ほかほかの身をパジャマで包む。いくら最近急に冷え込んできたとはいえ、湯上がりで暖まった身体にドライヤーを使うと汗をかいてしまうだろうだった。タオルを肩にかけて洗面所の扉を閉めると、メイコさん、とリビングの方から呼び掛けられた。
「お風呂先に頂いたわ。何してるの?」
メイコさんが出てくるの待ってました、と微笑むルカの手元に入浴の準備らしきものはなく、代わりに彼女の前にはハチミツの入ったボトルとラップが置かれていた。
「どうしたのこれ?」
「すぐわかりますよ。さ、メイコさん座って下さい」
言うやルカは立ち上がると、空席になったそこへと促す。
話が掴めないまま言われた通り座る。それで?とルカに視線で問いかけると、ラップを5センチ程の長さで切ってくっつかないようにそっとテーブルへ。今度はハチミツのボトルを手に取り蓋を外すとそれを傾け、ルカにとられていた私の左手の薬指にどろりと金色がおとされる。
「っ、」
金色に汚されていくのをぼんやりと眺めていると、不意に頬に何かが触れた。ボトルを持っていたはずのルカの手だった。輪郭をなぞって顎で止まると、そのまま持ち上げられた。自然と白群色の双眸とかち合う。胸が少し高く跳ねるのを感じ慌てて視線を逃す。
「舐めちゃダメですよ?」
金色にまみれた私の指をルカが器用に操って私の唇の上を行ったり来たり。滑らかなその動きはくすぐったくて、反射的に身を引いてしまった。
「っな、何するの」
「あ、喋っちゃダメです、とれちゃいます」
「え?」
再び私の顎に手を添えて、取れてしまったハチミツを丁寧に塗り直す。一通り塗り終わったのか指と手が離れていったかと思うと、鼻から下を先程切ったラップで素早く密閉された。
「はい、終わりです。あと5分はそのままでいて下さいね」
「……」
どういうことなの、と話せない私が見上げると簡単なパックですよ、と返ってきた。
「最近空気が乾燥してますから。唇は特に皮膚が薄いですから、ケアしないと荒れちゃいます」
「……」
なるほど。つまり湯上がりに効果的なケアなわけね。でも去年リップクリームだけだった割に荒れた覚えないんだけど。
「…キスを、」
「?」
「乾燥して弱った唇はキスをしただけでも荒れてしまいますから」
傷つけてしまうのは嫌ですから。眉根を寄せながら独り言のように。じんわりと暖かい気持ちが沁みてくる。大事にされているのだな、と感じずにはいられない。同時に湧いてくる愛しさにどうにかなってしまいそうで。
「……」
「え?…!」
ルカの細い右手首をハチミツがついていることも構わず急にしっかりと掴み立ち上がった私に驚いたようだが、無視して唇を重ねる。カサ、とラップの端が擦れる音が鳴った。いつもなら粘液の混ざる音だったりするけれど、今日はルカの優しさでできた軽い音。ラップ越しに触れ合った唇はやっぱり柔らかかったけれど、その隔たりはもどかしくて。それでも唇の隙間から、先程塗ったハチミツが入りこんできて、酷く甘ったるいものとなった。
何度か向きを変えてただ重ねるだけの行為を繰り返す。薄目を開けてルカの様子を伺うと、幸せそうに目を細めていた。勢いでしてしまったことへの不安が消えて、再び私は目を閉じた。
稚拙なキスに没頭してすっかり時間を忘れていた私を途中でルカが制してラップを剥がされた。
ああ、もう5分経ったのか。と思うと同時に今度はルカか唇を寄せられる。そのまま肩を軽く押されて、座らされた。すぐ唇を離されたかと思うと、唇を丹念に舐め回された。
「ハチミツもメイコさんも、甘いですね」
少し蕩けた白夜色をしているくせに煽るようにルカが言う。
「ん、」
黙れ、という意味を込めてもう一度こちらから、今度はもう隔たりもないので舌を挿し入れ、離れる。
「あんたも甘ったるわよ、ルカ」
お互い様なのは承知の上だが、言わずにはいられなかった。
「…ところでメイコさん」
暫しの沈黙の後、ルカはまだ少しハチミツの残っていた私の薬指を口元に運び、舐め取る。赤い舌がチロチロと這い少しずつ丁寧に指を舐めていく。ぞくり、と背筋に電気が走った。
「ぁっ…!勝手に舐めないでよ…。何?」
「ふふ、ごめんなさい…ハチミツって、唇以外にも効くんですよ?だから…」
他の部分も塗ります?と薬指を加えながら上目遣いで窺ってくる。
「…調子に乗るな、バカ」
あんたはお風呂、私はドライヤーが待ってるの。文句は無視して、その場を足早に離れるしかなかった。
きっとあのまま見つめられていたら頷いてしまうに違いなかった、から。