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いつもより3本ほど早い電車に乗ったのはただの気まぐれだった。ただ、少しだけ早起きができたというだけ。俺は少しだけ早く家を出て、少しだけ早い電車にのって、少し早めに出社しようと思いついた。ただ、それだけの理由で、

(なん…っで―)

――見知らぬ指が俺の身体をまさぐっているのか。

数本早い電車だからといって、車内が特に空いているわけでもない。むしろ月曜日ということもあってか、いつも乗る車両は普段より少し密度を増し、クーラーの効きも悪いように感じられた。

最初は気のせいだと思った。狭い車内で携帯でも探しているのだろうと。時折俺の身体に触れてくる指は、しかし、俺が無視しようと努めても、辛うじて身動きできる範囲で身を捩っても、どこまでもどこまでも追ってくる。やがて確実に俺に触れる頻度を増し、距離を縮め、明らかに意思を持ち始めた。

シャツ越しに俺の肩を触り、上半身の輪郭をなぞり、首筋をよじ登って左耳に到着する。触れるか触れないかの加減で、バラバラに動かされた指がまるでピアノでも弾くかのように刺激する。

そちらに気をとられているうちにいつの間にか右の脇腹に添えられた指が上下に往復する。決して強くは触れずに、それでも、確実に存在を主張して。

(ちょ…男……)

ようやく視界にとらえた誰のものとも知れない指は、すらりとしているが明らかに男のものだった。

確かに俺は「そちら側」で、どれだけ一般人のふりをしても見抜いてくる目ざとい人たちは今までにもいた。が、例え俺が男が好きだとしても、確認もせずにこんな大胆な行動をとる変態はお断りだしこんなプレイだってごめんだ。

(勘弁してくれよ……――っ!?)

吐き出そうとしたため息を咄嗟に呑み込む。俺の耳に、明らかにクーラーのものではない風が吹き掛けられたからだ。どうやら『目ざとい人』さんは電車の揺れに乗じて俺に身体を密着させてきたようだった。

おまけに俺の両脇に腕を割り入れ、自由に動ける空間まで確保している。それに気づいてようやく危機感が湧いてきた。さらに目的の駅まで、30分、電車が止まらないことに気づいて頭が冷えていく。

俺の身体がこわばったのを知ってか知らずか、指はそれをほぐすように身体中を動き回りはじめた。ワイシャツ越しに、脇腹から上半身にかけてを執拗になぞられると全身に鳥肌がたつ。

「――、―っ」

俺はとにかく体の前面をドアの窓ガラスに張り付けたまま、男の指が“それ以上”に至らないようにガードを続ける。

指は身体を無理矢理剥がそうともねじ込もうともしない。ただ、ぴったりと張り付いた胸とガラスの隙間をなぞる。

たまに、つ、と背中に触れ、脇腹を下がっていったかと思うとまた胸に向けて上っていく。それがまるで毛並みを逆立てられているようで、ひ、と声をあげそうになるのを慌ててこらえた。

「ぁ…っぁ…は……っ――ん」

何度も何度も、俺は子供のオモチャのように同じ反応を返す。

そんな。

そんなそんなそんな。

ただ単調な動作が繰り返されているだけなのに、いつの間にか快感を拾い始めた身体に俺は焦りはじめる。

目をつぶって何も考えないようにしてるのに、俺の脳裏には男の指が翻る。一瞬だけ見えた、色白の、細くて、だけど少しだけ骨張った、綺麗な、指。それが今俺の身体を這っている。

反応し始めた俺に気づいたのか、男はそれが嬉しくてたまらないとでも言いたげに、無邪気な息づかいを耳に吹き掛けた。

「ひぁ――っ」

すっかり敏感になったところに、実は俺の弱点である部位へ唐突な攻撃をされてとうとう間抜けな声をあげた。同時に背中をビクリと曲げた俺に隣にいるおっさんの怪訝な視線が突き刺さる。

俺はすっかり混乱していた。電車で痴漢にあっていること、それにうっかり感じてしまっていること、さらに人目にさらされていること。対処すべき優先順位もわからず、俺はとにかく誰にも気づかれずにこの場をやり過ごすことに集中した。

男はといえば、一瞬できた、ドアと俺のからだの隙間を見逃すはずもなく、すかさず指を伸ばしてきた。触られる――そう身構えた俺はしかし、想像していた感覚よりもずっと弱い刺激に拍子抜けする。男の指は敏感な部分をかすっただけで、また脇腹に戻っていったのだ。

――からかわれている。

そう気づいた後で、男の行動の意図がじわじわと身体に効果を表し始めた。

(なんっ…で――)

微かに触れられた胸の中心、意識しちゃダメだと思うほど逆効果で、そこは 確かに熱を持ち始めていた。その熱を鎮めようとする間にも男は俺の身体をまさぐる手を止めない。

脇腹を、胸を、肩を、首筋を。乳首と同様に、下半身にも決して伸びる気配を見せない指遣いは、まさぐると言うにはあまりにも遠慮がちな指使いだった。

それでも、スイッチを入れられた俺の身体はわずかな刺激も逃すまいとしてますます敏感になっていく。時折耳にかかる息が感度を増幅させていった。

(…あっ……も…う)

もう、――続くことばを一度考えてしまえば欲求は堰き止められずに溢れだしていくから、必死に歯を食い縛る。気をまぎらわせなければ、と薄目を開けた視界に映った時計の文字盤が、目的の駅までまだ半分以上時間を残していることを告げていた。



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