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お揃い、だってさ


「おっ室町くんだ」

そんな声と共に、俺の肩に軽く手が置かれた。
振り返ると、ニコニコと笑う名字先輩が手をひらひら振っていた。

「お久しぶりです、名字先輩」

ぺこりと頭を下げると、先輩はまた笑って「くるしゅうない、くるしゅうない」と繰り返した。先輩に会ったのは夏休み前以来で、その時より少し印象が違って見えた。理由の一つとしては、横に流してあった前髪が、額を隠すように眉の上で切りそろえられていたこと。それはすぐにわかった。でも、他に何かが違うような気がする。
しばらくその違和感に頭を傾げ、閃く。

「焼けましたか」
「ん?」
「その……肌」

以前より肌が焼けているのだ。
言うと、先輩は「君も焼けたね」と笑った。確かに俺はテニスの練習で日に焼けているが。先輩は何故こんなに焼けているのだろう。改めて見ると、前とはかなり違うような気がする。

「あー……私そんなに焼けたかな? わかりやすい?」

ジロジロ見過ぎたか、先輩が照れたように腕を撫でた。慌てて取り繕おうとしたが、小麦色の肌を目の前にしては言い訳の言葉が見つからない。ならば話題を変えようと思案し、先程気になった髪の話を切り出した。

「せ、先輩、前髪切ったんですね」

額の辺りで手で作ったハサミをチョキンと動かす。すると先輩は一瞬驚いた後頬を染めて俺から目を逸らした。あ、まずいこと言ったかも。

「に、似合ってないかな……」

恥ずかしそうに俯く先輩に「いえ!」と首を振る。ただ、以前までは大人しそうなイメージだった先輩が、夏休みが明けてみると活発そうな少女に変わっていたから、驚いただけだ。
その旨を身振り手振り、オブラートに包んだり丁寧に細かく説明すると、先程までは眉をハの字に寄せていた先輩が堪えきれないように「あはっ」と笑った。驚いて目を瞬くと(サングラスのおかげでその様子は先輩には見えていないようだったが)、先輩は額にかかる前髪を手でぐっと掻き上げた。ますます意味がわからずきょとんとしていると、先輩が「ほらここ」と額の真ん中辺りを指差す。

「日焼けの境目、見える?」

言われて見れば、少し広い額を横断する線が見えた。これね、と先輩が続ける。

「水泳のキャップの跡なの」
「水泳……?」
「そ。私水泳部なのよ」

言われて、納得した。だからこんなに焼けているのか。先輩は、元は白くて焼けやすく、またすぐに元の肌色に戻りやすい体質なのだと言った。先輩と知り合ったのはここ半年くらいのうちだから、知らないのも無理はない。

「前髪切ったのは、この日焼けの境目を隠すため」

ゴーグル焼けだけはしないように気をつけたのよ、と嫌みったらしく言われた。どうせ俺は逆パンダですよ。
柄にもなくいじけてスタスタと足を進めると、「ごめんってぇ」と言いながら先輩が後をついて来た。
横に並んだ先輩を見ると、俺を見てニコニコしていた。

「なんですか?」

問うと、嬉しそうに笑いながら先輩は「お揃いだね」と自分の額と俺の目元を指した。

「……そうですね」

なんだか無性に嬉しくなり、意図せず俺の口角が上がる。
先輩の前髪をさらりと指先でどかしながら、冬なんて来なければいいと心で願った。


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