黄昏色かげぼうし(上) | ナノ


「……んで、依頼ってなんだよ」
「荷物をオルニオンまで運んでほしい」
 ダングレストのギルドユニオンにある大首領の私室。ドン亡き後ユニオンをまとめているハリーに呼び出された凛々の明星の面々――主に長い黒髪の青年とクリティア族の美女が、依頼の内容に思い切り眉をしかめた。 
「だから、俺たちは荷物運びギルドじゃないって言ってるだろ」
 凛々の明星を代表してユーリが皆の心の内を代弁する。その横でカロルが困り顔で苦笑し、ジュディスが艶やかに微笑んだ。ユーリの脇に佇んでいたラピードも、物言いたげな視線をハリーへと向けている。
 ジュディスの友である始祖の霊長バウルの助けを借りてフィエルティア号で空を駆ける彼らは、その機動力ゆえに荷物運びや伝令などを頼まれることが多い。だが、戦闘を楽しむ傾向にある二人は、それを好ましく思っていなかった。『義をもってことをなせ』――自分たちが正しいと思ったことを仕事として受け、こなす。凛々の明星の在り方に反していないならば、不満に思う必要などないのだが、二人の気質がそれを許さないようだ。
 彼らと浅からぬ付き合いを持つハリーが、それを知らないわけがない。ハリーは彼の祖父を思わせる不敵な笑みを浮かべると、横で仕事をしていた男の背中に持っていた書簡を張り付けた。そして、彼が纏う羽織の襟をつかんで凛々の明星のメンバーの方へ突き出す。
「運んでほしいものがこれだと言ってもか?」
 ハリーの手の下で、鮮やかな碧がぱちりと瞬いた。事態がまだ呑み込めていないらしい彼の顔には疲労が色濃く表れ、高い位置で結い上げられた濃い灰色の髪も心なしか元気がない。
 荷物として示されたレイヴンの姿に、凛々の明星の面々は目を丸くして顔を見合わせる。一番初めにハリーへ向き直ったユーリが楽しそうに頷いて即答した。
「いいぜ、その仕事引き受けた」
「ちょ、ユーリ!」
 あまりにも早い決断に、返事を決めかねていたカロルが声を上げる。ユーリはにんまりと唇の端を持ち上げながら、からかうような調子でカロルに尋ねた。
「カロルは引き受けたくないのか、この仕事」
「あら残念ね、わたしは別によかったのだけど」
 荷物運びを快く思わない筆頭の二人が、揃って依頼を受けることを勧める。ハリーの意図を読み取ってやり取りを楽しむ二人と違い、レイヴンを荷物扱いするのはどうなのかと真面目に考えていたカロルは、戸惑いながら首を振った。
「別に、受けないわけじゃ……」
「おっさんおいて話進めないでよ! 近ごろの若者たちは年寄りに対する扱いがひどすぎない?」
 答えようとしていたカロルの言葉を、ハリーの手をほどいたレイヴンが遮った。どうやらようやく我に返ったようだ。子供じみた仕草で頬を膨らませ、唇を尖らせている。ユーリが悪戯っぽく笑いながら言った。
「愛情の裏返しってやつだよ。ありがたく受け取りな、おっさん」
「おっさんはもっと素直な愛情が欲しいわー。主にジュディスちゃんの」
 デレデレと顔を蕩けさせるレイヴンを、ジュディスだけではなく皆でさらりと無視する。やっぱりひどい! と大げさに悲しみを表現する彼をさらに放置したユーリが、いまだ考えている様子のカロルに問いかけた。 
「で、首領。引き受けるのか、引き受けないのか?」
「も、もちろん、引き受けるよ!」
 カロルは考えを振り切って勢いよく頷く。荷物かどうかはともかく、ギルドの首領としてユニオンからの依頼を断るつもりはなかった。カロルは表情を引き締めてから、ハリーへ向き直る。
「夜空に瞬く凛々の明星の名にかけて、お仕事お引き受け、します。――よろしく、レイヴン!」
 そして、まだふて腐れていたレイヴンへ輝かんばかりの笑みを向けた。短くてもまた一緒に旅ができることの喜びを込めて。

 ユニオンの若き首領から直々に依頼を受けた凛々の明星は、ダンスレストからオルニオンへ向かって移動を開始することにした。ダングレストのあるイリキア大陸からヒピオニア大陸までは、バウルで移動したとしてもかなりの時間がかかる。空の上を移動中は何が起こるかわからないのだから、きちんと準備をしてから出発しなければいけない。カロルがカバンの中にあるはずの道具を思い出しながら部屋の出口へ向かっていると、後ろからためらいがちなハリーの声がかけられた。
「……ちょっと、いいか」
「あ、うん」
 カロルは頷いて足を止める。他の面々へ視線を向けると、ジュディスがわかっていると言わんばかりに柔らかく微笑んだ。
「先に行ってバウルを呼んでいるわ」
 またあとで、と手を振った仲間たちが扉の向こうへ消えていく。それを見送ったのち、黙っていたハリーが何故か顔をしかめながら口を開いた。
「……レイヴンを頼んだぜ。このところザーフィアスに行ったり、こっちに戻ってきたりと忙しかったからな。あんたらと一緒だと少しは気が休まるだろ。ま、仕事も兼ねてるけどな」
「ハリーもレイヴンが心配なんだね」
 カロルはダングレストに行く度に、ドンの剣を貸してくれたハリーと特訓をしたことを思い出して微笑む。ハリーという青年はぶっきらぼうな言動が目立つが、面倒見がよく優しいということをカロルはよく知っている。ハリーはそんなカロルの顔を見て、さらに顔をしかめた。
「馬鹿、そんなんじゃねえよ。部下の状態を管理するのも首領の役目だろ」
「うん、そうだね」
 カロルの無邪気な反応に、ハリーはとうとうため息をついた。話は終わったと書類に視線を落としながら、カロルへ向かって軽く手を振る。
「自称繊細らしいから、荷物の扱いは丁寧にな」
 ハリーもユーリもジュディスもラピードも、素直に心配することが照れ臭いだけなのだろう。大人って難しいなと、カロルは内心で苦笑する。『荷物』という一見するとそっけない言葉や扱いの裏側に込められた彼らの思いやりに気付いたカロルは笑顔で頷いたのだった。


TOP 次へ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -