俺は中学の時女の子をいじめていた。何故いじめていたのかわからない。ただ陰湿ないじめだったと思う。
ずっと無表情でいたから、俺達は何も考えずにその女の子をいじめていた。

俺が女の子をいじめるのをやめたのは中学二年生の夏だった。
覚えてはいない。でも、何故か、女の子と二人っきりになったのだ。


「げ」
「……」


忘れ物を取りにいったからだったか。たまたま女の子の鉢合わせしたのだ。
女の子は俺をみるなり目を見開いて顔を真っ青にして鞄を持ち走り去った。…いや、違う。…そうだ、走り去ろうして、確か転けたんだった。


「おい、だいじょ」
「っ、……」


声をかけようとした瞬間女の子は手を耳にあててすぐに立ち上がり、今度はちゃんと走り去っていった。
ただ、俺の目には生気が感じられない青白い顔と怯えて涙が溜まった光のない瞳が焼き付いた。

そして自分のしたことに恐怖を覚えた。まさか、なんともないような顔をしていたのに、女の子はずっとあの顔だったのだろうか。幽霊のような生気の感じられないあの顔。

人殺し。

女の子が死んだら、俺は、人殺しになるんじゃないんだろうか。
ルーズリーフに走り書きで手紙を書く。許してほしかった。女の子に、自分がした事を全て。
落書きだらけの机の中にいれた手紙の内容は覚えていない。
ただ、次の日に俺は、汚いといった男子にやめろと叫んだ事は覚えていた。
それで何かが変わったとか罪が無くなったとか軽い気持ちになったとか一切無く。ただただじわじわとあの時の女の子の顔だけが俺に残っていた。

女の子ともう一度話す事になったのは、高校も卒業まじかの三年生の冬の頃だった。
志望の大学にも受かり、町はバレンタインにむけキラキラと輝いたリボンで埋め尽くされるそんな時期で、俺は確か、何かのレポートをするためにカフェにいたような気がする。
終わらないレポートに四苦八苦していた時、ガヤガヤと賑やかになってきたカフェで「すみません」と声がふってきた。


「は、い!!」
「相席しても、よろし、い、…すみません何でもないです」
「ちょ、ま、まって!!」


今度は、ちゃんと女の子の腕を掴む事ができた。

人がガヤガヤと煩い店内で、俺と彼女だけは時間が止まったように動かなかった。長い沈黙からでた言葉は、実にシンプルに一言、「ごめん」だけだった。


「……高尾さん、座ってください」
「あ、え、あ、はい…」
「…こんな事貴方に話すべきではないんだろうと思います」
「……」
「私は貴方を好きでした」
「……え、」
「酷い事をされても、全てを終わらせてくれた貴方を好きになっていました。私は確かに貴方に恋心を抱いていました」


通りかかった定員に彼女はミルクティーを頼み。唖然とする俺を正面からみて、また話をはじめた。


「貴方が罪悪感から私を助けたとはわかっていました。出来るだけ表に出さないようには心掛けていたのですが、貴方の訪問は突然の事だったので」
「…なんで」


定員が湯気の立つミルクティーを彼女の前に置いた。彼女は軽く礼を言い、今度は何も言わずに黙って俺を見つめた。


「…覚えてなくていい。あのな、実は俺、一年生の時、お前と同じだった」
「…え?」
「髪も短かったし、背も低かったし、声も高かったし、顔つきだって、まだ幼さかった」


窓際の列の一番後ろ。窓際でも彼女が本当の窓際、俺はその隣に座っていた。


「一年生の時。隣の席にいた、消しゴムをくれた子が好きで、どうしたらいいかわからなくて、いじめた事があった」


この話をしても彼女との間には何も埋まらないし何も解決はしない。だけど彼女も俺も泣いた事だけは覚えていた。


俺が消しゴムをくれた女の子を好きになった話。