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右頬か左頬か選べ


――銀華中テニス部が、以前よりも力を入れているらしい。
そんな噂を友達から聞き、私はテニスコートへと向かった。クラスで馬鹿騒ぎばかりをしているアイツがテニス部の部長だというだけでも驚きだというのに、それが真面目に練習をしているとなると、見に行くしかないだろう。

「えぇーっと、福士福士ーっと……」

コートに行くと、パコン、パコンと小気味良い音が聞こえた。緑のジャージが跳ね回る中、私は福士ミチルを探した。

「オイ堂本! スピードが落ちてるぞ!」
「お、いたいた」

堂本とラリーを続けながら、指示を出している。
へぇー、ちゃんとテニスしてんじゃん。普段の授業もあんな風にしてくれりゃあ先生も注意しなくて済むのに。隣の席の私も注意しなくて済むのに。「恋も授業も俺達関係ない」とか言ってたけど、恋はともかく授業は関係大有りだと思うんだよなー。
両手をガシャ、とフェンスに引っ掛け、練習の様子を眺めた。
テニスなんて見たことないからよくわからないけれど、結構上手いじゃないか。勉強面だと諦めが早すぎるくせに、今はどんな球にでも食らいついていってるし。普段はあんな馬鹿な顔してるくせに、今はあんな真面目な顔してるし。

「……って、お、名字じゃん」

思った以上に見入っていると、首からタオルをかけた福士がフェンス越しに近寄ってきた。汗の量がすごい。相当頑張ってんだろうな。

「やぁ、福士。テニスプレイヤーっぽいね」
「ぽいんじゃなくてそうなんだよ」

そかそか、と言いながら福士の後ろを見る。もう休憩なのかと思ったが、他の皆はまだラリーを続けているからそうではないらしい。福士の相手だった堂本が置いてけぼりにされて怒ってる。かと思ったら私を見て「あーあーあーなるほどな」とニヤついた。キモい。
堂本にあっかんべーをしていると、「つーかよ」と福士が言った。

「なんで名字がいるんだ? 」

きょと、と首を傾げた後、はっはーんと馬鹿な笑みを浮かべる。

「この福士ミチル様の勇姿を見に来たか!」
「うん、そうだよ」
「そーかそーかやはりなって、え!? そうなの!?」
「うーわ馬鹿だなー福士」
「え、なんだよどっちなんだよ!?」

俺を弄ぶのもいい加減にしろ! とぷんすか怒る福士を無視して休憩に入った田代に手を振る。あ、振り返してくれた、いい奴だ。

「オイ聞いてんのか!」
「うん聞いてるよ、田代良い奴だよねって話だよね」
「全然チガウ!」

なんだ違うのか。

「それより部長がこんなとこで油売ってていいの?」
「う……そっそれはお前が……!」

目を泳がせながらごにょごにょと言葉尻を濁す福士。福士は観客嫌いなのかと思い「邪魔だった?」と聞くと「滅相もございません!!」と唾を飛ばしながら熱弁された。じゃあお言葉に甘えて。

「もうちょっと見やすい位置ない?」
「え?」
「練習してんのちゃんと見たいから」

どこ行ったらいい? と尋ねるとぱああと顔を綻ばせ、「こっちだ!」と中に入れられた。おいおいそれでいいのか部長。中に入るなり部員たちに手厚くもてなされた。おいおいおいこれでいいのかテニス部。まぁ以前よりは真面目らしいしいいか。何があったか知らないけれど。
ベンチに座りながら練習風景を見ていると、福士がこちらを振り返り、指を差した。

「しっかり見てろよ!!」
「はいはい。あと人に指差しちゃ駄目だよ」

手を小さく振ってやると、「おっしゃあああ!!」と気合いを入れる福士。なんだかすべり台を初めて一人で滑る子どもとそれを見守るお母さんみたいだ。

頑張れ銀華。君たちならきっと勝ち進めるさ。





後日、彼らが全員腹痛で棄権したと聞いて全員にビンタ食らわせたけど、これ正当だよね。


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