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ス・キ・ヤ・キ!


くあ……と欠伸をこぼす。
今はHRの時間で、授業に満足しているかだの授業について行けているかだの、正直どうでもいいアンケートに答えなければならない時間である。答え終わると何もすることがなくなるので、今やクラスの大半が寝てしまっている。俺もすることないし、寝ようかな。

「小石川……小石川……聞こえますか……」

組んだ腕を枕にして机に突っ伏すと、横から小さな声が聞こえた。隣の席の名字さんや。いつもは授業中には先生に当てられへん限り喋りたくもないというような真面目ちゃんやけど、なんか、眠いしめんどい。このままほっといてみよ。

「小石川……聞こえますか……」
「……」
「……今……あなたの……心に直接……呼びかけています……」

ぐ、と俺の喉が鳴る。笑いをこらえる音である。

「今は……居眠りをする時ではありません……アンケートに……答える場合でもありません……」

あかん、静かな教室にささやき声というのも相まって、浅くなった笑いのツボを突いてきよる。

「今は……暇を持て余すのです……私と……暇を持て余す時です……」
「ぶはっ」

思わず突っ伏したまま吹き出すと、小さな声で「あいあむうぃなー!」と喜ばれた。
仕方ないから、体を起こして名字と向き合う。

「なんやねん、キャラちゃうやんけ!」

半ば笑いながら小さく言うと、「大阪人は皆笑かしたがりなん知らんのか!」と威張ったように笑われた。いや知っとるわ、俺も大阪人やし!
でも名字は笑いを取ると言うよりは天然かますような奴やから、ちょっとびっくりした。

「で、何して暇持て余すん?」

頬杖をつきながら聞くと、待ってましたと言わんばかりに俺の机にノートを置いた。

「あんな、ここに私が文字を一文字ずつ書くからな、小石川は私がなんて書こうとしてるか当てて!」
「何のこっちゃ」

やった方が早いとのことで、名字はノートに「ぎ」と書いた。

「なんの単語書こうとしてるか当ててみ!」

そう言われても一文字だけでわかるはずもなく、首をひねる。すると名字はその下に新たに文字を書き加えた。

「に……"ぎに"……?」

もっとわからんくなった。
名字を見てみると、思っていたよりも至近距離に顔があって驚いたが、彼女はそれに気付かず、意地悪そうな笑顔を浮かべていた。
"ぎに"……あ……もしかして。

「ギニュー……?」

少し自信はないが、"ギニュー"か"ギニュー特選隊"しか思い浮かばなかったので聞く。と。

「なんでわかったんや……!!」

心底驚かれた。
「7つのボールは子ども達のロマンやで」と笑うと、ちぇっとわざとらしく舌打ちをした名字がまたノートに向き合った。おいおい、交代制ちゃうんかい。

その後、何度か続ける内にだんだん楽しくなってきた俺は、ノートの上を滑る黒鉛に釘付けになっていた。名字が手をどけるのを見届けた後、随分と書き込まれたノートに目をやる。

「……"ス"、か……」

スケート? スカイツリー? スイミング? たくさんあるから、次の文字を書くよう促した。名字は何故か少し考えるそぶりをしてから、カリカリと次を記した。書き終わるとすぐに顔を逸らした名字を訝しみながら、ノートを見た。

「……え……」

"ス キ"と書かれてある。
いやいやいや勘違いするな小石川。スキーかもしらんやん。……好き、なわけないやん。……そう思いながらも期待してしまうのが性というか。
ノートを凝視していると、名字がせっせと次の文字を書いた。心を静めてから、せめてもの戒めに、銀の姿を脳内に召喚してから、見た。

"ス キ や"

一瞬で銀が何者かの波動球によりどこかに吹っ飛ぶ。代わりに頭の中には何故か小春が増殖した。危うく幸せそうなユウジが浮かんできそうになった所で、頭を振った。
恐る恐る名字を盗み見ると、心臓が飛び出しそうになった。真っ赤な顔で俯いて、恥ずかしそうに俺をチラチラ見てる。こ、これはもしかしてもしかすると……。

「な、なぁ……」

俯く名字に声をかけようとした瞬間、チャイムが鳴る。それにより周りの生徒も起き出して、名字も自分の席へと戻っていってしまった。
頭の中で小春が怒ってる。「もぉっしっかりしなさい!」って怒ってる横で、ついにユウジまで出てきて、「浮気か」って怒り始めた。
収拾がつかなくなった脳内をなんとか整理していると、一番後ろの席の奴がアンケート用紙を回収に来た。慌てて用紙を渡すと、そいつは机に置きっぱなしやった俺のノートに目をやった。

「……ん? なにこれ? ス、キ、や……」
「あー! 見るな!」

慌てて閉じて睨むと、そいつは豪快に笑った。

「なんやねんそんな真っ赤になって! どんだけスキヤキ食いたいねん!」
「……へ?」

スキヤキ? いやいや、ここには名字からの告白が書いてあってやな……。
頭に? を浮かべていると、隣から「ぶふっ」と吹き出す音が聞こえた。名字が、肩を揺らして笑ってる。……もしかして!!
パラパラとノートをめくり先ほどのページを見る。
そこには、"ス キ や"と書かれた続きに、殴り書きのように"き!!"と書かれてあった。

「…………」

"ス キ や き!!"。
見て、反芻して、理解して、ノートを机に置いて、脳内にいた小春とユウジがつまらなさそうにどこかに行くのを見送って。

「……っ名字ー!!!!」
「あっはははごめんて! 暇を持て余したワタシの遊び! なんちて!」


ノートを掲げながら名字を追い回したが、高ぶった気持ちがすっきりすることはなかった。


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実際に、友人♀が狙ってる♂にかました遊び。風の噂で付き合い始めたとのことなので、意中の人がいたらお試し下さい。


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