リクエスト
※尾→←鉢でやきもき



【器用不器用】



尾浜勘右衛門は器用な男である。
鉢屋三郎もまた、器用な男である。


そうなって当然なのだ。
共同生活を送ることで遠慮のえの字もなくなった級友たちは、学級委員長だというだけであれこれ面倒なトラブルや頼み事を運んでくる。
それら全てと真面目に向かい合っていたら正直身が持たない。
時には少し手を貸して、また時には上手く言いくるめて、そうやって人と人の間を立ち回ってトラブルをおさめているうちに、自然と器用になるものなのだ。




だけどなぁ、と勘右衛門はちらりと隣に視線を遣る。
学級委員長委員会の委員会室にて、勘右衛門の右隣で事務作業にあたる鉢屋三郎は書類から視線も上げないまま「どうかしたか、勘右衛門」と素っ気なく言葉を寄越してきた。
「いや、な、なんでもない」
勘右衛門はびくっと背筋を伸ばして首を横に振った。過剰な反応をしたせいで逆に三郎は筆を止めて、訝しげにこちらを見てくる。
「何だ?」
「別に、何でもないって。鉢屋は相変わらず手跡が綺麗だなぁと」
「……」
失敗した。
何言うんだこいつは、とでも言いたげに顔を歪めた三郎を見て勘右衛門はそう思った。またやってしまった。無理やりすぎたし、しかも言うに事欠いて文字って。男が褒められて嬉しいもんでもないだろうに。
器用なのと愛想がいいのが取り柄なのに、どうしてか三郎相手だと空回りしてしまう。
「何を今さら、昔から言われ慣れてる」
「あーうん、いやさ、俺の字ってどうもまるっこいから羨ましくて」
勘右衛門はやり取りの間に乾いてしまった目の前の紙をぺしんと叩く。三郎は黙ってそれを見て、何故か柔らかく笑った。
「勘右衛門らしい字だろう」
「…そっ」
変な声が出た口を押さえて、ごほんと咳払い。
「…そう?それよりさ、少し休憩にしない?」
勘右衛門はがたりと立ち上がり、三郎に背中を向けると菓子の入った戸棚を開けた。澄ましてはいるが、心臓はばくばくとうるさい音を立てている。

鉢屋が笑った。
俺の字を俺らしいって言ってくれた。

それだけのことで耳まで熱くなりそうだった。
鉢屋三郎相手ではいつもの尾浜勘右衛門でいられない。取り繕おうとすればするほど、どうにも失敗している気がする。

勘右衛門は菓子皿に饅頭を取り分けながら長く息を吐いた。





やってしまった、と鉢屋三郎は背後の気配を伺いながら眉間に皺を寄せる。
突然文字を褒められて、動揺したのもある。もっと他にあるだろうという位素っ気ない返し方をしてしまった。さらには勘右衛門が自分の字を気にしてると言ったのに「君らしい」は不味かったんじゃないか。
事実、三郎は勘右衛門の少し丸い、素朴な文字が好きだったのだがそれとこれとは別の話だ。
後ろから長い溜め息が聞こえて、三郎は更に唇を噛んだ。

いつもこうだ。いつもこう。
学園が認める天才、鉢屋三郎。
何でも人一倍上手くこなしてきたし、どんな事を言えば相手が怒るかも、その反対だって手に取るようにわかった。
それがこと尾浜勘右衛門のこととなると全くどうしたらいいかわからない。別に怒らせたくはないのに、いつも通りの鉢屋三郎で居られない。

はぁ、と思わず溜め息を吐くと「どうしたの、鉢屋。元気ない?」と心配そうな表情で勘右衛門が覗き込んできたので三郎はぎょっとした。
「なんでもない」
「ほんと?なんかあったら言ってよ。あ、俺の分も饅頭食べる?」
ぽとぽと、と降ってきた饅頭を三郎は慌てて両手で受け止める。委員会で出される菓子は言うまでもなく、予算会議で与えられた「経費」で購入している。その管理は三郎がしているのだが、今落とされた饅頭はどうも買った覚えがなかった。
「どうしたんだこれ?」
「お土産。俺が午前中、町に行くついでに買ってきたんだよ。鉢屋、ここの饅頭好きだったろ?」
「……は」
「ん?」
「いや、なんでもない。一つでいい」
ぽふ、と丸々とした饅頭を一つ勘右衛門に返す。勘右衛門は「そう?」と首を傾げた。
三郎は息を止めるように口をつぐんだ。確かにそんな話をしたかもしれない。けれどもいつかもわからない昔の、世間話のなかでたまたま口にしたくらいの話題だ。そんなことを憶えていなくても、ましてやわざわざ買ってくることもないのに。口を開いたら、何か変なことを言い出しそうだ。
「甘いものがあるなら茶を淹れよう」
「あっ、ごめん。ありがと」
勘右衛門と入れ替わるように三郎は立ち上がり、いつもは庄左ヱ門が使う茶の用具の入った箱に手をかけた。



お互いから目を逸らして、尾浜勘右衛門は、鉢屋三郎は、己の不出来を嘆く。
どうしてもっと器用にやれないのか。
同時に吐いた溜め息にはお互い気付くことはなかった。




20110523
まんじゅう吐きそう


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -