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煎じられた話し(前編)


「お前との婚約は破棄する」

そう言ったのはこの国の公爵子息。
名前は知ってるけどもうどうでも良い。
彼はこの婚約が何のためになされたのか塵にも理解していない。

「あー、了解です。契約破棄承りました」

ここがパーティーのど真ん中じゃなかったらまだマシな未来になったんだろう。
しかし、こんなにバカにされて駄々を捏ねる理由も価値もない。
もっと穏便に破棄出来なかったのか。
バカな男を一瞥してパーティー会場を去ろうとすると横並びになる陰。

「良いのかリーシャ。あの公爵の息子、何も知らない風だ」

「良いんだよ。ロー。勉強不足だった本人と、勉強させなかった親の責任だもん」

別に好きじゃなかったし、と付け加えて、屋敷を後にした。
翌日、王城から使者がやってきて王宮に来るよう言われたので何食わぬ顔で行く。
昨日、帰って直ぐに母国の父に破棄を望まれたと便を送ったから隠す事も無理だ。
というか、なんで呼ばれるのだろう。
何かした覚えは一方的な破棄だけ。
非があるのは公爵子息だけなのである。
ローも証人として連れて行く。
彼は嬉々として楽しそうだと笑みを浮かべ、馬車に揺られる。
王城に着くと王城だけは立派なんだよなあ、と感想を抱く。
子息がパーティーで大々的に破棄すると言い出したのは恐らく再度婚約を結ばせないための念押し故だろう。
溜息を吐きたくなったのは致し方ない。

「不幸が来るぞ。辛気臭い顔だ」

「目の下に隈があるローにだけは言われなくないよ」

そういえばローの紹介がまだだった。
彼は同じ公爵の爵位を持つ家の長男であるロー。
こっちの国に来るとき、留学してきたので寂しさが吹き飛んだ。
慣れるためにこちらの国に来たのだから皮肉なものだ。
婚約破棄されて嫁ぎ先があるのかどうか。
因みにローはラミという妹の婿を跡継ぎにしようとしているので婚約者は居ない。
彼の両親の物分りが良すぎて驚いた。
彼曰く王宮使いの医師になるから平気との事。
それでいいのかトラファルガー家。

「着いたぞ」

扉の前に着いた。
深呼吸して背筋を伸ばす。
いくら破棄進言の時は堂々としていたとはいえ、王の前となると胃も痛くなる。
緊張のこの感覚が何よりも苦手というか嫌いだ。
自室で編み物でもしているのが性に合っている小心者なのだ自分は。
只、破棄をした事がアホらしくて小心すら抱かなかっただけ。
もう一度呼吸をして少しでもミスをなくそうと意気込む。
此処は公の場。
ゆっくり扉が開くと足を前へ進ませる。

「!」

ゆるりと下を向きつつ進み、上を向くと元婚約者の姿と見慣れない女性の姿、そして、婚約者であった男の周り、強いて言うならば女性を囲むように居るのは彼の近くに毎回居たと聞き及んでいる面々。
子爵や第一王子まで、その揃い方はかなりバラバラな異様さ。
怪訝になりそうな顔をハッとさせて無を貫く。
しかし、どうした事か睨まれている。
こりゃ、ローから聞いた話しはマジなようだ。
彼に馬車の中で唯一向こう側にいる令嬢、没落貴族の平民を虐めて不当に貶めたらしい、と言われたので。
それが噂となり、令嬢がそれは事実だと彼らに泣きついたらしかった。
全くの無実だ。
そんな事はやってない。
だというのに彼らのリーシャを見る目と言ったら。
まるで親の敵を見るかのように冷たく鋭い。
憎悪が肌に刺さってしまい吐きそうである。
全く、政治を仮にも担う男達が騙されるのは圧巻の一言に尽きる。
手並みが鮮やかであるのだから、彼女の方が実は後ろ暗い政治には向いているのではないか。
王はどう判断し、何を言うつもりなのか。
少なくともこちらを無碍に扱う事はない筈だ。

「今回の騒動。誠に申し訳なく思う」

王がギリギリのところを縫って謝罪してきた。
どうやら無実なのを確信しているらしい。
まぁ謝っても婚約なんてもう結ぶ気は無いけど。

「承りました。婚約破棄も承知したのでよしなに」

もう許す気はない。
謝罪をするべき人間がまだ謝ってきて居ない。
こちらの会話に噛み付いてくる王子。

「王!………このような女に謝罪など何を考えておられるのです!」

王子にこのような呼ばわりされる覚えがない。
眉間にシワを寄せる王は息子を強く睨みつける。

「お前はいつの間にそんな言葉遣いをするようになったのだ?身を弁えよ」

「しかしっ、この女は不当にサラハリーアを虐めたのですよ!?」

え?虐めてねーよ。
いつの話だそれ。

「ほう?そのような事がいつ頃あったのだ?事細かくもう一度述べてみよ」

「七日前に階段から落とされ、十日前には怒鳴りつけ平手で頬を打ったととの事を聞き及びました」

「だから私はそのような女と結婚したくないので婚約を破棄させていただきました」

公爵子息の言葉の裏にはそんなデタラメな真相があったのですね。
デタラメを信じるなんて。
裏取ってないよね。

「それを見たものは?」

「居ます。私です」

魔法使いみたいなローブを被った男が前に出る。
何を見たのか是非聞きたい。

「フフ、笑いを堪えられる試しがない」

ローが小声で言う。
公の場だから控えてくれ。
でも、笑ってしまうのは仕方がない。
かく言う自分も内心この馬鹿馬鹿しい見世物には見ているだけで本が書けそうだとちゃんちゃらおかしくなる。

「見たというのは何をだ?」

「サラハリーアが階段から落ちていたところをです」

ふうん、落ちて ところを、ねぇ?
それ過去形っていうか、証拠でもなんでもない。
強いて言うなら現行犯でもない。
寧ろそれは事実を見たというだけの何の証拠能力もないと思う。
リーシャがやったという証言でもないし、それはあくまで推理という名の濡れ衣行為だ。
彼らはそれを信じ込んでまんまと騙されてる。
こりゃ、呼ばれるのも致し方ないかも。
王は彼らをコテンパンに論破していく算段なのだろう。
それに付き合わしてしまう謝罪がさっきのに含まれていると思われる。
王も王で状況を把握出来なかった事を悔やんでいそうだ。
大事な契約を私情、それも勝手な思い込みで破棄してしまったのだから頭が痛いのだろう。
もう関係ないけれど。
ローも隣で楽しそうに聞いている。
どうやら笑えそうな沸点は落ち着いたようだ。

「それで何故犯人が己の元婚約者だと?」

「サラハリーアが泣きながらに突き落としたのが彼女だと訴えてきたのです。良くもこんな非道な真似が出来たものですね」

睨みつけているのはメガネ男子。
睨まれる謂れはないので無視しておく。
精々好き勝手に言って、後で罪悪感に苛まれるが良い。
ニヤリとほくそ笑むのは心の中。

「それについて反論はあるか?」

一応言わしてもらえるのね。

「ええ。あります。サラハリーアさん………だったかな?貴女は私に突き落とされたり打たれたりしたと言い張るの?」

「セル・サラハリーア。答えよ」

「はい…………貴女に私は酷い事をされました。ちゃんと覚えてますっ」

言質もらったー。

「では、沙汰を告げる」

その言葉に王子側が勝った!という顔を隠す事無くこちらを見る。
残念ですがそうはならない。

「セル・サラハリーア。汝の証言は虚言と判明し、汝は修道院へと送る」

「え?」

サラハリーアのドヤ顔が崩れる。

「だが、その前に今回の騒動の沈静化を命ずる」

それは過酷っすねー。
王子達も唖然としている。

「な、何を………王、サラハリーアは」

「今言った事は全て事実。裏付けすら禄にしていなかったお前達とは違い、我らは調査を行った」

そして、王子達にも沈静化を命じてこの場はお開きとなった。
城を出るとローが笑みを浮かべて喉を震わせる。
笑いが収まるのに少し時間を要した。

「馬鹿過ぎるなアイツら。十日前だろうと七日前だろうと三日前だろうと、お前はこの国にすら居なかったのに、なァ?」

ローの言う通り、リーシャは二日前まで故郷の国に里帰りしていた。
父も母も喜んで迎えてくれた。
だというのに、何て愚かな男達。
あのサラハリーアはしっかりリーシャが危害を加えたと言ったので今更人違いでしたとは出来ない。
婚約破棄を発生させといて。
溜息を吐いて、これから帰国する準備をまたしなければと思案。

「良かったら、だが」

ローのぽつりとした声に向く。

「俺の嫁になるか?嫁ぎ先が下手したら無いかもしれねェしな」

「醜悪に塗れてるのに?」

「まぁ、これから嫌でも公爵のあの男が誰を捨てたのかはジワジワ余波が起こる。心配はないと思うがな」

だから、この国から出るのを急ぐのだ。



***



公爵子息(元婚約者)side


隣国の隣国という若干距離のある国の公爵令嬢と婚約したは良いが、遠いので会えるのも数える程度。
花やメッセージカードでやり取りをしているものの、味気なさを感じていた。
学園に入る歳になって、未来を担う権力者の子供と良く交流をした。
それから三年後、婚約者が入学してきた。
その隣で話す男子生徒と仲が良さげで、話しに聞けば、同じ故郷の幼馴染みとか。
別に愛とか恋とかは抱いていないから何とも感じない。
向こうも友達という距離感なのは見ていて理解してはいた。
それが、風化し始めた頃、転機が訪れる。
サラハリーアという綺麗な少女。
きめ細やかな肌、透き通る髪。
ふんわりと香る香水に夢中になった。
メッセージカードを送るを疎かにしてしまう程。
婚約者からどうしたのかという事を聞かれて少し後ろめたさを抱きながらも忙しいと誤魔化した。
やがてライバルが増えて色々と周りが見えなくなってきたのは当然。
競うのは当たり前、囁くのも気を引くのも大変だった。
王子なんて宝石を持ち出したから取られると焦るに焦った。
その時、サラハリーアが苛められていると訴えてきたので詳しく聞くと、犯人はなんと自分の婚約者であるリーシャ。
放ったらかしにしてしまっていたので怒るのも当然だと反省したが、突き落とされたと聞いた時は流石にやり過ぎだと憤った。
第三者からすれば憤るのも見当違いらしいが。
直ぐに彼女の所へ言ったが留守で、翌日も留守。
逃げたんだと思って彼女へ手紙を送った。
しかし、帰って来なかったので怒りは徐々に膨れ上がる。
漸く見付けて、勢いで婚約を破棄すると述べてから、後悔する事もなく、寧ろ喜びが生まれる。
これで堂々とサラハリーアに婚約を告げれる、と。
破棄して翌日、王から呼び出された。
婚約破棄の件についてだろう。
違反ではあるが、理由さえ分かってもらえればきっと許してもらえる筈。
そう思って胸を張り王城へ登ると待っていたのは難しい顔をする王とその側近が集結していた。
何事かと事の異様さに内心動揺していた。
こんなに重鎮達が一同に集まるなんて余程の事態にならないとこうはなるまい。
彼らはこちらの事情聴取を始め、サラハリーアは涙ながらに訴えた。
それに悔しさと正義感が生まれた。
だが、王達は全く表情筋が動かない。
こんなに女性が悲しんているのに何故同情しないんだ。
公爵子息のこの発言は政治を担う人間にとって全くの見当違いで大間違いだとは気付かない。
学園に通っていて貴族の何たるかを学んでいる筈なのに、だ。
やがて、重鎮達からの視線から開放されたので無意識に息を吐く。
その次はまた数時間後待たされて漸く王座の間に呼ばれれば、待っているようにとそこで待たされる。
待っていると扉がサラハリーアを傷付けたリーシャと学友の男が共に入ってきた。
女の身で男と居るなんてはしたないと自分の事を棚に上げているのに気付かず罵る。
勿論此処は王の前なので言葉にはしない。
けれど、これで王も如何に彼女がはしたなく媚びる人間かご理解頂けたことだろう。
王は怪訝になる事もなく、淡々と続ける。
どうしてこうも頑固なのだ。
裁かれるべきはこの女。
その意を持ってして相手を睨みつける。
既に未来を歩む事もない。
存分に振るえる。

「睨みつけているわ。怖い………守って?」

小さな声で殿下に寄り添う彼女を見て腸が煮えくり返る。
どうして自分を頼ってくれないのだろう。
酷く自分のプライドが刺激されていく。
次こそは彼女の気を引こうと意気込んだ。
それが叶わないと知らないまま。


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