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腹ペコちゃんと。


「かーいどーくーーん! あっそびーましょ!!」

玄関のドア越しに聞こえる声を止めるべくして、俺は勢い良くノブを捻って押し開けた。直後、ゴツン、と鈍い音。と、うなり声。やらかしたと頭を抱えながらドアの向こうを覗くと、小柄な女が同じく頭を抱えてうずくまっていた。
「いったったー」と笑いながら、女―名字先輩が手を俺に伸ばす。

「いくら名字ちゃん先輩に会いたいからってドアは急に開けちゃ駄目だよ海堂君!」
「……別に、近所迷惑だっただけっすよ」

フシュー、とため息にも近い口癖を吐き出し、名字先輩の手を掴んで引き上げた。チッ、デコが赤くなってやがる。しばらく先輩の額を眺めていると、それに気付いたのか「およ?」と声を上げた。

「あー、あはは、たんこぶになるかねぇ?」
「……すみません」

謝ると、「いーのいーの」と豪快に笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。この先輩は元気すぎて困る。……っと、こんな所で油を売ってる場合じゃない。

「で、今日は何の用スか」

聞かなくても大体わかるが、聞かないとこの人は毎度毎度無許可に家に入ってくるに違いない。
先輩はえへへと頭を掻いた後、パンッと両手を顔の前で合わせた。

「ご飯恵んでください!!」

同時に先輩の腹が鳴る。ただいまの時間、7時30分。腹の減り時だ。いつも先輩はこの時間になると俺の家に集りに来る。親御さんはどうしたのか聞くと、遅めの新婚旅行でしばらく帰ってこないのだという。家が近所というよしみで、先輩は俺ん家の飯をアテにしてふらふらと来訪するのだ。
俺はもう何度目がわからない言葉を口にする。

「……手は洗ってくださいよ」

自他ともに認める無愛想な俺なりの了承の言葉だ。
それを聞いた先輩はいつものように顔を綻ばせ、お礼を言いながら玄関へ駆け込む。勝手知ったる、という風にまっすぐに洗面所に向かう先輩の後ろ姿を見て、いっそここに住んじまえばいいのに、とか思ってしまった。



(あっ葉末君お邪魔しま……じゃなくてただいま!)
(あ、こんばんは。おかえりなさい)
(!?)



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