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俺は喋りすぎたことを後悔する。やっぱり、あんなにはしゃぐんじゃなかった。先生に謝りたくて口を開くけど、乳首をぐりぐりと強くひねりあげていく指がそれを許さない。
「っあ! い、た…ぁッ…せんせ、ちが、」
「何が違うんだ? 村瀬という男の方がいいんじゃないのか」
「…っ! ちが、う…違う」
先生の口調はいつも通りで、感情をむき出しにこそしないけれど、どこまでも冷たくて本当に怒っていることが伝わってくる。
怒った先生って新鮮だな、なんて脳天気なことを考える余裕なんてなくて、乳首への痛みから逃れようと必死にもがくけど、想像以上に力のある先生が、手首をつかむ片手一本で俺の動きを封じてしまう。
「ああ、それとも…」
そこで初めて先生の口調が俺をあざけるような笑いを含んだ。乳首を摘む指を離し、また優しく撫ぜてくる。さんざん摘まれて敏感になった粘膜がシャツの生地に擦れ、痛いくらいの刺激に身体がのけぞる。鎖骨が黒板に当たって、ゴ、と音を鳴らした。
「お前は私にこうされたくて、わざとあんな話をしたのか?」
「そん、な…わけ」
乳首を捏ね回されながら耳元で低い声でささやかれて、恐怖しているはずの俺は腰が砕けそうになる。
「ない、なんてことはないだろう。――こっちはそう言ってる」
「っひあ! あ、そこ、だめ――!」
先生は今までで一番色気のある声でささやいて、俺の中心に手を伸ばす。いつの間にか立ち上がっていた屹立をスラックスの上からギュッと握られたとたん、俺は立っていられないほどの快感に襲われた。
「――っあ、そこ、触っ…ちゃ」
「だめ、じゃないだろ? こんなにして――」
「うぁっ、あっあっ!せんせ、やめ…やめ、っ!」
そのまま先っぽを手のひらでぐりぐりと撫で回されると、オナニー以外の快感を知らない俺はいよいよ膝をガクガクと痙攣させる。だけど先生は俺の腕を握ったままだから、座ることもできずにぶら下がったような体勢になる。
「散々私を煽って、教室でこんなことをされて喜ぶなんて――悪い子だな、結城は」
「あっああ!…ちが、せんせ、い、っや、ぁ」
先生の言っていることが本心ではないということはもう俺にでもわかっていた。ただ、不器用な先生が怒りのやり場を見つけられずにこんなことをするのだろうと。そして、俺が先生をそこまで追い詰めてしまったのだと。
それがわかっているから、俺は先生に謝りたいのに。早く安心させてあげたいのに。俺のポンコツ脳みそはこんな状況でも快感に塗り込められていく。
「せん、せぇ…っぁ、んぁッ! ご、め、――っ、…ッ」
「……結城?」
気持ちよさとか悲しさとか、あとどうしようもない先生への愛しさとかが全部ごちゃ混ぜになって、気づいたら俺は涙を流していた。
それに気づいた先生が驚くように身を引き、ようやく両手が解放される。同時に力の入らない身体が床に崩れ落ちそうになって、慌てて先生に抱きかかえられた。
肩を支えられながら床に座り込んだ俺は、しゃくり上げながら必死に言葉を紡いでいく。
「…結、城」
「っ、せんせ、ごめ…なさ――俺、おれ、」
「嬉しくて、俺、はしゃいでて」
「先生と、久しぶりだった、からっ…だから」
「仲良くなりたくて――俺の事、もっと…」
「―――ッ!」
涙で霞む視界の向こうで、先生が息を呑むのがわかった。数瞬、迷うようなそぶりを見せ、そして何か言おうと口を開きかけたその時、
「――! 隠れろ!」
「え、――!」
先生が突然何かに気づいたように顔を上げ、素早い動きで俺の手を引く。
「何――」
「静かに。見回りだ」
引っ張り込まれた先は、教壇の下の、コの字型の狭いスペースだった。先生に後ろから抱え込まれるようにされ、手のひらで口を塞がれる。
いつの間にか夕日の光が消えていることに気づく。薄暗い教室の、教壇の下に入ると、自分の足先も少し見えにくいくらいだった。
耳を済ますと、廊下を歩く足音が近づいてくるのがわかった。身をこわばらせると、先生が優しく俺を抱き寄せる。
「大丈夫だ、いつも廊下から見回すだけで中には入ってこない」
すっかりいつもの先生に戻った口調で言われ、口を塞がれたままの俺はこくこくと頷いた。
足音が教室の前で止まる。どうやら懐中電灯で教室内を照らしているようだった。楕円形の光が二人のすぐ横の薄闇を切り取ると、先生がさらに身体を密着させてくる。
見つかったらどうしようという緊張と、狭い空間でこんなにも体を寄せている状況とで、俺の心臓は口を塞いでなければ飛び出るんじゃないかってくらい脈打っている。
先生の同じくらい早い鼓動を背中に感じ 、耳元にかすかな呼吸を聞かされるとますます動揺してしまう。おまけに鼻から息を吸い込むたびに先生のにおいが媚薬のように身体にしみこんで、五感が研ぎ澄まされていく感覚に陥る。
永遠のように感じられる数十秒がようやくすぎさり、見回りの人の足音が遠ざかっていく。この教室は端にあるから、戻ってくる心配をする必要もない。
足音が聞こえなくなり、ようやく安心して教壇から出ようとすると、身動きがとれないことに気づいた。
「先生?」
「――結城…すまない」
先生が俺の身体を抱きしめたまま、呟くように言った。俺も何か言わなきゃ、と無理矢理身体を反転させるとすぐ近くで不意を付かれた先生の顔があった。気まずそうにそらしかけた顔を追いかける。
「先生…っ」
「今日はもう、帰――」
「…キス、して」
とっさに出た俺の言葉に先生は目を丸くする。このまま何事もなかったみたいに帰ったら、明日からきっと気まずくなってしまうだろう。まじめな先生のことだから、責任を感じて俺と話さなくなるかもしれない。そのまま自然消滅なんてこともあるかもしれない。
なんていいわけを頭の中でしなが ら、本当は後のことなんかどうでも良かった。俺はただ単に、今、先生をつなぎ止めたかった。今、先生にキスをしてもらいたくて、今、――この身体の火照りを何とかしてもらいたくて、
「結城、これ以上はもう――」
「いいから、俺、いいからっ」
「…結城」
「だから――シテ、先生」
薄暗い影の向こうで、先生の顔から“教師”の仮面が剥がれ落ちていくのがわかった。
「――どうなっても、知らないからな」
そして俺は人生三度目のキスをする。
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