ある日、森の中で(上) | ナノ


 きっかけは、一枚の依頼書。
 ――クオイの森に大量の魔物が現れ、その一部が帝都のあるマイオキア平原へ移動したために旅人が被害を受けている。魔物たちを退治してほしい。
 渋い顔をした酒場のマスターが差し出したそれを、『凛々の明星』が受け取ったことから物語は始まる。



 木々同士が絡み合い、太陽の光さえ遮る深い森の中。それをかいくぐってわずかに入り込む光が木漏れ日となり、苔むした大地に暖かな色どりを与える。穏やかな旅の最中であれば自然と目を奪われたのだろうが、今はその余裕さえない。
 訪れれば呪いが降りかかるとの噂がまことしやかに囁かれる森――クオイの森。過去何度かこの森を訪れたことはあったが、そのせいで呪われたということはなかった。ならば今退治している大量の魔物こそがが、クオイの森が生み出す本当の『呪い』だというのだろうか。
「活心キュアスタンプ!」
 思い切り振りかぶったカロルの一撃が、青く輝く魔方陣を地面へと描き出す。それに触れた魔物たちがダメージを受けて吹き飛ぶ中、同じ光を浴びた仲間たちの傷が瞬く間に癒えていった。
 世界中の魔導器が使えなくなってからはや数年。武醒魔導器に頼っていた術技に関しては、精霊に力を貸してもらえれば使用できるようになるほど研究が進められていた。水を司るウンディーネが精霊の中では人間寄りの立場なためか、水属性の技は他と比べて力を貸してもらいやすいようだ。
「サンキュな、カロル」
 動きにしなやかさを取り戻したユーリが、カロルへ片目を瞑る。少年のような悪戯っぽさはいつもと変わらないが、そこからは余裕の色が欠片も見当たらない。声をかけつつも振るっていた刃が、また一匹の獣を斬り伏せた。
 カロルは返事を返そうとしたが、ユーリの背後から密かに忍び寄る魔物の存在に気付き、驚いて声を上げた。
「……ユーリ!」
 それをスタートの合図として大地を蹴った獣の突進を、ユーリが軽やかに身を翻して躱す。目標を見失ってたたらを踏む獣が、空中から降ってきた真白い槍によって貫かれた。
「人気者ね、ユーリ」
 大地へ優雅に降り立ったジュディスが槍を引き抜きながら鮮やかに微笑む。ユーリは、それには返答せずに無言で前へと踏み込んだ。鋭く吐かれた息とともに振りぬかれた刃が、ジュディスへ襲い掛かろうとした魔物を切り裂く。返す刀で止めを刺し、そのまま剣を振るって血糊を落としながら、彼はジュディスへニヤリと微笑みかけた。
「ジュディも、負けてないと思うぜ?」
 静かに火花を散らせる二人。その後ろから彼らに躍りかかろうとしていた魔物を、槍でも剣でもない――小刀が鮮やかな弧を描き切り裂く。どうっと音を立てて地に落ちる躯と同時に降り立ったラピードがため息をつくかのように鼻を鳴らした。
「……フン」
「悪いな、ラピード――っと、」
 ユーリが苦笑いをしている間にも新たな魔物の影。ユーリはラピードへの礼を中断して剣を振るった。
 倒しても倒しても、次から次へと茂みから魔物は現れる。まるで時を巻き戻し、永遠に繰り返しているかのようだ。終わりが見えてこない。
「ボクたち全員のファンみたいだよ……?」
 ギルドの面々をぐるりと取り囲む魔物たちに、カロルが顔をひきつらせながらも、仲間たちと同じように軽口をたたく。しかし、年長者たちとは違いその声は微妙に上ずっていた。
「人気者は辛いなあ」
 ユーリが苦笑し、油断なく剣を構えた。

 クオイの森に巣食う魔物たちは、カロルがユーリ達と初めて会った際に戦った時とは比べ物にならないほど強かった。先に魔物たちの調査をしてくれたリタによれば、マイオキア平原一帯の魔物がエアル過多で暴走をした時と同じ状態であるらしい。マイオキア平原の魔物は帝都ザーフィアスの異常が収まったと同時に元へ戻ったが、その際にクオイの森へと移動した一部の魔物が未だ暴走状態にあるのだという。特殊な磁場でも発生しているのか、はたまた精霊達でも調整できないエアルクレーネが残っているのか。それは更に詳しく調査をしなければわからないが、とりあえずは暴走状態の魔物すべてを退治すれば収まるとのことだった。
 大量の魔物たちを、数人で構成されるギルド『凛々の明星』だけで相手できるはずもなく、他のギルドと合同での討伐となった。後から他にも応援が来るとマスターは言っていたが、どこのギルドかと聞くと珍しく言葉を濁していた。それを思い出しながら、カロルはあれはどうしてだったのだろうと首をひねる。そうやって思考の片隅で考えている間も、魔物の襲撃は止まない。
「こりゃあ、ちっとばかり分が悪いかもな」
 息を切らせたユーリが、額の汗を袖で拭いながら苦々しく零した。カロルの技による回復や、ラピードの的確なアイテム使いでも治しきれない傷が、彼の白い肌に浅く跡を残している。ユーリだけではない。ジュディスもラピードもカロルも、連戦につぐ連戦で癒えきれない傷を負い、さすがに疲弊していた。
 依頼は『凛々の明星』だけが請け負っているわけではないし、期間にも余裕はある。ザーフィアスからデイドン砦までの道のりは規制がかけられ、護衛を伴わないと通れないようになっているため、依頼主の方も無理をさせて急がせるつもりはないようだった。
「一旦逃げて体勢を立て直そうよ!」
 討伐にあたり、クオイの森には何か所かの休憩場所が設けられている。そこまでいけば、アイテムの予備もあるし体力も回復させることができるだろう。そう考えたカロルが呼び掛けると、ユーリも同じ考えだったようで片目を閉じながら頷いた。
「了解、首領」
「残念だけれど、仕方がないわね」
 傷つきながらも、まだ戦い足りないとばかりに唇を尖らせるジュディス。カロルはいつも通りの彼女の態度に、張りつめた心をわずかに緩ませた。それが彼女なりの場の和ませ方なのだろうと、ありがたく思いながら。
「――ジュディ、頼む」
 戦況を見極めていたユーリが、懐から取り出した小さな包みを投げる。ユーリの呼びかけに応えて、ジュディスが後方へ軽く跳んだ。
「ええ。月光・烏!」
 空中から投げた槍が地面へ突き刺さり、炎を纏った爆発を生む。噴出した火の粉が包みへと移って燃え上がり、強烈な匂いをまき散らした。
「よし、退くぞ」
 匂いに惹かれ、ユーリ達を無視して燃える包みへと群がる魔物たち。その隙に彼らはその場から離れた。
 ラピードが先導して、道から外れ入り組んだ茂みの中を駆けぬける。空の色に関係なくいつでも薄暗い森の中、ラピードは優れた聴覚と嗅覚を駆使して魔物の襲撃のないルートを探し当てて進んだ。
 休憩地点が遠くへ見えはじめ、皆が安堵の表情を浮かべた頃。不意に彼らの上方にある木の葉がさりと蠢いた。
「――うわっ」
 葉の中へ紛れていた虫型の魔物が羽音も高らかに飛びあがり、カロルへと真っ直ぐに襲いかかる。旅の中で成長したとはいえ、カロルとてまだ少年。虫に対する苦手意識はまだ残っている。驚いて後ずさった瞬間、木の根につまずいて体勢を崩してしまった。
「カロル!」
 転んだ少年を足でしっかりと固定して、魔物が羽ばたく。カロルが慌てて身体をひねってもがくが、なかなか外れない。それに気づいたユーリやジュディスがカロルを助けようと進行方向を変えれば、二つの葉を羽のように操ってふわりと落下してきた植物の魔物によって妨害された。
「ちぃっ、おい、カロル! ……カロルっ!」
 葉を独楽のように回転させて間髪入れずに連続で攻撃してくるそれに対処しているうちに、カロルを掴んだ虫は彼らが容易に追いつけないほどに遠ざかっていた。
「……ユーリ!」
 仲間たちが必死に叫ぶ声がかすかに聞こえる。だが、彼らとて襲われているのだ、助けは求められないだろう。自分だけで何とかしなくてはいけない。カロルは手足を無理やり動かし、必死で身をよじった。
 何度も暴れれば、身体を掴む力は自然と緩くなる。その隙間へ強引に手を入れて、カロルは子ども離れした怪力でこじ開けた。
「よし、やった!」
 喜ぶ暇もなく、空中へと投げ出されたカロルは重力に導かれるままに地面へと落ちていった。何とか足から降りることに成功するも、足裏から膝へ鈍い痺れが走る。だが、悠長にそれを痛がっている暇はない。彼の周りにはどこから嗅ぎ付けたのか、数匹の魔物たちが集まっていたからだ。
 もしかすると、先ほどのにおいの残滓が残っているのかもしれない。カロルは己を奮い立たせてハンマーの柄を握りしめた。
「――ボクだって!」
 決意を込めて叫ぶ。魔導器がなくなった今、オーバーリミッツは使えない。それでも、旅の中で磨き上げた技はしっかりと身についていた。
「裂旋スマッシュ!」
 虫に捕まっても離さなかった槌を回転しながら振るう。魔物たちが近寄る寸前まで力をためていたせいか、魔物たちを強い力で弾き飛ばすことができた。そのままの勢いで、奥義へと繋げる。
 回転が止まってすぐに大地を蹴る。この技を教えてくれたナンは勇気がなければできないと言っていた。怖くないと言ったらうそになるし、心細くないわけがない。それでも、カロルは傍にいない仲間たちのことを思い出して勇気を振り絞った。
「裂震っ、ドロップ!」
 落ちる勢いを込めて大地へと槌を振り下ろす。地響きめいた鈍い音とともに、大地が大きく震えて衝撃波が立ち上る。先ほどの技でダメージを喰らっていた魔物たちは、断末魔の声を上げて倒れ伏した。
 ほとんどの獣が消え去った。だが、残っているモノもいる。不安定な体勢の中、ある程度のダメージは覚悟して攻撃を受けようとカロルは歯を食いしばって身構えた。
「突き抜けろ!」
 しかし、衝撃は来ない。そのかわりに、駆け出していたはずの魔物たちが進行方向とは逆に吹き飛んでいた。驚きに動けないでいるうちに、カロルを囲んでいた魔物たちはどこからともなく飛んできた矢に次々と射ち抜かれていく。最後の一匹が雨のように降り注いだ矢によって消滅すると同時に、緊張感のない声が響いた。
「ふぃー、危なかったわね。少年」


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