中年がイイ(前編)
「――番」
名前ではなく番号で呼ばれ、生死の境にありながらもほぼ死寄りの眼の女が前へ行く。
その女は幼児だ。
後ろに順番を待つ女達も子供だ。
彼女らは悪魔を滅することを目的に創設されたギルドの、悪魔を誘惑し滅ぼすという計画で集められた孤児。
全員死んだ目なのはこの先の未来が暗いのを知っているからだ。
彼女達は今日から悪魔を色事で陥落させる為の技を学ばされる。
拒否権はない。
人道的とは到底言えないもので、孤児というのとギルドに誓わされる悪魔を滅するもの。
女の子達は生気のない様子で言われた部屋へ行く。
机と黒板が見え、その教壇の位置に居るのは自分等よりももう少し上の女児。
不安もあるし地獄が始まるのだろうと誰もが終わりの気持ちで机へ着席する。
「貴方達は第――生。」
ただ一言ぽつりと冷酷に呟かれ幼女達は怖さに体をぶるりと震わせる。
「まず貴方達は自分達が悪魔を誘惑する為に日々過酷な鍛練に勤めねばならない」
教師役の女子はスウ、と息を吸う。
「悪魔がなんたるかを私は貴方達に体の真まで叩き込む」
どんな酷い先入観を植え付けられるのだと喉が緊張で動く。
一言とて少女達は喋らない。
どうせ行き先はろくな目にあわないと全員察している。
「悪魔というのは私達を見つけるときっと甘い言葉で揺さぶってくる」
とんとん、と黒板に悪魔の名を書く。
淀みない若い悪魔。
「貴方達の好みである者もその中に居るかもしれない」
教壇をゆっくり音を立てて歩く。
「自分よりも経験豊富な悪魔が相手だから貴方達はとても辛く厳しい心の選択肢を突きつけられるかもしれない」
少女は憂いを帯びた顔で前を向く。
「でも、その時。貴方達の口からは淀みのない言葉が出てくるのを私はもう知ってる」
それは、悪魔などに屈しないというハンターの言葉だろう。
ここは悪魔を滅するものを育てるハンターギルド。
「とても見目麗しくとも、私達よりもものを知っていても。目の前に現れても、私達は決して受け入れはしないの」
ここはギルドの中にある機関の養成施設。
女もさぞその教育を施されているのだと皆が息を飲む。
「呑まれないようにしっかり言うことは言わないとナメられるから伝えるのよ」
いづれ自分もこうなってしまうのだ。
「あと20年フケてから声をかけてこいってね」
***
悪魔を誘惑させる為の女ハンターを教育し、ハンターとして仕事をさせる計画が発足されてそこそこ経過した。
ハンターギルドの大誤算は女を軽視したことか、孤児に軍人叩き上げの女が幼児として生まれていたことか。
知ったとしても既に手遅れだろうが。
「リーシャさん」
声をかけられて振り向くと自分が教鞭を取る孤児プロジェクトの生徒の一人が後輩として早足に来る。
「情報来ましたよ。例の悪魔」
その言葉を待っていたので足の速度を早めて場所を聞き出しUターンした。
近場とは言わないが今から飛ばせば会えるだろうとフルの速度で馬車をかっ飛ばした。
後輩が吐きそうだと言うが我慢しろと中へ押し込めた。
ハンターたるものハントに全力であれ。
「着いた」
シュタッと着地して後輩も脇に背負う。
着いたのは廃墟となった村。
そこでバチバチの戦闘音が聞こえるのだ。
目撃証言のあったところへ向かうと白煙に包まれた筋肉質な悪魔と頬に傷がある若い悪魔が居た。
「あれがそうか」
後輩がスモーカーとルフィの名物、中年潰しだと唱える。
若いもんが年上を気遣わず、遠慮なく体力的に追い込むという辛いイベント。
「スモーカー!今日も美中年が衰えなし」
後輩が回覧板に書き込む。
すかさず観察し、イベント終了間近なったところで後輩がルフィの暴走に巻き込まれてうっかり彼の腕に捕らえられた。
「さっきからずっと見てるなお前」
ルフィはくりくりした無垢な瞳で後輩を魅力しようとする。
耐えられずその失態に叫ぶ。
「惑わされるな!よく見ろ!」
教え子はクッと惑わされる手前でルフィを見て「あと30年、あと25年」と言う。
彼女は徐々に経過年数を軽く見積もると言うミスに気づいて居ない。
まあ五年の誤差は許そうか。
そちらがそういう中でのお目当てのスモーカーはと見ると、こちらを凝視していた。
目にはまた来やがったという色。
「スモーカー。騒ぎを起こしてはいけない」
「おれはなにもやっちゃいねェ。麦わらが暴れ始めたんだ」
人間なんかよりも悪魔の方が常識があるって泣いても良いですかね。
ド鬼畜なプロジェクトを立ち上げた割りに未来のプランが全く練られていなかったからそこをくり貫いてリーシャが孤児達を悪魔の中年、渋いイケてる男が尊いという真実を広められたけれど。
「そう。大変でしたね。でも私達じゃないハンターに狙われるので目立つのはもうそろそろお開きにしておいて」
尊いので慰めに走る。
若人に苦労させられる中年最高。
心の中で指を立てておく。
ルフィとスモーカーのコンビはスモーカーを最高に引き立たせてくれるのだ。
「お前はやっぱり変な女だな」
「え?私のこと認識してるの?」
「何回会ってると思ってんだ」
「え、あ」
嬉しすぎて言葉を忘れる。
「他のハンターと違って話もせず切りかかる真似もしないしな」
「なんだと。他のハンターが至宝の存在にそんなことをっ」
小声で憤る。
その体の割れた腹筋が憎いハンター達に傷つけられたとなればギルドの解体を確実にすることになるだろう。
「怪我は、してない?」
「は……してねェけど」
スモーカーは訳がわからないと首を捻る。
リーシャは治療しようと近寄る。
遠慮しないで見せて、とにじり寄った。
「貴方達(中年)悪魔はちょっとした怪我でもないように振る舞うから」
因みに後輩はまだルフィに質問責めされている。
「お、おい」
ギュウッとジャケットを摘まむ。
体に触れるなんて恐れ多くて無理。
出来るだけ肉体に触れない距離で確認していると遂に後輩がルフィに気に入られて連れ去られようとしていた。
待てい!行き先は魔界ですかぁ!?
「待ちなさい!連れていくのなら!私を連れて行きなさい!」
一見後輩の身代わりになる上司に見えるかもしれないが、後輩は察した。
この人、自分が行きたいだけだ。
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