまみ上げをあげ礼をした。


「…星子はピアノが嫌いか?」
「……好きか嫌いなら嫌い」


というかピアノに関係する人達が嫌いだ、先生も生徒も母親も、


「嫌い、大嫌い」


頑張っても頑張っても輝かしい評価をしてくれない審査員も、私より上手く弾けるライバル達も、そんな風にいつしか思うようになった私も。


「嫌いだなぁ」


黒光りするピアノを撫でる。ピアノも嫌いだ。私を上手く弾かせてくれないから。


「じゃあ僕はピアノを弾く星子が好きだよ」
「………ほう?」


思わず滑って鍵盤に手が落ちた、ジャーンッとけたたましい音が響く。思わず耳を塞いだ。赤司はけろりとして笑っている。こいつの耳どうなってるんだ。


「星子の弾くピアノの旋律は世界一綺麗だ」
「ま、またまたあー」
「本当だ、だって、」


僕が言うんだから。
そういった赤司に思わず吹き出した。そうだ、赤司がいうんなら間違いない。私のピアノは素晴らしいんだ。

ぽつんと私の涙がピアノに落ちた。