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渡しといて、君に


※エセ方言注意


「あ、あの……新垣くん!!」

2月14日。
それは、とんでもなく格差が生まれる、忌むべき日である。

「その、くり……」

俺といえば、人気のあるテニス部に所属しているにも関わらず、毎年のチョコ獲得数は極端に少ない。故に格差が生まれた中では底辺に準じる。……いや、貰えないわけじゃないんですけど……うん。

「……くりっ甲斐先輩に渡して!!」

やっぱりこういう事が多くなる。モテる先輩を持つというのも大変だ。

そんな訳で2月14日、俺は主に先輩達への橋渡しとして使われることになる。

「おっ新垣大漁やっさー!」
「……違います、くり全部先輩ぬですよ」
「じゅんに? わっさんわっさん!」

廊下でたまたま居合わせた甲斐先輩にどっさりと渡すと、今まで重くて仕方なかった両手が急に軽くなって、なんだか寂しくなった。
いつもは尊敬している先輩が、この瞬間ばかりは親の仇のように見える。いや、気分的には、心を込めて育てた子の親権をとられた挙げ句、手渡しで子を手放す感じか。いやわからないけれど。とりあえず憎い。

踵を返しながら、あーあ次は誰宛ラッシュかなーなんて思っていると。

「あっあああああの! 新垣! 君!!」
「……!」

不意に、横から話しかけられた。……叫ばれた? とにかく、声をかけられた。
キンキンと痛む耳を押さえながらそちらを振り向くと、ちんまりとした女の子が俺を見上げていた。紅潮させた顔の下で、可愛らしくラッピングされた袋を大事そうに抱えて。
あー、この子も依頼主か。さてと、配達員になれ自分、と言い聞かせ、なるべく優しく微笑んだ。

「えーと……」
「うぅっ……」

……随分と怯えられているようだ。というか、俺の笑顔が怖かったのかもしれない。それはどうしようもないことなのでこの際スルーするが、どうしよう。

「あ、あの……誰宛て?」
「うぐっ!?」

……うぐっ?
誰宛てか聞いただけなのに悲鳴を上げられた。彼女も涙目だが少なからず傷ついた俺も涙目だ。端から見ると、俺が虐めているような、虐められているような、不思議な光景である。
ぷるぷると震え始めた彼女が、決心したように口を開いた。

「あの!」

なんだか微笑ましくなってきて、「うん?」と優しく先を促す。

「その!」
「うん」

うわ、なんかこの子が主将や平古場先輩達にチョコを渡すの、なんか悔しいな。惜しい。

「わ、渡して下さい!」
「うん、誰宛てにするの?」

いやいや俺はあくまでメッセンジャー。この子は先輩の誰かを好きなんだから、俺がどうこうできるわけじゃない。

「……? ちゃーした?」

パクパクと口を動かしたまま固まってしまったので、顔を覗き込む。
すると。

「……っ渡して下さい!!」
「や、あんくとぅ、誰に……」
「あああ新垣浩一君にです!!!」
「え、うわっ……」
「ゆたしくね!!」

ドンッと押しつけるように袋を腕に抱え込まされた。突然のことに驚き、頭が状況について行かない間に、「うにげーさびらあああ」と彼女は走り去ってしまった。

「……」

彼女が向かった方を振り返る。もうあの小さな頭は見当たらなくて、視線のやり場を失った俺は「あ゛ー……」と声にならない声を上げながら宙を仰いだ。
駄目だ、今この腕の中にあるものを見てしまったら、多分、いや絶対でーじ変な顔する。
え、新垣浩一って俺のことだよな。他の新垣浩一じゃないよな。あー。


彼女の名前を知らないことに気が付いたのは、部活終わりに浮かれきって帰路に付いた時だった。


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