×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
 
ぬいぐるみ


「うわわああああ!」

猛烈に今、逃げていた。
必死に、助かりたいが故に。
止まれば死ぬと分かっていたから走り続けた。
後ろを向くと先程から変わらない異形のなにか。
見た目は変な植物。
肉食なのは体験している最中なので確信していた。
あれは捕食者の追い込み方だ、と

(助けて助けて助けて助けて助けて!!)

助けを内心に込めて言うが、こんな薄暗い森みたいな場所に誰かが運良く居るわけもない。
居ても、さて、助かるのかも分からない。
兎に角ふわふわの足を懸命に動かしてもつれさせては建て直す。
頑張れ足、止まるな体、ほとばしれ汗。
汗は出ていなかった。
そろそろ足が限界だ。
そもそも体力不足だというのに整備されていない獣道を走るだなんて初めから無謀極まりなかったのだ、きっと。
今になって悔やまれる。
もっと足腰を鍛えておけば良かったと。
破れた箇所を手で塞ぎ棉が溢れないように押さえ込む。
只今、テディベア中。
冗談だったのなら良かったのに、現実である。
気付いたらテディベアになっていた。
不確定要素もあるが手足を見て顔と耳を触って、色を見てクマだと導き出した。
恐らくテディベアではないか、と。
体からは血ではなく棉が溢れている事からぬいぐるみだというのは正解だと思っている。
遂に魔性(魅了してしまう)女になってしまったか。
一人だけで優越感と創傷に駆られ、ポーズを走りながら取る。
バカみたいだし、余裕も長続きしないので直ぐに止めた。
誰も見てないで良かった。
見られてたら一生立ち直れないだろうから。
後ろからギャオーギャオーと鳴く植物の化け物に追われなくなったと理解したら途端にヘタりこんだ。
もう歩けない。
ぐったりして木の幹に体を寄せて休む。
熊なのに、戦うどころではなかったなあ。
強い王様な立ち位置の熊だが、テディベアだし。
致し方ない。
休憩している間にこれからどうしようと頭が巡る。
またあんな化け物が襲ってこないとも限らないし。
おまけに体は裂かれたり傷付いていて、満身創痍。
このままじゃ棉も押し込める状態でなくなりそう。
人形、ぬいぐるみのままこの世を去るのか。
うつらうつらと眠りの船を漕いでいると森の奥から何者かの足音が聞こえて緊張に熊毛が逆立つ。
警戒して目を凝らしていると見えてきたのは真っ赤な出で立ちをしたパンクなお兄さん。
どこのギターさんでしょうか。
デスメタルを奏でていそうだ。

「あ?何でこんな所にぬいぐるが」

呟きにどうしようかと悩む。
取り敢えず生き物として認識されないようにぬいぐるみのフリをしておく。

「汚ね」

汚いとか言うなっ。
これは逃げてきた立派な勲章だ。

ーーむんず

(はうあ!?何で手に取る!?)

汚いと言っておいて掴んできた。
しかも優しい触り方だ。
棉が飛び出さないように配慮されてやがる。
こいつ、やりおる!?
見た目と触り方にギャップがあるせいで混乱した。

(この人優しいのか、も?)

それならご挨拶を。

「あのう」

「!?、誰だ、出てこい!」

検討違いな方向に体を向けて視線を剣呑にさせる男。
どうやらぬいぐるみが出した声だと認識しなかったようだ。

「貴方の持ってるぬいぐるみです」

「………………マジか」

「ええ、現実ですよ。いやいや、貴方の触り方が優しくて…………つい話し掛けてしまいましたよお」

下手をしたら腕をもがれても可笑しくない。
ぬいぐるみとは数奇な人生なのだ。
彼は暫しこちらを凝視して再度持ち直す。

「何者だ?」

「私も知りたいです。気が付いたらぬいぐるみだったんですからね」

いやもう本当、異世界凄い。
彼は眉間に皺を寄せて考え込んでいるようだった。

「お前、何があっても口にしないって誓えるか」

「?、ええ、言うなと言うのなら」

これから何が起ころうというの?
怖い。
男はそこから厳つい顔をさせてざっくざっくと歩き出す。
パイプでボコボコにされそうな空気だ。
家に連れてこられて、針でちくりちくりと鮮やかな手並みで縫われた。
これは、本人が秘密にしたくなるというものだ。
技術が素晴らしい。
褒めに褒めて、感謝した。

直されて完全復活、のちにキッドとの長い付き合いとなる二人の出会いである。


prev next
[ back ] bkm