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呪っちゃいました


「……あの、し、宍戸さん……」

校舎裏、なんて最早定番過ぎて呼び出されても今更驚きはしねえ。

「その、今日は伝えたいことがあって……」

目の前で恥じらったように俯く女子が、何の用で俺を呼びだしたかも見当が付く。
申し訳ないが、俺はそれを断るつもりでいる。今はテニスに集中したいんだ。いつもそうやって断ってきたんだ。今回だって例外じゃあない。
目の前の女子……見たところ二年生らしい彼女が、「あの!」と意を決したように鞄の中に手を突っ込んだ。
な、なんだ、手紙か?
これが人生最大の決断です、と言わんばかりの彼女は、ババッと素早く、あるモノを俺に差し出した。

「宍戸さん! これ! 受け取ってください!」

手の中でカサリと音をたてる物。それは。
茶色く乾いた藁。それを節々で縛る白い糸。見るだけで不幸になりかねないようなフォルム。これはどこからどう見ても。

「わら……人形……?」

わら人形、だよな。
言うと、女は恥ずかしそうに「はい」と頷いた。

「これを、俺に……」
「はい……」

改めて女の手の中にある物を見る。
……いやいやいや。

「い、いらねーよ! こんな気味悪い物!」
「そんな……」

少しキツく断ると、女は目を潤ませ、わら人形を握りしめた。ギュ、と。
張りつめた空気の中、異様なシチュエーションなせいか、少し息苦しくなった。

「お、お話だけでもお聞きください!」
「悪ぃけど俺、部活があるんだよ」
「あ、ちょっ……待ってください!!」

その場を離れようと踵を返した、その時。

「……っ!?」

何かに躓いた訳でもないのに、右足が空を蹴って、俺の体は地面へと崩れ落ちた。まるで、何かに引っ張られたかのようだ。
慌てて振り返ると、女はわら人形を握り締めたまま俺を見下ろしていた。目が合うと、戸惑ったように俺に手を差し伸べる。

「ご、ごめんなさい、思わずつい……っ」……思わず、つい……?
手を取らず、自力で起き上がる。女はばつの悪そうな顔をして手を引っ込めた。その手は再びわら人形に添えられる。もう片方の手は、わら人形の右足に添えられていた。

 

「よーするにアレか……呪う相手と俺の髪を入れ間違えたってか……」
「……すみません……」

照れくさそうに肩をすくめるこのわら人形女は名字というらしい。俺の髪が入れられてしまったこのわら人形を俺に渡すため、俺をここへ呼び出したという。

「つかなに恐ろしいもん作ってんだよ……」
「すみません、首でもひねって殺してやろうかと思いまして」
「さらっと物騒なこと言うなよ!」
「すみません、それだけ奴を呪いたくて」
「なら髪間違うんじゃねえっての…!!」

思わず頭を抱える。
どうやら、このわら人形と俺の体はリンクしているらしい。さっき俺が息苦しくなったのも、転けたのも、コイツがわら人形を握りしめたり、右足を捻り上げたりしたせいだという。

「とりあえず、これをどうするべきか悩んでまして……」
「んなの捨てときゃいいだろ」
「宍戸さん生ゴミと一緒に燃えたいんですか?」
「あ……」

リンクしてるってことは、人形が燃えたら俺も燃えるということか。
脳内に「氷帝の生徒、テニスコートで焼死」という新聞の見出しやニュースの記事が浮かんでぞっとした。

「実際これがどこまで効果があるのかわかりません……なので分解するわけにもいかないんですよ……」
「なるほど、んなことしたら俺の体が分解されるかもってか……」

怖い話だな。
わら人形をまじまじと見つめ、つんつんとつつく。つついた所と同じ所に違和感を感じた。なんか気持ち悪い。

「けどよ、俺に渡されたってどーにも出来ないぜ?」

言うと、名字は「でも私が持つよりは安全ですよ」と何故か胸を張った。なんでそこで威張るんだよ。

「あ、鳳君に持っててもらえばいいんじゃないですか、クロスの代わりにこれ引っ提げてもらって」
「普段は優男な長太郎が一気に禍々しくなるだろうが!!」

却下だ却下! と怒鳴るとちぇーと唇を尖らせる名字。

「……どうしましょか……」
「……どーすんだよ……」

うなだれながら、俺は時計をみた。やべ、そろそろ部活が始まる時間だ。

「悪ぃ、俺部活行くわ!」

遅れたりなんかしたら何言われるかわからねえから、俺は意を決して走り出した。

「へ、え、ちょ、わら人形は!?」
「お前に任せた! 悪用するような奴じゃねーだろ!」

じゃあな! と片手を降って走れば、もう片方の俺の手が小さく左右に振れた。アイツがわら人形の手を振ったんだろう。
思い返すとちょっと気味の悪い話だが、この時、俺は何故かワクワクしていた。
この後、すこぶる後悔する羽目になるというのに。


 
(なんやねん宍戸、センサーでもついてんのかっちゅーくらいあの二年の子見つけるん速いな)
(や、違、首が勝手に……!)


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色々突っ込み所はありますがスルーしてください。
この話派生の中編がこちら


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