彼女は美しかった。美しいと謳われるどんな花や宝石よりも彼女の方が綺麗だと思った。太陽よりも月明かりに照らされている方が、彼女には似合うと思った。一目見たときに恋に落ちた。一度だって経験した事は無かったが、これが一目惚れだと確信した。彼女は鬼だった。珠世さんや禰豆子の様に、鬼舞辻の呪いを自力で解いた彼女は太陽から隠れるようにおよそ100年もの間、人を食らわず身を隠すようにひとりで暮らしていた。鬼になる前はこれでも腕の立つ医者だったのだと言う彼女は、まるで人であった頃の事を懐かしむようだった。

「愛しているよ」
「私は鬼よ、嘘はやめて」
「本当に愛しているんだ」

どんなに甘い言葉を囁いても、彼女の瞳に俺が映ることはなかった。拒まれる程に自分の手の中に入れたいという気持ちが強くなり、俺の気持ちに火を付けた。『死にたい』が彼女の口癖だった。鬼はその身体に太陽の光を浴びるか、もしくは鬼殺隊の持つ日輪刀で頸を切らない限り死なない。そして死ねない。

「私、太陽の光が嫌いなの」

太陽の光を嫌う彼女は鬼狩りに頸を切られる事を望んでいた。彼女は俺という鬼狩りと出会った時、まるで期待するかのようにそっと瞼を閉じて自身の頸を差し出した。だけど俺は頸を切れなかった。何故なら彼女の事を愛してしまったから。いつか彼女にも禰豆子と同じように太陽の下を歩いて欲しいと思った。

「貴方は太陽みたいに眩しすぎるから嫌い」

いつも彼女は俺の事を太陽みたいだと言って嫌った。

「私の身体に流れる忌々しい鬼舞辻の血の記憶の中、耳に花札を付けた鬼狩りが、何度も私を殺そうとするの。貴方は夢の中のあの人に酷く似ている」
「それは俺じゃないよ」

彼女と同じように、俺の身体の中にも先祖の記憶が流れている。彼女の記憶にある鬼狩りは、きっと俺と同じ呼吸を使ったあの人なのだと、俺は知っているけれど、わざと知らない振りをした。


そして、無惨の話をする時、決まって彼女の目の中に強い光が宿る。例えそれが、憎しみの炎だったとしても、その虚しいくらい空っぽな彼女の瞳に色を灯す無惨の存在は、いつも俺に嫉妬という炎を点ける。彼女自身も気付いていないだろう強い生命力のある光をその瞳へと宿すのだ。
───お願いだ、無惨なんかの為に、そんな目をしないでくれ。そんな目をする君は、俺は嫌いだ。


「もう疲れたわ、早く殺して」

ある日、痺れを切らした彼女は俺にそう言った。
頑なに太陽の光を嫌う君のその虚な瞳に、何度光を灯そうとしたって拒まれる。俺も、もう疲れた。

「もう終わりにしたいんだ」

そう呟くと、彼女は嬉しそうに両手で俺の手を取った

「そうよ、もう終わりにしましょう。貴方、鬼舞辻を殺してくれるんでしょう?」

終わりを知って微笑む彼女は、今まで見たどんな彼女よりも残酷な程に綺麗だった。

「私は知っているわ、貴方は必ず妹を人間に戻す道を選ぶもの、そして私もそれを望んでいる」

十二鬼月である上弦の伍と肆を倒し、もう無惨への足掛かりはすぐそこまで来ている。鬼の始祖である無惨を殺す事はつまり彼女を殺す事も同意義になる。

世界で一番大切な妹の禰豆子を人間に戻す為に、世界で一番愛している君へと俺は手を掛けるんだ。
だからもう少しだけ、太陽が昇るまで、ふたりこうして一緒にいようか。彼女の腕が俺の身体を優しく包み込む。彼女の背中越しに空を見上げると、一際に輝く二つの恒星が、真っ暗な夜空を照らしていた。


夜に駆ける/YOASOBI
(20200606)

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「見えない臓器の名前は」
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