穏やか水。





そうっ、と流れる穏やか水面のような空間。

同居人たちと一緒に住む、一軒家。

日当たりの良い二階の部屋には赤い彼。

もうひとつのきらきら輝く光が差し込む部屋には金色の彼。

一階の、玄関から近い、庭の木や花々が見える部屋には若草色の彼女。

そして居間を通り過ぎて更に奥、部屋から池が見える部屋が白髪の彼女と、その彼女の愛しい子の部屋だった。

本来ならば二階は女性であるふたりと、白髪の彼女の子が使うべきなのだろうが、ふたりがふたりとも『お花さんたちが見えないから嫌です』だの『二階だと池が見辛い』だの駄々をこねた為、この部屋割りになったのである。

そうして勝ち取った部屋でさわさわと風に揺れる水面を、その水色の瞳にそうっと移して、白髪の彼女は長く緩い髪を畳に広げていた。

小柄な身体にとても長い白い髪は座るとどうしても畳についてしまう。

それは、我が子も似たようなものだった。

小さな木製の長方形の卓に両腕を置いて、襖を開いて窓から見える池を見ていた白髪の彼女は、ゆるぅりと池から部屋の中へと首を回した。

ゆったりとした、水のような包み声を水のように揺らし、愛しい我が子を白髪の彼女は呼んだ。

「―――螢」

愛しさを溢れんばかりに込めて、その名を、愛しい我が子の名を呼ぶ。

白髪の彼女の愛しい子―――螢は黙々と、とある本を呼んでいたが、母である彼女に名前を呼ばれるとぴくりと子猫のような反応を見せ、次いで嬉しそうにふわぁ……とその大きな紫色の瞳を細めて笑顔を潤わせた。

「はい、我が母」

なんだろうか、と読みかけの本を放ってとてとてと歩いてきた。

白髪の彼女と同じく、長く長く伸ばした三つ編みと、白髪の彼女のお下がりである薄紫色の肩掛けを引きずって、しあわせそうに寄ってくる。

愛らしく歩いてくる我が子は、螢はとてもとても小柄な子だ。まだ一メートルも身長がない。

こんなところばかり自分に似てしまって申し訳ない。といつも思うが、どうしようもなく。

少女のような姿の“母”は寄ってきた愛し子に手を伸ばしてふわりと抱きしめた。




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