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恋人たちのヒミツ


※夢主が性格悪い設定です



「名前先輩、俺、今日もテニス頑張ってきます!」
「うん、頑張ってね! 近くには行けないけど、応援してるよー」
「はい! 先輩のために頑張りますね!」
「ありがとー、長太郎君大好き!」

三年生のクラスがずらりと並ぶ廊下で、鳳と名前は今日もなごやかな雰囲気を醸し出していた。
鳳は高身長だが、威圧的な風はいっさいなく、さながら大型犬である。そしてそんな鳳ににこにこと笑みを浮かべる名前はとても小柄で、可愛らしい顔立ちをしていた。二人が並んで立つとそこは、じめじめとした陰鬱な場所であったとしても、マイナスイオンが飛ぶかのような空気に変わるのだった。
しかし、それを遠巻きに眺める彼らは知っていた。

「……じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃーい」

名残惜しげに手をふり走り去る鳳を見送った名前が、「……もう終わったか、名字」「…………ちっ今話しかけんじゃないわよ宍戸」鳳以外には毒々しい態度になるということを。

「お前なあ……」

あからさまな態度の変わりように、宍戸は頭を帽子ごとわしわしと掻いた。

「絶対いつかバレるぞ、長太郎に」

バレる、というのは、彼女のこの性格のことである。彼女は鳳に好かれたいがために、名演技とも呼べるような猫のかぶりかたをしているのだ。普段は気性の荒い猫のようだが、名前は鳳の前では決してふわふわとした可愛らしい態度を変えることはなかった。

「バレるわけないでしょ。私には長太郎君センサーがついてんのよ。長太郎君が見てる前では、ちゃんと可愛らしく振る舞ってるんだから」

名前がすたすたと教室に戻る。宍戸もそれにならいながら、かわいそうだよなあと思った。


名前に恋愛相談を持ちかけられたのは、2ヶ月ほど前のことだった。
曰わく、「いつもアンタとテニスをしてる鳳長太郎君に一目惚れしたからあの子の好みのタイプを教えやがらないとお前の髪を切り取ってエクステとして重宝してやるぞ」。
その脅し文句に一瞬思考が停止したが、なんとか頭を整理して彼女が鳳長太郎に惚れたこと、好みの女性のタイプを知りたいこと、そして自分の髪がエクステ用として狙われていることを理解した。さすがにエクステにされるのは嫌だったが、三年生の間で性格が悪いと評判の名字名前に自分の大切な後輩を売ることははばかられた。
逆上される覚悟で直接本人に聞けとオブラートに包んで言うと、逆上どころか彼女はおいおいと泣き始めたのである。
「自分がタイプに当てはまらないことだけはわかるから直接聞くのが怖い」
「まず彼とは知り合いですらないのに聞けるわけがない」
「第一印象が良くないとダメなのに今の私の第一印象が良いわけがない」
宍戸はこれを聞いて、どんだけ好きなんだよ、と思った。逆に怖いわ、とも思った。
しかし泣かれてしまっては優しくしないわけにもいかず、つい「とりあえず繊細な感じで物腰を柔らかくして優しくしとけ」と言ってしまったのだ。つまり「誰にでもけんか腰のお前じゃ長太郎とは合わねえ、諦めろ」ということを遠まわしに言ってみたのだが、彼女はこの言葉を素直に受け止め、自分の性格を天変地異の前ぶれかと思わせるくらいにひん曲げて鳳にアピールし始めたのだ。
鳳と接するときの名前はまさに別人だった。清楚で、繊細で、物腰が柔らかで、優しくて、女の良さをすべて、しかしあざとくない程に引き出していた。
もちろんこれを目撃した事情を知らない三年生からは、更に敬遠されるようになった。しかし彼女はそれを気にしていなかった。鳳にさえ好きになってもらえたら他にはなにもいらないといった様子で、彼女は鳳にアピールし続けた。
そしてついに、二週間前、二人はつき合いだした。鳳からの告白だったという。


「とにかく、私は今が幸せなんだからほっといてよ!」

机の中のノートをばさばさとかばんに突っこむ名前の横で、宍戸は「つってもなあ」と腕を組んだ。

「お前から本当のこと言わねえと、他の奴がいろいろ脚色して長太郎に告げ口しちまうかもしれないぜ?」
「それが本当だと思われないくらい私は彼の前では【可愛い子】だから平気よ。それに……、本当のこと言ったら、嫌われちゃうかもしれない……」

言い終わったあと、少しの間うつむく。しかし、すぐに名前はきっと宍戸を睨んだ。

「そんなことより! アンタも早く部活行きなさいよ! 長太郎君待たせてんじゃないわよバカ!」
「わ、ちょ、押すなって、わかったから!」

ぐいぐいと背中を押されながらも、宍戸はうまい具合に自分の席の近くにまで寄って、机の上に置いていたかばんをひっつかんだ。
教室の外に押し出された宍戸はくるりと振りかえり、名前の頭に手を置いた。

「まあ、長太郎はいい奴だし、お前もそれで可愛いとこだって……あー、多分あると思うからよ、自信持てって」
「ちょっと、目そらされながら言われたって説得力ないんだけど! ……言っとくけど、このことバラしたらまじでアンタのことバラバラにしてやるからね!」

頭の上に乗る手をはじき、名前はピシャリとドアを閉めた。耳をすますと、教室の中で「全くもう!」と憤慨する彼女の声が聞こえた。反対側のドアから、まだ中に残っていた生徒がぞろぞろと廊下に避難する。宍戸もその生徒たちに紛れて廊下を歩いた。

「……ほんとかわいそうだよなあ、名字……鳳が本性込みであいつのこと好きだってこと、あいつだけ知らないんだもんなあ……」

誰かがぽつりとこぼしたのを聞いて、宍戸はそれに同意するように、今日一番の大きなため息をついた。
二週間前、本当に名字と付き合うのか、あいつまじで性格悪いぞと詰め寄るクラスメイトたちに笑顔で放った鳳の言葉が、頭の中でこだました。

「え、俺、結構前から名字先輩のああいう乱暴なとこ知ってますし、可愛くて好きですよ。それに、俺に嫌われないように可愛く振る舞う姿って可愛いし、絶対浮気とかしなさそうですよね! ……あ、このこと、先輩には秘密ですよ。俺、先輩から本当のこと言ってくれるの、待ってるんで」




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テーマは「ひと味違ったバカップル」。



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