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オオカミとウサギ


※ヘタレ仁王注意



私名字名前は、今日も今日とて一人飯である。別に友達がいないわけではない。むしろクラスの皆とは仲がいいし、頼りにされることも多い。しかし、自分の本心をさらけ出せる友人は一人しかおらず、しかもクラスが別なのだ。
その一人というのは……

「名字さん」

呼ばれた方を見ると、教室のドアの所で男がひらひらと手を振っていた。

「ちょいと来てくれんかの」

仁王雅治。この男こそが私の数少ない友人である。

「今行きますね、仁王君」

私はにっこりと微笑み、広げていたお弁当を包み直す。クラスの女子達は「ほんと仲良いんだねー」と微笑まし気だ。兎のようだと言われる私と狼のようだと言われる仁王雅治の間には、男女の関係なんてあるわけがないと安心しきっているのだ。まぁ事実なんだけどね。しかし何故私達の仲が良いのかはわからないようで、たまに理由を聞かれたりするが、それは私達の秘密なので決して教えたりはしない。
席を立った私は歩き出した彼の背中を追った。どうせまた視聴覚室にでも行くんだろう。そしてそこでまた「アレ」が始まるのだ。

「どーぞ」
「ありがとうございます」

レディーファーストで、仁王がドアを開けてくれた視聴覚室に入る。しんと静まった視聴覚室には誰もいない。いつものことだ。昼休みに視聴覚室に来るなんて、私達くらいだから。
私の後に続き仁王も視聴覚室に入る。ドアが閉まりきる前に、彼は勢いよく私に抱きついた。あ、やばい、と思ったときにはすでに遅く。

「名字さああああん!」
「あああああうるせえうるせえ! ドア閉まってねえだろうが!」

いきなり泣き出す仁王を引き剥がし、ドアを足で蹴って閉める。

「怖かったんじゃ……! 女子が……! ぐわーって……!」
「んなことで一々ぴーぴー喚くな! いい加減慣れやがれ!」

ぐすんぐすんと鼻をすする仁王の頭をべしりと叩き、私は近くにあった机にどっかりと座った。
そう。「アレ」というのが、これのことである。
「本心のさらけ出し合い」。
お互いの本質を知っているからこそ、狼と兎は友人なのである。

初めてこの狼の皮を被った兎ちゃんに出会ったのも視聴覚室であった。
その日、嫌なことがあった私は放課後、視聴覚室へと急いだ。真面目チャンで通っている私が人前で怒ることは絶対に許されない。しかし、視聴覚室なら防音だし、思いっきり不満を叫んでもその声が漏れたりしない。だから嫌なことがあると私は視聴覚室へと向かうのだった。
しかしその日は違った。人がいたのだ。それに気付かず怒鳴り続けた私は、物音でようやく他に人がいることを理解した。私の豹変ぶりに驚き腰を抜かしたそいつが、仁王雅治だった。
当時私の中の仁王雅治という奴は馬鹿みたいに人気者でミステリアスでつかみ所のないイメージであった。そんな奴に本音を聞かれた私は大いに焦ったが、「柳生ううう」と泣きながら視聴覚室を出て行った仁王を見てもしかしてと思ったのだ。
後日、視聴覚室に行くと柳生と一緒にびくびくした仁王がいて、そこで仁王は「ビビり」なのだということを説明された。同時に「誰にも言わないで欲しい」「引かないで欲しい」と頼まれた。引くも何も私も似たようなもんだ、私もこの口の悪さを隠していい子チャンぶってるんだと言うと仁王が「俺ら仲間じゃ友達じゃ」と大喜びし、まぁそれも良いかと思った結果がこれである。
それから仁王は、何か本音で叫びたくなった時には私を視聴覚室に引っ張ってくるようになったのだ。

「だぁーからなんっでアンタは無駄に思わせぶりなこと言っちゃうかな!」
「じゃって……断ったら怒りよるし……」
「思わせぶりなことして後でがっかりさせる方が怒るだろーが!」
「うう……」
「泣くな!」


この話は、ヘタレを隠すミステリアスな仁王と、口の悪さを隠す真面目チャンな私が変わっていこうと試行錯誤するお話。


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長編候補の試し読み的な。


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