▼バレンタインの偶然02



そこは同じ様な考えの人の逃げ場になっていたのか、数人が疲れた様な顔で座っ
ていたり、戦利品をまとめていたりする姿が目に留まる。
残念というか当然というべきか、ベンチは全て埋まっていて、しばらくは空きそ
うには見えなかった。
かといって、このまま、また会場に戻るのも…と悩みながら会場を振り返ると、
売り場への入口辺りに少し人混みが少な目な箇所が見えた。
「あそこでも見ようかな…。」
すでに『人が少ない』というだけで惹かれたようにも感じたけれど、それとは他
にも、なんだか引き寄せられるように名前はそこへ向かった。




「いらっしゃいませー。」
近寄ってみればそこは決して無名な店ではなく、むしろ全国的に展開しているよ
うな有名なお店だった。

ただ、そのコーナーでは限定品などはなく、通常に販売しているものを売ってい
るようで、そこの隣ある限定品のエリアには長蛇の列が出来ていた。
でも、それは名前にとっては好都合。

「あ、これ食べたかったやつだ。」

思わず呟いて手に取ったそれは、以前から何回か見かけてはいたけれどなんとな
く買いそびれていたシャンパン味の生チョコ。
近くで見かけなくなってから、すごくおいしいらしいと聞かされてかなり後悔し
ていたものだった。



そして、同時に思い出されるのは学生時代の事。
それははじめてこの生チョコの存在を知った時の事でもあった。

「そういえば好きだって言ってたな…。」

毎年驚くくらいチョコをもらっていた彼らに、名前がチョコを渡した事はなか
ったけど、それでもその量やすごさは噂に聞こえてきていた。
どこのチョコが好きらしい、とか、どんなプレゼントならいいんじゃないか、と
か、その噂はどれも信憑性に薄いような、でも彼らならありえるような内容のも
のばかりで、聞くたびに驚いたものだ。


そんな噂が飛び交う中、本当に偶然に図書室で聞いてしまった本人からの言葉。

「俺、ここのやったら食えるわ。結構好きやで。」

仲のいい友達との話の中でそう言いながら示していたチョコレートのパッケージ
は、その時からきっと忘れる事はないだろうとは思っていたけれど。

あれから何年たってるのか。
何かがあったわけでもないのに、今でもしっかり覚えていた事には少し自分でも
驚いた。


「これ1コと、こっちも1コ下さい。」
このタイミングで見つけたのもきっと縁。

名前はビター味とシャンパン味を1コずつ、購入した。
それを買った事で会場に来たかいも出来た気がする。
もう帰ってもいいかもしれない。

人混みに揉まれるよりは先ほどの階段スペースから他の階に行ってからの方がい
いかもしれない、とそう思い、もう1度先ほどのスペースへ向き直って、



足が止まった。


さっきまで考えていたから幻覚でも見てるんだろうか。そんな出来すぎたタイミ
ング。

確かにさっきまでなかった姿がそこにはあった。
いくつかの紙袋を横のベンチにおいて、少し疲れたようにため息を吐く姿はあの
頃の面影を色濃く残している。
あの頃から大人っぽかった分、容姿の方が実際の年齢に追いついただけかもしれ
ない。
あの頃はそんな勇気もなかったけど、あれから何年も経っている。
同じクラスになったのは数回で、覚えられているか、少しばかりの不安はあったけれど、当時から頭のよかった彼の記憶力に祈るように、そして、あの頃は持てなかった勇気を出してみた。

「忍足くん……?」
ここまで勇気を出して、それでも残る不安に少し離れた場所から声を掛ける。
すると、彼は俯き気味だった顔をゆっくりあげた。


「ん………あ、れ…?苗字…か?」
それは間違いなく先ほどから思い出されている同級生の忍足。
同じクラスにはなったけど、本当に顔だけではなく、名前まで覚えていてくれたとは。
「久しぶりだね。」
自分から声を掛けた手前、そのまま、というわけにも行かずに、名前は忍足の前まで近寄った。
「偶然やな、こないなとこで。」
ここ、座るか、と横に置いていた紙袋をわざわざ足元へと置きなおして、場所を空けてもらったらそれを無下にできるわけもない。
お邪魔します、と呟いてそこに座った。





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