マフィア×警察事務「茜色の空」
軽い設定(互いに500年以上生きている)
昔は良かったと薄らぼんやりとした思考で回想する。
無邪気に走る子供のわたしは他の子にただついて回るだけで良かった。
その子がのちにわたしと逆の立場になる存在になったと聞いて、とても不安になった。
ぼんやりしていると肩を叩かれる。
はっと意識を戻す。
世の中、身持ちを崩す話など腐る程あることは百も承知。
今の職に勤めていれば嫌でも聞こえる。
嫌になる。
ああ、嫌になるよ。
朝、目覚めたとき、世界が滅んでいればいいと感じたことはないだろうか?
あまりにも卑屈と言われるか、だめなやつだと笑われるのかな。
世界の動きに心を溶かしていると、私はとてもいい人に感じる。
なぜなら自分でどうこうする意思はこれっぽっちもないもの。
(とことんヒロイン思考だな)
今までの独白は自分でなく、自分の横で物思いにふける女刑事(新人)の思考である。
何やら刑事らしからぬ事をつらつら考えているらしいが、強く思考している為に聞きたくもない考えがこちらへ伝わる。
ったく、迷惑だ。
「これお願い」
男の人に渡されたのは領収書。
今の仕事は事務。
これも事務の一環。
女刑事、そろそろ目を覚まして。
ボッーとし過ぎて、コーヒーが机に垂れているよ。
「おい!〇〇!お前、コーヒーを溢してるぞ」
先輩刑事が指摘して漸くコーヒーの氾濫は終わる。
女刑事〇〇は慌てて拭うための何かを探し出す。
(今は確か……)
「なにかの、えーっと、何だったかな」
私はこう見えて、100年以上生きていて、ぼんやりこの世界で生きている。
あと、魔女であり魔法使いであるので魔法も使える。
(思い出せない)
「ほら、事件だ、出動だぞ!」
「は、はいい!」
それを見送って無人となった部屋を眺めた。
「なにかの組織を作ったと聞いたような」
私は首を傾げながら思い出そうと頭を回転させる。
自分以外にも魔法使いが居るので、その同胞を検索したが、いかんせんぼんやりしているので、なかなか引っかからない。
桜の花びらを眺めながら思い出すのをさっぱり諦めた。
刑事たちが帰ってきたらざわざわしていて、かなり大掛かりな捜査会議が繰り広げられた。
どうやらどこぞのマフィアがこの国に渡ったとかで気色ばんでいるらしい。
因みに私は事務故に捜査会議に参加出来ないからこっそり魔法で盗み聞きしている。
こんなの朝飯前だ。
「というわけでして、トールトーンは」
組織の名前が出てきたが、私は特に興味もないのでふて寝した。
会議があるとやることもないしね。
会議が長引いてその余波で夜遅く帰ることになった。
うんざりする、このシステム。
「うーん、今日はまから始めるものにしようか」
食べなくても生きていけるが、食べるのはたまにはいい。
お菓子のようなものの扱いだ。
「マフィンがオススメだ」
唐突に声が聞こえてのろのろと顔を左右に向ける。
「どこかで聞いたような声が?でも、間違っているかも」
「ロー、トラファルガー・ロー。お前はいつになれば覚える!?」
黒いスーツに黒い帽子というファッションにメン・イン・ブラッ〇かなと思った。
今どきその格好は目立つよ?
「流石に名乗られたら誰か分かるよ。うん、そう、そう、貴方の事は覚えている」
「覚えてなかったらおれは脳の医者に連れて行く。問答無用でなッ」
「いつも君は声を荒げるね。更年期?」
ローはスックと立ち上がりカツカツとこちらへ迫る。
壁に挟まれてまじまじとハニーブラウンの瞳に睨まれてしまう。
「更年期は人間に使われるもんだ。おれたちに使う言葉じゃねェ」
「それもそうか。いやいや、バカにしているんじゃない。心配しているんだよ?貴方は毎回怒鳴るから」
男は舌打ちしてスッと離れる。
「そうだ。私は今からご飯を食べるんだけど、君も食べる?」
「いや、おれが作ってやる。後は茹でるだけだから座ってろ」
ローは帽子を脱ぐ。
なぜ室内なのに帽子を被っているんだろう。
「そうなのか。嬉しいな」
ニコッと笑うと相手は少しの間固まって、再起動したロボットのようにキッチンへ行く。
彼は先程思い浮かべていた魔法使いの一人。
同じく100年以上生きているから、お互い顔を合わせることもある。
ローは会いに来てくれる。
私からは全く合わないのに。
でも、仕方ない。
国をまたがないと会えないから、行動力皆無の私には海外旅行は些か難しい。
かなり行動的な彼に合わせるのは無理だ。
「なにを作っているの?」
くつくつと音が聞こえて尋ねるとペペロンチーノだと答えてくれる。
「イタリアで作り方を知った」
「イタリアに居たんだね」
「ポストカードを送ったんだがな」
「ポストカード?貰ったかもしれないけど、中身を覚えてないな」
「知ってた」
イタリアか。
今は国際的にも気軽にやり取りできる。
いい時代になった。
ローは麺を茹で終えると慣れた手付きでペペロンチーノを作り、テーブルへサーブした。
「見事な出際」
「お前が白亜時代に作ったパンモドキには負ける」
「あ、あれは、あれは黒歴史だから、忘れて!」
恐竜が我が物顔でのしのしとしていた時、彼に自慢気に作ったものを思い出したら顔が熱くなる。
「馬鹿にしてない。褒めてるんだ。美味しかっただろ?」
「いや、お世辞にも美味しい出来ではなかった」
「そうか?おれはすごく美味かった」
「またまた、嘘だぁ」
「いや?嘘じゃない」
「ま、まあ、もうこの話はやめにしよう。さて、食べよう」
誤魔化すようにフォークを手にくるくると回す。
彼は楽しげにこちらをずっと見ている。
「うん!えーっと、美味しいって言うのはぼーの?だったかな」
「別に無理に言わなくていい。その顔だけで分かる」
「そうかい?イタリアから出てきて、なにかしたいことでもあるの?」
「まァ幾つかな。お前に会いにくるついでだ」
「なにかするの?組織を作ろうかと思っていると聞いたような覚えがある」
「作ったのは作ったが思っていたのとは違っていて、いずれ解体する」
ローは厳しいかおで息を吐く。
「そうなんだ?見てみたかったな。君の作ったもの」
「粘土作品じゃないから、簡単に見せられないが……みたいなら見せてもいい。イタリア、来るか?」
「いいの?」
「お前こそ、良いのか?イタリアは遠いぞ」
「魔法で行くに決まってるじゃない。遠くなんてない」
「おれはパスポートで来たからな」
「影武者にでも代行させれば良い。飛行機なんて嫌だ」
「さては、映画を見たな」
「そうだ、派手に爆発するものを見た」
「おれも見たが、あんなのフィクションだ。それにおれたちは死なない」
「でも、飛行機に乗るのは無理だよ」
「……仕方ないな。よし、イタリアに行くか」
「ペペロンチーノも食べ終わってないし、仕事も休まないと」
「おれよりも仕事なのか」
彼女みたいな事を言い始めた!?
「落ち着いて。行かないとは言ってない。行くから待っててほしい」
「その間ここに居座る」
「ん?好きにすればいい」
「言ったな。本気で居座るぞ。ペペロンチーノのおかわり居るか?」
機嫌よく話しかけてくる。
急に笑顔を見せられて目をパチッとさせる。
「あ、あーっと、貰う」
彼は黒い革の手袋を私の皿を動かす。
ま、まあ、ペペロンチーノは確かに凄く美味しかった。
本場で学んだだけはある。
その後は私はノンアルでローはワインを飲む時間となり、離れている間の話ですぐ時間は進む。
「それにしても見たときから思っていたけど、全身真っ黒なのはなんで?」
「お約束だからだ」
「御約束?よくここに来るまで無事だったね」
「魔法で認識を歪めた」
「やっぱり……なにかの役者にでもなったのかと」
「フフ、役者?平和な事だ」
「む?平和なという事を言うということは、平和でない仕事をしているということか?」
「そうだな……さて、どうなんだろつな?」
ローは艶めかしい顔を浮かべて首を傾げた。
「私のズボラ生活を脅かさないのなら好きにればいい」
「世界を破壊したりしなきゃ良いんだろ」
「ああ、そんなの当然だ」
真面目な顔でのんびりした生活は死守すると頷く。
「ちゃんと分かってる。今まで問題は起こらなかったハズ」
その声に己はふわわんと過去を行く。
その記憶は恐竜が闊歩していた時代の終わりを合図した時。
そう、あれは……噴火だ。
あの噴火は私の私生活を一度リセットさせた。
「噴火で地球がなくなるかとヒヤヒヤした時だな」
「あれをおれのせいにするな。ああいうのは事故っていうんだ」
「恐竜は死に絶え、陸はかなり変革した。その後、人間が進化し……君は……確か」
都合の悪いなにかを思い出そうとする彼女にローは懐から包装されたなにかを取り出し、鼻先に突きつける。
「これは」
「イタリアでの買い物で、人気のパティスリーのチョコレート。今どきではバズるぞ。そこの出資に一枚噛んでいるから、いつでも買える。気に入ったらまた買ってやる」
「なんと。美味しそうだ」
ローから貰えるとは。
私はお返しと考えて、冷蔵庫にある卵を思い出した。
「お礼と言ってはなんだが、冷蔵庫にある一パック分の卵をあげよう」
そう言うと彼は渋い顔で「朝食で使う」とか細い声音を震わせた。
***
男が家に転がり込んで早60日目。
私達の時間的感覚で言うと6時間のようなものだから、特に長くいるという感覚はない。
「ほら、イタリアのピザだ」
「おお、見事な色彩」
「学んだからな。店を開いたとしたら満員間違いなしだぞ」
「はは。わたしも並んでしまうかも」
ローはそれを聞けただけで内心喜びで満たされた。
ここまで来たかいがあったというもの。
会いにくる間を開けているのは頻繁だと住み着き続けてしまうというジレンマのせいだ。
向こうに残してきている仲間たちを放置したって構わないくらい住みたいという衝動を剥がす為に会い来る頻度をクールダウンさせている。
仲間達には行ってきていいと言われているが、気づくと軽く100年は居着きそうになるから、困る。
なんだってしてやりたくなる。
という感情を暴走させないように耐えているのだ。
「向こうでの組織作りに失敗したと言っていたよね?具体的にはどう失敗したの?ローはなんでも器用だから失敗するなんて珍しいじゃないか」
「そうだな。作ってから250年は経つんだが、大体の屋台骨は作り終えたから人間にやらせていたが、大きくし過ぎて、おれの考えていたものと大きく剥離し過ぎた。真逆と言ってもいいかもしれない」
秘密組織のものを意識して作り上げたというのに、人間が運営したらこうだ、とローは人間達を疎ましく思う。
「それは、可哀想に……折角作ったものを壊さないといけないなんて悲しいことだ」
「ああ、いや、哀れもなくてもいい。もう根本が駄目になっていた。あとは切り崩して燃やすしかない。新しく作るための練習をしていたと思えば苦じゃない」
私の言葉とは裏腹に彼は淡々と言う。
本当に気にしていないようだ。
相変わらず思い切りがいい。
恐竜が滅んだ日に私生活をすべて無に還された私のあの、屈折した日々とは大違いだ。
「お前は恐竜達が好きだったから落ち込むのも無理無い。それに、あの隕石と火山はだれにも予想出来なかった。おれも驚いた」
「ローが驚いた事に私はびっくりだ」
「丸々星一つがいきなりああなれば驚きもする。いつか起こるとは予測していたが」
「ローは賢いな」
賢いと言われて笑みを返す。
褒められるのは悪くない。
「無限の時間を生きる私にとって流行は追いにくい。すぐにコロコロと変わるものだからね」
「お前の場合はもたもたしすぎてるだけだ。気にするな」
それは褒めているわけではないと分かる。
「ローがきっちりし過ぎなんだよ」
ことことと入れたお茶を啜る。
やはり日本はこうでなくては。
様々な国がある中で日本を選んだのは美味しいもの、それにサブカルチャーなるものを好きになってしまったから。
彼はどちらかというと自由を好むから、裁量を己でコントロール出来る国を選んだと、自慢気に述べていたのをのっそりと覚えている。
「イタリア、楽しみだなあ」
「行く気を貯めとけ」
「アイスが美味しいって有名だし。それに、本場のピザを観光地で食べたい」
「映画の中であったなそんなの」
「映画であったからイタリアでは定番になってる」
「それよりあれだ、マフィ――」
「まふぃ?マフィン?」
「いや」
「いや?うん?なにが?」
「間違えた。なんでもねェ」
ローは気まずげに目を逸らして、会話を違うものにする。
そうしないと、また話題を蒸し返されて、余計な疑問を持たせるのは旗色が悪い。
色々しくじっているのはローなのだが。
「旅行カバンはもう用意しているのか」
「してないよ」
「ぐうたらだもんな」
「ぐうたらというより、予定にないことだから。それに日本から出るなんて久々で」
「絶対に持っていきたいものはあるのか」
ローは心の中だけで、本当は知っているけどなと付け加えた。
「んー……しいて言うなら、枕」
「寝る場所が変わるからだよな。だが、完全にこの部屋を再現できるからそこまで神経質にならなくても良い」
「それはわかってるけど。まあ、行けば都になるから、行けばなんとかなる」
本気で言っているし、本当に住んで快適に過ごすので侮れない。
「枕を持っていくのは分かる。あとはおれが全て用意しておく」
実は全て整っている。
なにせ、彼女専用の部屋を完備していて、いつか泊まりに来たり、仮の仮の仮の奇跡が起きて住むなんてことがあるかもしれないと、完璧な計画なのだ。
「住心地が良かったら住んで良いぞ。家賃はタダだ」
「なんだか、企んでる?」
「お前、企むってなァ……」
無駄なことを考えやがって、と呆れる。
おまえのことで企んでないことなんてなかったよ、と内心憤る。
「まあ、ローは常になにか考えているから、なんでもいいけれど」
疑っているように見えて、ただの軽口だったらしい。
「悪の煩悩みたいな事はいつも考えてない」
「でも、前にこの世界を手中に治めてみたいって」
「あれは暇だったから軽く戯言をな」
「えー?君、本気っぽい声だったよ?本気でやろうとして面倒くさくて投げたんでしょぉ?」
ジトジトと見られてすぅー、と目を滑らせて、さらりと彼女の隣に座る。
「相変わらずだね。マメなのに良く色んな事をするものだ」
「お前はなにもしてないな。なにかやればいいのに」
「ん?例えば?」
「例えば……おれの家に住むとか」
「うーん、イタリアでしょ。私は日本が良いから遠慮しておく」
ローはこの時、イタリアから引っ越そうかと本気で考えた。
しかし、後にローの旧知の仲間達が必死に引き止め、日本への扉を作って繋げるんで勘弁してくださいと、綺麗な五体投地を披露。
「ロー、顔が怖いからリラックスしなよ」
眉間のシワを弱めて男は息を吐く。
引っ越し作業を進めるために魔力を消費して、己のホームへ帰る。
近々彼女も来るので丁度いい。
「あ、お帰りなさい」
「まだ掛かると思ってましたよ」
仲間達が思っていたよりも早い帰宅に喜び騒ぐ。
「俺は日本へ永住する」
「「「エエエエエエ」」」
突然の宣言に彼らはギョッとした。
「別におれと馴れ合う必要はない。お前達もドライな方が楽だろ」
出たよー、と彼らはささやく。
いつもいつもローは馴れ合うなんて無駄なことだと宣う。
なぜ、彼らがここまで驚くのかというと彼女の為の部屋を用意していたのに、行く側になったことだ。
普通は招くのが先ではないか。
混乱に身をやつした彼らの宥めと説明求むの甲斐があり、聞き出したのは、それから数時間。
「あ、あー、一応呼んだには呼んだんだね。それなら、引っ越す前にその人をお招きするのが先ではないか?」
ローが自身の失敗に気付いて不機嫌になったのは、日本にて彼女がおやつに残しておいたコアラのマーチャをアニメを一気見していた時。
今期のアニメは当たりだなとニヤついていた。
その様子を透視していた仲間の一人が、これを見たらローはきっと怒るに違いないと見なかったことにする。
彼女が短期間であれ、自分の根城に来てくれるのなら、今の時間の苦痛は忘れよう。
と、己を鼓舞して漸くイタリアへの道筋を整えた。
しかし、表面化していた事件が更に加速したことによって彼女の警察署勤務の仕事が忙しくなり、有給が取れなくなった。
男はそいつを絶対に許さないと憤った。
「クソッ」
ドォン!と離れた無人島が一部欠けた。
憤怒による鉄槌だが、イタリアに住む者達の記憶には残らなかった。
これは魔法による記憶操作で、よくあること。
「ローさぁん、扉、作りました!ましたんでェ、どうかここから居なくならないで下さいね」
「指図するな……」
男は胡乱な瞳で遠くを見た。
見ていたのは当然、彼女である。
一時的に戻ると告げているので女の部屋にまた帰るのは当然ながら、彼女の職が何故警察機関なのかという謎。
到底、あいつが選びそうにない。
事務なんて1日中時間をボーッと過ごす女に出来るとは思えなかったが、どうやら仕事を身代わり人形にやらせていたりして、上手くやっているらしい。
なかなか悪くない采配だ。
「人間の事件やイザコザは人間の中で解決するのが一番だ」
しかし、今回はあいつをこのねぐらに来させるためなら、なんだってしても良い。
メラメラと燃える炎を目に宿して、ローは警察署内へ移動した。
彼らが用意した扉を使ったことにより、後ろから万歳が聞こえてきたが、ろくに聞いていない。
「帰ったぞ」
警察署内を偵察してから彼女の部屋へ行き、帰って来るまでイタリアの有名な酒を空けて時間を潰し、仲間からのメールのやり取りで笑みを浮かべる。
「ああ。思っていたよりも早く戻ってきたのだね」
「家の奴らは優秀だから、おれが居なくても回るようにしてある」
「それは賢いシステムだ」
「おかげで、ワインもスコッチも酔えるほど飲める」
「良かったそれは。ところで、イタリアの話だが、まだ抜けられそうになくて、行く日が伸びる」
「分かっている。気にするな。おれ達の時間はたっぷりあるからな」
男はくるんとグラスを回して洒落た様子でさらりと流す。
「犯人の目星は付きそうか?」
「いや、ついてない。前回と前々回は犯人を予測したのだが、いつの間にか私ではない人が解いたことになっていたよ」
「はッッ??そいつ殺してくる」
おれの魔女に何様だそいつは、と地球の火山がぶくぶくと泡立つ。
「本当に困った人だ。人の手柄を。あと、なにもしなくて良いからね」
「なんでだ?」
「私にはなにも不利益を齎さないからだ」
紅茶のオータムナルを飲み、笑う。
わたしは目立ちたくないからねと、朗らかに宣言することはいつものこと。
それに僅かに苛立ちが募る。
探偵のように賢いこいつは犯人を当てられるが、それをひけらかしたりしない。
自慢もしない。
なので、それを解いたのがこの女であると知るものはいない。
おれは世界中に言いたいんだが。
でないと、今言われたことのように馬の骨、ゴミの骨に手柄や運を吸い取られ続けていく。
そんなこと、許せるか?
「落ち着いてロー。今、私の部屋のやかんが沸騰したよ」
「お前のせいだろお前の」
「今回のコトは別に珍しくない。知っているだろう?」
「知っているのと、これは別だ。お前は目立ちたくないというが、奪われてもそれを見逃す事とは別物だろ。いい加減にしろよ」
「ふうむ……ローが許せないのなら、私はもうなにも言わない。手柄を奪った人に怒りを抱くのなら、好きにすればいい。私は特に意見はない」
そう告げられ、ローはニヤリとニヒルに笑みを彼女に向けた。
魔女が魔法使いに不届き者を売った。
別に互いは敵対しているわけではないから、縄張りに対するものもない。
しかし、彼女のこういうところを大層男は好んでいた。
相変わらず最高だなと内心舌なめずりをした。
「お前の許可を必要としないが、有り難く思っとくよ」
「でも、事件が錯綜しているから無駄に引っ掻き回さないでくれると助かる。これ以上休暇が遠のくのはね」
「それはおれも困る」
一旦ロー達の話題が終わり、沸騰したヤカンを処理する為に魔法を使う。
「ロー、君はシャーロック・ホームズは好きか?」
「本は一応読んだが特に琴線に触れるわけじゃなかった」
「実はその有名なシャーロック・ホームズのドラマで演じている俳優が来るシャーロック・ホームズ同好会に行けるチケットが手に入った」
「同好会なんて規模に収まるのか、それは。チケットまで。そんなに好きだったのか?」
ぱらりと1枚分を自慢するように見せてくる彼女に、可愛いと胸を揺らす男はポーカーフェイスを駆使した。
「結構好きだ。謎解きはこの本が書かれてから加速し、金字塔とまでなった。謂わば恩人。このチケットは同伴を一人連れてこられる。同好会という規模じゃないが、チケットには同好会と書かれているから催されるのは同好会だよ」
彼女はお気に入りの紅茶に口をつけ、ローはその趣向がシャーロック・ホームズに影響されていることに気付く。
となると、男はちらりと思考を泳がせて提案してみる。
彼女におれがモリアーティ教授になろうか?と。
「!?」
びくんと肩を揺らす様子にそこまで驚くことだろうか、と笑う。
「い、いや。ちょっとそれは。頼もうかと思う時は確かにあったけど、君がモリアーティ教授になってしまったら世界を文字通り覇権されてしまうし、なにより、稀代の悪党に歴史として名を残すことになる。ローの歴史に目を触れる度にそれがお遊びだと知る私は、気まずいものを永遠に感じることになる」
「思い出し笑いでもしとけば良い」
首をふる相手に交渉は失敗かと笑みを深める。
今のおれは所謂マフィアと呼ばれる立ち位置にあった。
モリアーティ教授程ではないが、彼女をホームズにする事は出来る。
どうせ壊す組織だから気兼ね無く花をキレイに咲かせて、豪快に散らせる事が出来るな。
「余興、ありだな」
「なにか企んでない?世界を壊さないでね」
「おれもこの世界は気に入っている。丁寧に扱ってるだろ」
「扱ってるかは知らないよ。見てないもの」
「雑に扱った覚えはない。お前の前では」
「ということは殆ど雑に扱っている自白」
「揚げ足取るな。些細なモノだ。だろ?お前には関係ないから気にするな」
「これからそのイタリアに向かうのに無関係でいられると良いなぁ」
「いられるだろ。そっちには指一本触れさせない」
「自衛や自分がどうこうなる不安で言っているわけじゃないよ」
危機的な事は自分の手でどうにもできるから。
クスクスと笑いが込み上げていく。
「で、ホームズ同好会には?」
斜め下から見上げられ、きゅうと瞳孔が開く。
「行く。エスコートはする方がいいか」
「わたしがしてもいいよ?」
揶揄う目をした相手に眉間に力を入れて感情を外へ逃す。
そうでもないと無意識にどこかでなにかが沸騰したり、暴れたり、奇々怪界な事態になる。
今までそういう事があったので起こる事は決まっているし、それに対して元に戻すのは恥ずかしすぎる。
「今回はお前に譲る」
警察関係の仕事に就いたとはいえ、直ぐ様になにか解決する事はない。
時間をかけて事件をおしまいにするのが組織の仕事だ。
「誘ったのは私だしね」
「ああ。誘ってくれるとは嬉しかった。それに、解決したら直ぐにイタリアへ行こう。あいつらがドアを設置して開ければそこはもう別の国になっている」
「え!それは気合いが入っている」
「張り切っていた。余程イタリアから離れられるのが嫌だったらしい」
「放浪の旅をするなんて今に始まったことではないだろうに」
「放浪よりも入り浸るのは困るとさ」
余計なお世話だとあいつらに言いたくなる。
自分が何処にいてもこちらの勝手だろ、と不機嫌に喉を鳴らす。
シャーロック・ホームズ同好会に行く日。
「よし、行こう。ドキドキする」
「体験型か。いかにも今時だな」
スーツをパリッとしたものに整えてローは相手へ手を出す。
それに肘を三角にして洒落たエスコートをする魔女に愉快な気分となる。
「ホームズの同好会が日本であるとは」
光の速さで返事が返ってきた。
「原作は昔だが、今も常にリスペクトをされた作品は生み出され、ファンを増やし続けている」
「ドラマって言ってたな。俳優か。有名か?」
「有名?ううーん。それは……分からない」
「おれには今の日本の有名人なんて知らないから、見ても分からないぞ」
「私も分からないから平気だろ」
「ホームズ同好会に俳優の有無なんて些細な事ってか」
「ホームズ同好会なのだから謎解きがメイン。それ以外の解釈違いは頭脳に関係ない。でも、少しは聞きたいかな」
話しながら向かうとあっと言う間だ。
「さ、ここが会場だ。人が多いな」
「同好会ってタイトルだが、部に変更される人数だろこれは。多すぎだろ。良くチケットが取れたな」
「実は同好会は前から主催されていた。チケットは五年目でようやく取れた。なかなか取れずに苦心した」
「おれが取ってやったのに。本場のロンドンでも良いが」
「ロンドン!素敵な響きだ。君となら出歩くのもやぶさかじゃない」
「ロンドンにも扉を繋げておく」
喜ぶ姿に内心、あいつらにやらせようと決めた。
会場はイギリスを意識して飾り付けされている。
可愛くデフォルメされているところなどもあり、プチホームズといった感じだ。
「俳優はどこだ」
「俳優に興味があるのか?俳優は2人共男の人だ」
「いけすかない奴なら顔を変えてやろうと思ってな」
「見てもないのに殺意が湧くのは可笑しくないか?大丈夫だ、ローも顔はモテる部類だと思っている。日本の中でも一番だきっと」
「……お前の口からおれの顔で言及を聞けるとは」
「もしかして褒めてなかった?今まで」
「そうだな。特に言われた記憶がない」
「ええ。ええ?それは、申し訳ない」
しょんぼりしている顔をしているのに、なんでこんなに可愛いのだろう。
「褒めてくれたんなら良い。これからも偶に造形について語っても良いぞ」
「ふふ。あー、え、可愛くなった?」
「男に可愛いと言うな。お前の愛用している紅茶を全て酢に変えるぞ」
騒つく館内に俳優が入ってくる。
「く!なんという声量」
「煩い。昔から人類達の声は響くな」
キャー、という黄色い声に2人は顔を顰める。
「あれが俳優か。なるほど、顔を整形させる必要はなさそうだ」
「喜んで良いのかな、それは」
司会者が進めていく。
最初は俳優達の紹介、ドラマの解説。
そのドラマは全て見ていたから内容は知っている。
解説は聞いていて成程成程、と頷く。
「さぁて、皆様お待ちかね!参加型ミステリーを始めます」
期待に胸をときめかせる。
暗号をプロジェクターに映す。
「本格的だ。見直した」
「そうだね……でも、難しいよこれ」
「日本のホームズには解けそうか?紀元前からの魔女様」
「勿論解くよ。現代のイタリア王」
「ハッ、流石に調べられたか」
「調べたんじゃない。推理した。それに隠す気なんてなかったろ?」
「まーな」
格好からしてそれらしさはあった。
正直思っていたものではなくなったので、降りる予定をしている。
その国には王など居ないのに王を名乗らされているのは、古くから存在していることを権力者は教えられているから。
「覇権を握るつもりはなかった。本当だ。お前に半分やろうって言うつもりだってな」
「貰っても困るよ!?」
「困るよな。おれも困った」
「困っているのか?手放せば良いのに。魔法で自分の記憶だけ消せば良いのに」
「組織をデカくしたら思っていたものと違う出来になったんだ」
「ふーむ。なら、うちに来た時に言っていた土台が腐っていていずれ無くなると言っていたのは?」
「どうやら組織が少しずつ派閥として分かれていった結果、内乱、のちに全部崩壊させる」
「そう、崩壊するのか。イタリアは混乱する?」
「いや、イタリアのあちこちに魔法を仕込んでいた。お前の想像する結末にはならない」
「王だから民のことを考えていたのかな」
「王なんてなにか問題を起こした時の人身御供だ」
良いもんじゃない、と苦く笑う。
それを見て、ローも苦労したんだと同情した。
「なにを作りたかったんだ」
「バレたんなら隠す意味もないな。お前が来たくなる場所にしたかった」
「来たくなるって?」
「食べ物が美味い。綺麗な土地。食べ物が育つ土地」
「250年前、確か……砂糖、塩、コショウ」
「おれのツテで船を作って、仕入れて。そしたらズドン!と大成功。大成功し過ぎた」
少し悔しげにして、舌打ち。
「国を持ち上げる程の利益をあげ、商会だった組織はやがて国がどうこう出来ないものへと化けた」
「勝手に育っちゃったのか」
納得した。
「魔法使いに王なんてなんの意味がある?ないな」
「楽しくない?」
「楽しくない。お前も招待出来ないまま、ズルズルとここまで来た」
2人が話す間にもミステリーショーは続いている。
「わたしはこれが終わったらそのまま、イタリアへ直行しよう。勿論、ローの案内付き」
「……喜んでエスコートする」
「作った国を見てみたい。なかなか行けなくてすまなかった。あまりにも不誠実だったかも」
「知らなかったんだ。謝らなくて良い」
「謝りたい。抱き締めても?」
「人が見ているのにか?」
「本当に動いてる?」
相手の言葉に男はぐるりと見回し、薄く笑みを見せた。
時間が止まっている。
誰もかれもが時間停止して、2人だけ動いている。
「じっくり育てる過程も見てみたかったものだ。きっと良い国になったのだろう。君の作った国なのだもの」
「それは、どうだろうな。この国に比べてしまえば治安なんて悪いかもなあ」
「日本は別で、唯一無二のような国だから比べるのはやめておきたまえ」
「それもそうか。さて、謎は解けたか?」
「ああ。解けた」
「流石だな。で?」
「それはーーふふ」
溢れる笑う声音にローは思わず聴き惚れた。
あまり聞くことのない感情が込められているな。
「思い出し笑いか」
「いいや。なんともファンサービスの良い謎だなと」
「ん?どういう意味だ?俺にも分かるようにしてくれよ」
「ちゃんと解説してあげたいんだが、ここで言うとネタバレというものをしてしまうよ」
「耳元で囁くように言えば良い。ほら」
やり方は知っているだろう、とまるで誘惑のように悪い笑顔でこちらを見てくる。
相変わらず瞳は澄んでいる。
綺麗だと言わずとも伝わっていることを祈った。
「じゃあ、もっと近寄って」
「……これで良いか」
「良いね」
こちらも挑む気持ちで耳は口元を近づけ、殆ど吐息混じりに解説した。
その内容に彼は驚き目を丸くしていく過程を楽しむ。
「どうだろう。私もなかなかだろう」
「凄いな。違和感もない。辻褄もあう」
「探偵みたいだ。参加して良かった」
謎解きの答え合わせが始まろうとしていた……のだがなにか様子が可笑しい。
司会者がしどろもどろで舞台裏を何度も見る。
なにか見えてしまって、見ないふりを出来ない事態が起きているといった感じか。
「気をつけろ。なにか嫌な予感がする。俺の第六感だ」
「それはなんとも信憑性がある。君の第六感は野生の感だもの」
「ねぇ、なにが起こるのかな」
うきうきと期待に体を無意識に動かす。
しかし、ローの顔は強張っていて緊張しているらしかった。
「悪いことか?」
と、言い終わる前に司会者が恐怖に震える声を通して会場全体に伝える。
犯人から爆破予告があり、この会場から出ることは許されないといった要求に皆んなが唖然としている。
かくいう私も愕然とした。
「ミステリー脳にとうとう、私もやられてしまったのかな?それとも今回の催しの一つ?」
「違う。あの司会者とスタッフの恐怖は濃厚で本物だ。本当に脅迫文を読まされている」
「な!」
「静かに。騒ぐと感染しちまう」
今はまだゲームだと思われていて信じている。
恐怖はすぐに広まるので、下手に気づかれない方がパニックにならない。
2人は超自然的な存在と言えるので命の危機はないからか、他人よりは冷静に居続けられる。
「どうやらミステリーショーを狙っていたのか。犯人は凄い自信家だね。このショーを選ぶなんて私なら避ける」
ここにはミステリーオタクやミステリー好きが集うもの。
私だってミステリーが好きだ。
「そうだな」
いかにもな疑問にローは笑う。
もしや?
と目を相手に向けて問い詰めた。
「君はなにか。モリアーティ的なことをしたのかい?」
「してねえよ。やるならもっと時間をかけてする。単発じみたこんな真似は趣味じゃない」
「どうだか。ローが昔人間に教えたバンジージャンプなんて、単発じみたものだ」
「あれは深く考えて教えたわけじゃない。俺達は翼を出して食べるが人間は出来ないだろ?死なない程度の高さから降りると気持ちがいいことを教えてやった。あれのおかげでライト兄弟は空を飛ぼうとし、現在は飛行機がある。最高のきっかせだと褒めて欲しいな」
「私のシャトー・ムートンに誓う?」
「お前が所持していたのか?俺のワインと交換しないか」
「半々で飲み合おう」
普段はそこまで飲まないが、稀になら持っていたいと愛蔵してある。
持っているとワインの愛好家気分に浸れる。
「私はこんな強迫で解くミステリーなんて嫌だ。帰ろう」
「これから面白くなりそうなのに?」
「確かにロー好みの展開だね。2時間ドラマのよう」
「どんどんここが追い詰められて行く様を見ていたい。特等席で」
「私はとても帰りたい。帰って録画しているドラマを一気見したい」
「お前、イケメン俳優好きだよな」
「好きというか、なんというか」
「危ない男はお呼びでないと?」
「危ない男はテレビの中かiPadの中で十分だ」
「すげえ乙女ゲームしてるやつのセリフだぞ」
「時間だけはたっぷりあるからね。分かるだろう?」
「まぁな」
ローは足を組み替えて震える司会者をニヤニヤした目で見つめた。
本物の恐怖が漂う態度に舌なめずりしたくなるが、今日のパートナーにはしたないから辞めろと注意されるかもしれないので、内心で済ませる。
魔女たる彼女と違って自分は人の不幸をなんとも思わぬ質だ。
愛しい存在には日々をなんの憂いなく過ごして欲しいのに、今のようにトラブルが彼女を引き込むことは少なくない。
日本にこうやって引き籠もるのは、そういうトラブルに当たらぬよう気を使う優しさを持つ。
「もうミステリーショーじゃない」
「良いじゃねえか。最後まで見てようぜ」
「悲惨な事になったらローに直してもらおうかな」
「まあやってやっても良い。勿論人命は別だ」
溜息を吐いてやれやれ、と頷く。
人命は私の担当にしよう。
そうなる前に全てを助け出す事を約束しよう。
命を生き返らせるなんて魔力がどれだけ必要なのか考えただけでゾッとする。
「ロー……私はもう解けた」
「良かったな。司会者に伝えようか?」
「いいや、ドラマの俳優に解いてもらおうと思っているのだが」
「また他人の手柄にするのか?」
「今回は仕方ないことだ。目立つと困るのは私だ。変に知れ渡るのは今後の活動で。だろう」
訪ねるように聞くと彼は神妙に目を閉じる。
それはまるでモーツァルトを聞いているようで、聞いているか?とつい聞いてしまう。
聞いていると返されて、眠いのだろうかと聞くと「いや」と否定。
「そろそろ次が動くかもな」
「俳優が立ち上がったな」
ローは自分の推理をスライドした俳優の名推理を眺めた。
実に彼女らしい順序立てたもので、推理が終わると次は犯人の見立てが行われる。
ミステリーツアーの参加者達は己よりも華麗に推理されていくものに頬を染めて興奮にザワつく。
「ということになります」
客の誰かがスマホを掲げているのでもしかしたら、動画をアップしているかもしれない。
刺激を与える行為なのでやらない方が良いのではという無粋な言葉は慎むべきか?
「すごいわ!」
「流石はミステリー俳優ね!」
「まるで名探偵が憑依しているみたい」
(憑依されてるようなもんだ)
ローはなにもかも分かっている上で自慢気に周りに聞き耳を立てた。
うちの魔女は凄いだろ、と。
「上手くいったねっ。今夜は祝杯を上げよう」
「よし来た。今夜のディナーは任せろ」
「ありがとう。ローの料理は美味しいからね」
笑顔でこちらを向く姿は天使である。
こんな顔を向けられるのならディナーを1億回でも100億回でも作れるぞ。
「イタリアで鍛えた腕を振るう」
得意げに口元を上げる男にほっこりする。
「イタリアを押してくるよね。そんなに私に食べさせたかったのかな」
小さな声で可愛い人だと改めなくとも知っている事実を噛み締める。
俳優が推理を終えると盛大な拍手が会場を包む。
「包むのはいいんだが……この次はどうなる」
「どうなるんだろか?そもそもどういう強迫をされているのか我らも知らないものな」
司会者の心を読むことにした2人はスライドショーのように中身を見やる。
「爆破予告、か」
「使い古されているが効果的だ」
2人で意見を言い合う。
こうやって今までの事件を紐解いてきた。
「謎解きすれば爆破しないとは。とてもではないが信用出来ない」
「そうだな。でも爆発物は本物。遠隔。今解除された。直に警察が来る」
「はあ。なんて面倒なんだ。仕方ないことだが、事情聴取とやらを受けよう」
「犯人が当てられてキレなくて良かったな。くくく」
本当だが、私が言わせたのだ。
安全には配慮しよう。
「あの俳優には祝福のなにかしらを浴びせておく」
彼女は何食わぬ顔をして告げた。
ローはその面の厚さを最高の部分だと思い、高揚する。
楽しさにこのミステリーツアーに付いてきて良かった、と染み染みとした。
無事爆発物が解除されたのなら安心。
リーシャはローを伴って席を離れた。
ミステリーショーはもう幕引き。
帰りはお土産の店に行きたかった。
ショーの参加者は全員警察署に連れて行かれた。
当然参加者らはなにが起きたか知らないので、全員ハテナマークを浮かせていた。
私達も堂々と何も知らない参加者の一人として事情聴取を受けた。
ローも認識を違うものとする魔法を使ったのか、イタリアの王とは気付かれなかった。
気付かれていたらまだ拘束されていた筈だ。
なんなら脅迫犯にされていたかもね。
「パス出来てよかったよ。乾杯」
ディナーは彼の宣言通り美味しくて、満足だ。
にこにことしていると彼も幸せそうに笑みを向ける。
ローはワインを回して綺麗に出来た手作りと相手の評価に自画自賛を忘れない。
「犯人がお前のところで探していた奴だって本当か。ずっと犯人は不明だったろ」
「ああ……やっと休みが取れる」
「イタリアに行くぞ。明日で良いか」
「展開が早いぞ。だが、待たせてしまったから君の言う通りに行こう」
「……本当か?ウソじゃないな?」
途端に、期待に目を光らせる男。
こくんと頷く。
「明日迎えに行く。少し外す」
「あっちに行くんだな」
面妖なようすで嬉しそうな彼は待ちきれない気持ちがあふれている。
それ程待たせてしまった証明にしかならず、微かに罪悪感が走った。
ドアに向かう彼を見送るとワインの残りをワインセラーに戻した。
(一人は久々だ)
ローが滞在をしてから180日経過していて、一年の半分をこの家で過ごしていた事になる。
いつの間にか隣に居たり、話し相手が居る事が普通になっていたよ。
「明日はイタリアだな。なにを持っていこう」
私も彼の国を見れることを存外、楽しみにしているらしい。
***
「用意は出来ているな?」
逃さないようにだが、ローはロープを手にドアの前にいた。
怖いんだが。
「私は逃げないからロープはやめてくれ」
「なかなか来なかったりしたときの対処法だ。気にするな」
気にするよ?
「ほら、通れ」
彼が肩を押すので素直にドアを跨いだ。
虹色の光を灯す世界を通れるドアの隙間。
そこを通ると町並みが目に入ってくる。
これが、ここがイタリアか。
テレビやコンテンツで見たことがある風景に感嘆の声を少し上げた。
「凄い……!」
「漸く連れてこられたな」
出たところは部屋だったが、部屋のバルコニーから見えるものは素晴らしかった。
地中海が遠目に見える。
「イタリアには一度だけ来たことがあるかな?大昔だから面影なんてないけどね」
「なんにもない時代だったら面影はない。建物は結構気に入っている。観光案内はするから言え」
「そうだね。アイスクリームを食べたいな」
「アイスクリームだな。美味いところを知っている。密かに資金援助している所だ」
「スイーツなのに?幅広いんだな」
「食べ物に特化した国を作りたかったと言っただろ」
「そうだったね。楽しみだなあ」
ローは遂に自分のテリトリーに来た、と感じ入っていた。
ずっと見ていて飽きない顔を見られる事に時間は沢山あると自己を説得して、落ち着かせる。
(あいつらには邪魔しないようにもう一度言い含めるべきか?)
地元ではマフィ◯と呼ばれることがあるが、実質取り仕切っているのはローではない。
ほっといても勝手に成長したのだ。
わざわざ手づからなにかする必要はない。
そもそも、自分は◯フィアではない。
魔法使いだ。
国造りは成功したが、組織づくりには失敗している。
素直にどこかの企業として固定しておくべきだった。
一度成長すると止めようにも止まらない。
イタリアの有権者になったばかりに日本に行きづらいなんて本末転倒。
苛ついた。
この上なく邪魔な肩書を直ぐ剥がしたくて堪らない。
自分が魔法使いで良かったと思う。
(アイスクリームに集中しよう)
ミステリーショーの時に抱き締めても良いかと聞かれた時、逆に抱き締めても良かったな。
ふと、閃いた。
これっぽっちも意識されてなくて、仕返しするのはアリだろう。
「アイスクリームはこっちだ。外に行くぞ」
「外に出られるんだった」
「ずっと部屋に引きこもるつもりだったか?」
ふ、と笑う相手にこくりと頷く。
警察の資料でも読めば時間は直ぐに過ぎるのだと伝えたら、相手はシュールな光景になりそうだと呆れた。
ここはイタリア最大の組織で、そこで日本の資料を読むなんて、普通ならしないのだった。
でも、ローも自分も魔法を使うというだけで、職業なんて時と場合によってコロコロ変わる。
「ん?アイスクリーム屋の前に君を狙う悪意を感じる」
「引きこもりなのに敏感だな」
「私だって籠もってるばかりじゃないさ。それよりもどうするんだい?」
爆発物を仕掛けられるのとはターゲットの数も違う。
しかし、ローだけを狙っているのならやりようはある。
男は静かに懐から重量のある銃火器を取り出し、黒い光沢のそれを向こうに向けて発射した。
魔法によりサイレントされており、音は誰かに拾われる事もない。
リーシャの耳には聞こえた気がした。
ただの気の所為だが。
魔法で消されたのだからなんの祭具もしていないこちらに音が聞こえない。
眺めていると悪意が消えていく。
命中したのだと知る。
「今のが組織解体の理由?」
「少しはな。もっと前から考えてはいたが、ここまで勝手に暴走しだして、やっぱりいらないと捨てる事にした」
「ローが居ないとなくなるのに」
「それが分かっているのならおれをこうして攻撃してない。犬の方がずっと賢くて忠義に厚い」
うっそりと大魔王のように笑う男に可哀想だと視線を緩める。
「正月は一緒に過ごそうか」
「ハッ。同情でもしたか?気にするな……正月は空けとけよ」
あ、過ごすのは過ごすらしい。
一瞬断られたかと思った。
「こんなふうに頻繁に狙われるの?」
「そこまで頻繁じゃねェ。1ヶ月に3度くらいか?日本に居て、狙われるのが久しぶりだから忘れた」
特に気にしていることもなく、明日の天気を語るように軽く述べるので、気落ちもしてないのだと分かる。
何万年も付き合いがあるのでそういうのが分かるのが楽なところかな。
「嫌になったらまた家に住めば良い」
「そうだな。どうせなら2人だけの家を建てたい」
「ん?」
なんだろう、今急に話題が5段くらい飛んだ。
「アイスクリームを買うぞ。3分ロスした」
黒ずくめに扮したローは何食わぬ顔でアイスクリーム、又はジェラートの店に近寄り注文する。
ローも注文すると店員の女性はボーッとなっていた。
見惚れている。
そう断言できた。
推理する必要もないくらいね。
アイスが溶けないようにだけは気をつけて欲しい。
「何味が良い」
聞かれるものの、種類が多すぎる。
「ローのおすすめで良いよ。短時間では決められそうにない」
彼は楽しげに目を細めてピスタチオを注文。
彼はオレンジ。
注文してから直ぐに差し出されるそれを受け取る。
魔法使いにレシートを渡されたが、彼はそれを捨てるように言う。
裏に電話番号が書かれていた事を知っていてリーシャに知られない内にそれを葬り去った。
デートでつまらないことをされると気分が冷める。
銃撃について騒がれないのは魔法のお陰だ。
「どうだ」
ジェラートの感想を足されて文句なしだ!と元気の良い事を貰えてこの国を築いた理由に得難い顔を浮かべた。
食べ物が美味しい国にしたかった。
それだけなのに内輪揉めをされて、ローはキレていた。
だから、この組織は無くなる。
「組織を無くした後はどうするの」
男の険しい顔でなにを考えていたのかもお見通しみたいだ。
「違う組織になる」
「組織は作るんだね」
「作ると楽しい。意外と」
彼はツゥ、と眼を細めて語る。
語る姿はまるで遊園地にきた子供のように見えた。
可愛く思える。
「可愛い」
「縁遠いものを聞いた」
「ん?」
「なんでもない。兎に角。今の組織を解体して、今度こそ美食に特化したものをと決めている」
ローはつい、と帽子を目元まで下げてしまう。
そのおでことか見ていても良かったのに……。
私は気にしないよ。
「どうして隠すのさ」
「隠してない。動かしたくなっただけだ」
照れ隠しだがそれをさらに隠して目元を伏せる。
やはり彼は芸術的ななにかを秘めているなと勿体なく感じた。
私は微笑みを携え、アイスクリームをぱくりと頬張る。
彼も暑さを受けてかいつもより勢い良く食べている気がする。
暑さや寒さを感じないように魔法を使っているが、雰囲気などで感化されることはあるのだ。
リーシャの知らぬことだが、例の爆破予告を仕掛けた犯人の事がテレビで連日放送されていて、イタリアのテレビでも10秒程流れた。
自国ではない放送ではどこもその程度の話題になる。
大事件でもないのだ。
「ロー。君は他にどこか連れて行きたい所はあるのか?」
「ある。海に」
「海!いいねッ」
「日本にも海はあるだろ?珍しくもなんともないしな」
「全然違うよ。特に君と見るとやっぱり違う」
ハッと息を呑む音が聞こえて顔を上げると、目を開く色が良く見えた。
彼の瞳はいつ見ても良いものだ。
ジェラートを食べ終えると海に向かう。
愛車と言っていたものに乗せられ、そのツヤの輝きが反射する。
もうすぐ夕方も近い。
これなら良い夕日に照らされる海が見られるだろう。
「お前はいつもおれを……見てくれるな」
「ん?うん」
当たり前のことを言われ、逆じゃないかと首を傾げる。
なにせ、彼はいつも私を見ているし。
ローは私をずっと見てくれて、助けてくれる。
海に着く頃にはやはり夕日に染まっていた。
綺麗な茜色だ。
傍らに佇む相手を横目にローはこの海を見せたかったとずっと胸に秘めていた。
きて欲しいと言うこともあったが、日本から出させるのは非常に難しいとよくよく理解していた。
「こっちも見せられた」
「ありがとう。イタリアの空も海も素晴らしい。ローの自慢したい気持ちが凄く分かるもの」
「少しだけ島を移動したりして外観を整えた」
「クラフト要素が強いね。私も日本にそこまでしていない。拘りというものだねえ」
日本を動かすと住み心地が結構変わる土地だから。
相方の喉がくくく、と震える。
クラフトというのがツボに入ったみたい。
リーシャを見つめる顔は酷く優しくて、こちらも自然と綻ばせる。
「この海を見たら、見せてから言いたいことがたくさんあった。あったが、今は胸がいっぱいでなにも言えなくなったまった」
「はは。なんだいそれ。私も胸がいっぱいだ。色んな場所で色んなものを見てきたのに不思議なこともある」
「おれ達は人間じゃないのに人間みたいな気持ちになるよな」
「それは良いことだと思う。どう?」
「ああ。とっても最高だ。こうやって分かち合うのも悪かない」
ニヤリと向けられる口元にこちらもにこりと返す。
「暫くこちらに暮らしていけ」
「そうだね。ローも半年住んだから……180日くらい?」
「365日でも構わない」
「仕事を首にされてしまう」
「あの探偵ごっこで十分元は取れたんじゃなねェのか」
「まだまだ、足りないよ」
「この次はなにか決めているのか?」
「ネイルとかも興味あるし、神父系?なにか……聖歌隊とか?」
色々指を柔らかくおって数える姿に苦笑。
そういう人と関わる職はさらにやりにくいと思うが、と言いたくなるがそこは魔法でなんとかなるのだ。
「あ、ローが俳優をするのとかどうかな?」
「普通に群がられるから嫌だ」
「いつも群がられてるのに?」
それはローの仲間達のことだ。
自分は別にベタベタしていないと思っている。
「カッコいいから絶対に人気になる。なんならハリウッドも直ぐにオファーが来ると思うだけど」
「!」
そこまで評価されているとは。
嬉しさに内心赤くなった。
「あまり褒めるな」
と言うが、褒めたりするのが得意なコイツがやめる訳もない。
夕焼けがあって良かったと上を向いた。
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