鏡花水月 | ナノ

郷に入っては郷に従え

二:四月十六日 土曜日

昨日の今日で来店したのは銀髪のあの人。店に入るなりカウンター席に座ったので、お冷を彼の前に置きに行く。

「よぉー。相変わらずワーカホリックか?」
「この前休んだこと、ご存知でしょう?」

この前とは先週、突然言い渡された休みを「二日ではなく一日にしてほしい」と彼の横でお時さんに頼んでいた事を言っている。相変わらず、なんて言い方をしているのでこの人も覚えているだろう。

「休み減らしてしてほしいなんて頼むやつ、仕事中毒と言わずになんて言うのか俺ぁ知らねー」
「仕事があるのはありがたい事なんですよ」
「そうねー、俺も仕事欲しいわ」

頬杖をつき、はぁーとため息を吐きながらそう言う坂田さん。
坂田さんは総悟くんより幾分か話しやすい気がする。それは彼が総悟くんのように"人を疑うことが仕事の警察"ではないからだろう。怠そうな話し方とこちらに大して興味がなさそうな態度が逆に私を安心させる。

「なぁ、何か依頼したいこと無えの?どうせ金使わずに貯め込んでんだろ?」

そういえば前に、もっと詳しい街案内頼みたいなら依頼しに来い…みたいなこと言われたな。しかし、明らかに私のお金目当ての発言。

「新手のカツアゲですか」
「ツレの一人もいねえ上京娘に優しい言葉をかけてるだけだろーが」
「都会の人怖いです」
「どうせ思ってねーだろ。んな真顔で言いやがって、もうちっとニコッて出来ねーの?」

ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべながら言ってくるその気遣いとも優しさとも思えないような軽い口調に、愛想笑いを取っ払って真顔になる。まぁ半分は冗談だと思うが…いや、3割くらいかも。お金が欲しいのは本当だろうし。

「銀さん、いつものかい?」

厨房からお時さんが声をかける。

「いんや、おばちゃん。今日はあんみつ持ち帰り4つ頼まぁ」
「はいよ」

実はうちの店のあんみつ、持ち帰りも出来る。ただし店内のどこにも書いていない。というか、持ち帰りだけならお冷出さなくて良かったのでは?席に座るから出してしまったではないか。
持ち帰りも、あの餡子山盛りに苺アイスなのだろうか。あれ食欲失せるしやめたほうがいいと思う。それに、餡子缶買って家で食べた方が安上がりじゃない?

「餡子缶買った方が早くないですか?」
「いやいや、違うから。持ち帰りは普通のやつだから」

思わず心の声がそのまま出てしまい、しまった…と思ったが坂田さんは普通に返答した。良かった、アレじゃ無いんだ。小豆色の餡子と苺色のアイスだけって本当に見栄え悪いからやめてほしい。

「銀さんアンタ金あるんだろうな」

厨房から平五郎さんが少し疑うように声をかける。

「大丈夫大丈夫、さっきパチンコで当てて来たから。今の銀さんの懐あったけぇよ?ほっかほかよ。ナマエちゃん触ってみ?」
「結構です」

胸に手を当てる仕草をする彼に私は呆れたように言い捨てて、厨房に逃げるように入る。お時さんに「私がやります」と言って、作り置きの寒天が入った容器を受け取る。

「標準でいいよ、これは」
「わかりました」

そう言われた通り普通のクリームあんみつを4つ、持ち帰り用の容器に詰めて手提げ袋に入れる。それを持ってカウンター席に向かうと、先ほど置いた水のコップは空になっていた。その横に手提げ袋を置く。

「あんがとよ」

袋を手に持ち席を立つと出口へ向かって歩きだす彼。その背中についていき、レジへ向かった。レジを操作して金額を言うと、坂田さんが財布を取り出す。

「そういえば、ご家族へのお土産ですか?」
「まぁそんなとこ」

4つって、誰だろう。チャイナの子、眼鏡の子、坂田さん。あと一人、犬の子かな?でもこんな量じゃ足りないよな。下の階の人にも数が足りないし、眼鏡の子のお姉さんだろうか。

そんなことを考えながら坂田さんからお金を受け取り、またレジを操作してお釣りを取り出す。

「200円お返しです」

カルトンに2枚100円玉を置くと、それを財布にしまう坂田さん。そして財布を懐にしまうと「なぁ」と切り出し私の目を見てくる。

「マジでなんかあったらいつでも依頼しに来いよ」
「随分と熱心な営業活動ですね」
「ちげーって。この街に住む先輩として言ってんの。ここは良い街だが、治安の悪りぃところもあるからな。無償の善意よりも金発生した方が頼みやすいんだろ?」

……優しい、気味が悪いと思うほどに。

連日一緒に働いている平五郎とお時にも、まだまだ心を開ききっているわけではない。もちろんとても良い人達だし、私を騙したり嫌なことは絶対しないと思える程度に信頼している。だからといって、自分に何か困ったことがあっても助けを乞うつもりは無い。きっと彼らは何も言わず、無償で助けてくれるだろう。しかし、神ですら私を見放して何の断りもなくこの世界に連れてきたのだ。見返りを求められない優しさには何か裏があるのではないか、と人の善意を素直に受け止められなくなるのも当然じゃないか。それに、周りに頼る大人が居なくとも今までうまくやってきたはずなのだ。誰にも頼らず一人でやらなけらばいけない、というスタンスが私の根底にある。
きっと彼はそんな私の本質を見抜いてそう言ったのだろう。まだ数回しか会ったことがないというのに。漫画で見てきた少しわかりにくい主人公の優しさが、私にも向けられている現実に少し鳥肌が立つ。

あなたの過去も未来も全て知っている異世界から来た人間なんて、本来優しくされる筋合いはない。こんな気味の悪い存在が、主人公に気遣ってもらえるなんて事ありえないのに。
初対面の時に真っ青な顔を見られてしまい、正直しくじったと思った。「知り合いでもない奴が何故自分の顔を見て青ざめているのだ」と、怪しい人物と思われていてもおかしくないはず。しかしそうならなかったのは、"偶然"この店で再会したおかげだ。
彼にとって私は、馴染みの店で働き始めたただの店員。これは総悟くんに対しても同じことが言える。私はいわゆる"モブキャラ"なのだ。その立場を得たおかげで、私は彼らと普通に会話する事を許されている。"偶然"の糸を紡ぎ合わせたことによって繋がった、何とも奇妙な縁である。

「坂田さん」
「ん?」
「私、万事屋さんの場所知りません」
「……今度連れてってやるよ。じゃあな」

そう言って顔を体ごと出口に向けると、手をひらひらと振りながら店を出て行った。

まるで予定調和のような、私に都合の良い"偶然"が重なって巡り会った彼ら。テレビマンも呆れるようなご都合主義のシナリオに私は助けられたのだ。
自ら求めることは許されない。しかし、伸ばしてくれる手は掴みたい。目の前に垂らされる糸を掴まないと、自分の存在が底無し沼に沈んでいきそうになる。どろどろに溶けて消えてしまいそうになる。この世界に存在している意味がわからない、自分が本当に存在しているのかわからない。考える事を諦めて心の奥に仕舞い込んだはずの感情達に、気を抜くと飲み込まれそうになる。そんな自分を、誰かに引っ張り上げてほしい。
なんて他力本願なんだろう、自分はこんなにも弱く頼りない人間だっただろうか。この世界に来てからずっとこの調子だ。そんな弱音は全部、擲たねばならない。捨てられぬのであれば、心の奥の奥の、もっと深い奥底に押しつけて、決して表に出て来れないように蓋をしなければいけない。

今後も私は、この世界で与えられるシナリオに沿って生きていく。それが私の中での「郷に入っては郷に従え」ということである。
だから私は、目の前で坂田さんが垂らしてくれる糸に縋り付く。

(2022/04/23)

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