----あのとき幸せを殺し損ねた----



シャープペンシルの先で数式をなぞる。
「うーん?」
それだけで答えが分かったら苦労しない。補習用のプリントは半分以上白紙のままだ。俺、先週もこうしてなかったっけ。

「あれ。ツナ、まだやってんの?」
クラスメイトがドアから顔を出した。俺は肩をすくめて応える。
「先生いないじゃん」
「電話が来て職員室戻っちゃったよ」
「なんだそれ」
先生来るまでに答え教えてやろっか、という言葉に小さく笑う。
「いーよ、自分でやる」
「お、偉いじゃんダメツナ」
ダメツナ。その呼称がなんだか懐かしい気がした。毎度も言われているはずなんだけどな。
「じゃあ偉いツナのために俺が声援を送ってやろう」
なんだか威張りくさってそう言うと、俺の机の前のイスに逆向きに座った。
「すごくいらないんだけど・・・」
「そういうなよ。暇なの、俺」
「部活どうしたの?」
言っておいて、俺はこいつの部活が何か思い出せなかった。これ以上馬鹿になってどうする、俺。なんだっけ。
「なんか顧問がインフルとかで休み。さっきまでミーティングいってた」
「へー」
まぁいいか、と数式を綴る。合っている気はしないけど、とりあえず埋めることが重要だ。

二人以外に誰もいないので教室は静かだった。部活動は始まったばかりだから、グラウンドはランニングの掛け声で満ちている。野球部の声がひときわ大きい。俺と同じ学年に有望なルーキーが居るとかで、士気が上がっているらしい。

「なんか、平和だよなー」
漠然と考えていたことを言い当てられて驚いた。顔を上げたら、窓の外を見ていたそいつが左目だけ視線を寄越してにやと笑った。
「そういう顔してた、お前が」
「そう?」
顔に出やすい性質だとは思っていたけど。俺はほっぺたを自分で引っ張る。
「・・・うーん、なんというか。毎日学校行って、体育で失敗したりテストで赤点とって補習したり、家に帰ってもゲームしたり、休みはごろごろして終わるって日常がなんか懐かしい気がして」
「ひっどい日常だな」
俺は苦笑する。まったくだと思う。
「でも良いよ。俺、こういうのが毎日続けば良いなーと思う」
その言葉に声を上げて笑われてから、クサい事を言ったな、と自覚して顔が熱くなる感覚がした。くそ、変な笑い方しやがって。
「笑うなよー」
「いや、おかしくって」
身体を震わせて爆笑している。そこまで笑うか、と俺は逆に呆れてしまう。
「そんなに笑える?」
「―――そりゃ、もう。おかしくてたまらないですね」
突然口調が変わった。その瞬間、すとんと俺の中に疑問が降って来る。
あれ、こいつの名前なんだったっけ。
「日常なんて続かないんですよ」
クフフ、と笑う声。その右目は、夕陽にのせいでなく赤い。毒々しいほどに。
「おまえ、なんでそういうこと、いうの」
名前。なまえがわからない。
右目に浮かぶ六の文字。それが優しく細められる。

「これ、夢ですから」




夢から覚めた。赤と青のオッドアイが俺を覗き込んで笑っている。
「朝ですよ、ボス。気分は如何ですか」
最悪だよ。朝から吐きそうだ。
「・・・悪趣味」
「ありがとうございます」

骸は幸せそうに笑った。



いいや、幸せに殺され損ねたのさ



20101226
骸に樺根くんなら板井くんといったところか


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -