別に大した理由なんてなかった。
ただ、ふらふらふらふら歩きたかっただけであって、そしたら公園のベンチに座っている一人の男性を見かけて、ちょっと話しかけたくなっただけだった。
私には何もなかったのだ。
まぁ…そのとき私は少しだけ鬱だったかもしれないけど。
「隣、いいですか?」
「え?あぁ…どうぞ!どうぞ!」
彼は少しだけ呆けていたらしく、私に話しかけられることによって現実の世界に戻ってきたみたいだった。
私は彼の横に座る。ちらりと彼を見ると彼はまた呆け始めていた。
彼の視線の先には…―――楽しげに遊んでいる小さな子供たち。無邪気な笑顔を振りまきながら夕方の公園で遊びまわっていた。
その時、私は彼が何を思いその微笑ましい光景を見ていたのかわからなかった。
何故なら、その光景を見る彼の表情は何か大事なものをを忘れてきたような………………そう、吼えることを忘れた虎のようだった。
………――それが、鏑木・T・虎徹という男の第一印象だ。
「よく考えたらよぉー」
その出逢いから数年後。
私たちは公園のベンチではなく、彼の家のソファーにまた隣り合って座っていた。
「本当に俺でいいのか?」
彼は私の顔を見つめた。
「別にいいですよ」
私より彼のほうが年上なので、私は彼に対し敬語を使う。
「…………そうか。」
彼は安心したような表情を浮かべ、俯いた。
「子供持ちだし、昔の嫁さん忘れらんねーし、なんか情けないな俺」
「そうですか?私はそれでも虎徹さんが好きですよ」
「ありがとな、」
「けどまだ結婚はできませんよ?」
「はァ!?」
どういうことだよそれ、と言いながら立ち上がった。リアクションが大きい大人だ。
私は彼の行動を無視して話を続けた。
「楓ちゃんにお願いされたんです」
「楓に?」
「はい。
"お父さんは名子さんにゾッコンだけど、今は私のお父さんだから、私が結婚するまでお父さんと結婚するのは待って"って。」
彼の家に挨拶に行ったとき。まだまだ未熟な女の子に言われたこと。
『……どうしてかな?』
私は彼女に目線を合わせるため、しゃがみ込んだ聞いた。
彼女は私を真っ直ぐ見つめながら、言った。
『お父さんの役割は私を立派に育てあげることだから』
『そうなの?』
『私は名子さんのこと好きだし、お父さんが幸せならそれでいいよ。けどね、』
彼女は部屋の奥にある仏壇を見つめた。
『私のお母さんとの約束は守ってもらわなくちゃ』
『わかった』
「へぇー、楓がなぁーそんなこと言うようになったか」
彼は感心したように頷いた。
「と、いうわけで結婚はまだまだ先ですね」
「だ、な。」
彼は私に微笑んだ。
私も彼に微笑む。
十年後にね、私が結婚するまではお父さんはあげない
だけど私が結婚したらお父さんあげる
だってお父さんが一番愛しているのは名子さんなんだもん
だからもう少しだけ、お父さんと一緒に居させて、お願い
Selfish
(わがまま、)
(さてと…子供はどうする?)
(私たちが結婚できるのは10年後以降ですよ?)
(できちゃった結婚で楓を納得させれるか………)
(無理でしょう)