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男女は難解


ヒラヒラ、ヒラヒラ。

羽を軽やかに動かし洗濯物を運ぶ。

この船に来て十年。
この世界が華やかであると勘違いして、世知辛い世界と察した時には荒波に揉まれて身動きが出来なくなっていたけれど、なんとか藁を掴んで必死に生きていた。

必死に生きてきたことは他人にとって些細なこと。
そんなことは分かっているのだが、この船に居場所を見つけた今、微かな冒険心が湧いている。

「おい、お前」

「!」

女船員に声をかけられて振り向く。

「コックがデザート作ってるみたいだから食いにいこーぜ」

「はい」

イッカクというこの女性、美人なのだが肩書が海賊なのだ。
魚の船乗りではなく、れっきとした海賊である。
荒々しいようなイメージだが、この船は何故か綺麗で色々イメージが覆される。
この船以外の船の殆どはまんま海賊のイメージだけど。

その海賊船に乗っている私はーーうーん、なんなのだろう。
船員?雑用?居候?

イッカクの後ろを歩いていると他の人達ともすれ違う。
その度に猫を見るような目で見られる。

いつものこと。

「コック」

デザートへの催促に声をかけられ、コックは腕を上げて了解の合図をする。

「待ってろ」

5分程席に座り待っていると運ばれてきた。
それはとろとろのチョコレートを散りばめたガトーショコラ。
美味しそうなものに脳が急に糖分を欲する。

フォークに刺そうと動かすとパッと瞬きの間に目の前にあったケーキが消える。

「……へ?」

眼をぱちぱちしているとククク、という震えた声が聞こえて後ろを高速に振る。
ぐるりと見るとケーキの皿を持った男が肩を震わせていた。

「おー、キャプテン」

「ローさん、ケーキを返して下さい」

興奮と共に羽がピルピル動く。
これはどう頑張っても感情と共に動く。
キャプテンと呼ばれた男はニヤッとした口元をそのままに、こちらへカツリと靴を鳴らして近寄ってくる。

何故ケーキを取ったんだと微かに怒る。
しかし、怒りすぎると相手の機嫌が悪くなるのも嫌なので範囲内に済ませた。
なんせ、この男はこの船のトップ。
しかも、己は微妙な立ち位置にいるのだ。
船員とも違う。

妖精の羽を持っていても人間と同じなので背丈は見上げるだけで良い。
とは言ってもこの人の身長は高いので、首が痛くなるくらいあげなきゃならないけど。
グッと拳を握って対峙する。

「返して欲しかったらゲームに付き合え」

(なんで私だけ?)

仕事の合間の休憩で、なにか悪さをしたわけではないのに。
しかも、イッカクは意地悪されてない。

「嫌です」

「じゃあこのケーキは要らなーー」

「食べます。返して下さい」

ローから取り返そうと一歩前へ。
本能的に羽がフワッと現出し、彼から取り替えさんと上へ行く。

「っと」

彼は分かっていたのだ。
私の腰を掴み、止めた。
いきなりの急接近に離れようと暴れる。

「離して下さい」

「お前から近寄ったんだろ」

なんて言われるけど、ケーキを奪った事が発端なのに。
まるでリーシャがいけないことをしたように言う。
怒りたいところだけど、今はこの無駄に顔の整った男から眼を遠ざけたい。
っていうか、いつまで掴んでるのこと人!

「ゲームしませんしっ」

「なら、このケーキはおれがもらっておく」

「ああ!」

キャプテンはフォークでケーキを切取ろうとしている。

「だ、だめですってぇ!」

「じゃあゲームな。内容はあっちで考えるから部屋に来いよ」

ケーキを攫われ。
人質を取られてしまったことになる。
むかっぱらでムスッとなる。

「もう、なんで私だけ」

「まー、まー、一口やるから」

イッカクは一口をくれた。
美味しいけど、私のケーキはキャプテンのものひなっている。
取り返さないといけないのかなぁ。
嫌だなぁあ。

「ほーら、行ってこい」

「行かなくても良いような気がします。どうせ、食べられちゃうのなら、我慢します」

「いやぁ、多分不機嫌になるぞアレは」

知るかあ!
こっちが不機嫌度が上がる。
洗濯物は干したので、次は整理整頓。
本が置いてある部屋を整理しようと、屈む。

「屈しないから」

己の冒険心を思い出して、この船を飛び出すのも考えた。
そしたら意地悪なローから離れられるかも。
せっせせっせと背表紙を見ながら揃えていく。
少しカビの匂いがあるので換気をするか、本を干すか、検討しよう。

ーーカタ

耳に床がしきむ音がする。
驚いて振り向くと目を細めた男が仁王立ちしていた。
無言の圧に肩がビクッとする。

「おれは来いと言っただろう」

「それは船長が勝手に」

「もういい」

ローはズカズカとこちらへ歩み寄ると腕を掴み、浮かせると担ぐ。
この大勢は恥ずかしいッ。

「ちょ、離して下さいッ!なんで担ぐんです!?」

「うるさい。耳元で騒ぐな」

そう言われてしまえば居候の身なので黙った。

「行くぞ」

カツン、と足音をさせて自室へ向かうロー。
ケーキは備え付けの冷蔵庫に入ってるのかな。
無事だと良いな、ケーキ。
自室に向かうと彼はそっと降ろされる。

「くく、不服そうだな。ゲームを考えておいた」

彼はニヤリと笑い、ゲームとやらの概要を説明する。

「と、いうわけだ」

説明を聞くと、ローの残したものを探し当てるというお宝探しだ。
残したものとはコイン。
彼はコインを集めるのが趣味なのだと誰かから聞いた事があるような。

「なんですか、そのゲーム」

「楽しいだろ」

「私だけ損ありきですから」

渋々立ち上がる。
範囲が広いのでどうするのかと聞くとローは顎に手をやり、口角が上がったまま見てくる。
その視線に熱を感じて目を逸らす。

彼がこちらを見る時、取り分け二人きりの時にはそういった瞳の色が見え隠れしていた。
私の勘違いだろう。
からかいがいのある女に楽しんでいるだけだ。

「この船の部屋の中だ。おれの部屋にはない。選択肢をやろう。男達の部屋に入れた」

「私に部屋を漁れと」

更に口角をあげる。
男達とて、漁られたくはないだろう。
既に男達には許可を得ているとか。
それなら、彼らの顔色でうまくいけば見つけられるやも。
内心笑みを浮かべて特殊に行ってきますと出る。
呼び止められる事はなかった。
ホッと安堵を感じつつシャチ達の部屋へ向かう。

説明をされているのなら話は早い。
サクッと終わらせてやる。
男子部屋にノックして了承されて入れば待ってたとばかりに歓迎される。

「待ってたぜ!楽しそうなことしてんじゃん」

と、言われたがこっちはまっったく楽しくないの!
ケーキを人質に取られているんだから。
仕方なく付き合っているにすぎない。

「場所どこですか」

「教えられねーんだ」

ニヨニヨしている。
向こうは傍観者なので楽しいだろうね。
ふん。

「一人で探すので」

がさがさと揺らして部屋を物色する。
コインなので小さくてどこでも隠せるんだよね。
厄介だ。
ちらりと男達を見るととある点に注目していた。
やっぱり目でめちゃくちゃ言ってる!
我慢できないってやつだった。
言葉で言わずとも結局こうなる。

「ここ、か」

「「「あー!」」」

いや、そんなにリアクションしたらバレバレになる。

見つけたコインを手にローの部屋へ堂々と入り、彼の目の前につきつけてやる。
どうだ、見つけたぞ。
ドヤ顔を浮かべて男に報告するとするりとコインを取る。
その際、微かに手先が触れると無意識に手を引く。

彼はコインをくるりと回し、こちらを流し見た。
無駄に色男なので心臓に悪い。
というか、ケーキを奪還しないと。

「ケーキを返してくださいね。約束ですよ!」

本当に、と目を潤ませる。
食べるのを我慢してローのわがままを聞いたんだから。

「勿論返す」

立ち上がった男は直ぐに帰ってきてケーキを見つける。
奪い返すと立ち上がる。
ローはこちらを一瞥してここで食べろと言う。いや、イッカクと食べたいんだが。
ここで食べなきゃケーキは無しだと意味の不明な命令をかましてくる。
ケーキくらいで使う権限じゃない。

いい加減にしろと飛びつくが逆に捕らえられて見動き出来なくなる。
不味い、と顔が歪む。

「お前の方からとは大胆だな」

「勘違いしないでください!」

誰が胸に飛び込んだんだと目を見て反論。
もういい、と足で蹴飛ばす為に足を振るう。

「それで本気か?」

ノーダメージだった。
固い。
なにもかも固い。

「ケーキ食べます。放してください」

「罰としてこの状態のままで食え」

やり方が更に酷くなる。
このままでは悪化するのではないかと悪寒。

「ゆ、許して下さい」

強気すぎたと反省。
ローには下手にでないといけないのに、つい。

「許すってなにをだ」

「船長に抱っこされるのは憤死します」

嫌がると嬉しそうに身の隙間をなくそうとされる。

「船長ッ」

むに、と当たる。

「ほら、食え」

皿を近くに寄せられ、膝に乗せられた状態でケーキを食べた。
再会したケーキを堪能する。
味が分からないというのは嫌だったから必死にそちらだけに集中する事にした。
完全に愛玩扱いだ。

「船長じゃなくてローだ」

いま訂正することじゃないような。
面倒くさい男だと顔に出ないようにする。
ケーキを食べ終わるとテーブルの傍にワインが置かれていた。
ローは本を手にワインを飲んでいた。




ーーバッサ

跳ね起きた。
状況を理解して額に手を当てた。
心すら地に沈む。
隣には半裸で寝る男。
対する私は言い逃れ出来ない格好。
ぐ、ぐ。

(ああ!もう!また、やっちゃった)

二度とするものかと誓うのに、薄っぺらく頼りない己の願望。
煩悩吹き飛べ。
ワインもボトルがテーブルにある。
飲んだのだ。
そのせいでこんなことに。

意思が弱い私も悪く、拒まないこの男も悪い。

「また後悔してるのか」

ハッと横を向く。
頭を手で支えたポーズでいる。

「懲りねェ女だ。割きりゃ良いものを」

「わ、割り切れるなら、落ち込んでないです」

悪どく笑うローは毎回分かっているのだろう。

「次は私を受け入れないでください」

「ああーー断る」

断るんかい!

「なら、私は絶対に流されません」

何度目の誓いだ、とバカにされる。
散らばる服をかき集めてお風呂場で身にまとう。

うう、赤い。
色々主張が激しい。
泣く泣くドアから出る。
出て直ぐにローが立っていて、見上げると顔が近寄ってきて、キスの合図と知れるとこちらは背けた。
言葉はなくとも彼の視線が痛い。

「強情を張るな」

「わたしはただ、アナタとの身分に配慮してるだけです」

「下手な嘘だなリーシャ」

名前を呼ばれてさざ波の立つ心。

「やめてください」

肩を掴まれた。
見動きが出来ないではないか。

特別扱いもしないでくれと言う。
船員達に示しがつかない。

「あいつらは皆知ってる」

ローは耳を食むとぴくりとなり、体を捩る。

「真面目に考えるよりも今を楽しめ」

誘惑してくる。

避けるようにプイッとする。

「嫌です」

顔をグッとつかまれる。

「おれはどっちでもいい」

その無責任さに海賊だなと改める。

「お前と楽しめたらなんでもいい」

「!ーー口説き文句」

それ以上言えなくなる。
するりと頬に手を添えられて逃げられない。
ちゅ、と軽いものが与えられる。

ヒィ、と色んな怖さで涙が出てくる。
重い、気持ちが重い。

「どうする?このまま、おれと居るか」

熱を帯びた顔でちらりと見られる。
必死に理性をかき集めて首を振った。

「そうか、残念だ」

無表情だからわかりにくい。
本当に残念なのかな。
疑いたい。
疑って白紙に戻したい。

悶々としているとローはシャワールームに消える。
今のうちに出ていく。
また誘惑されたら堪らない。

急ぐ足音にローは口角を上げて、逃してやった。


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