「おい、お前」



屋上の、天文部の部室の屋根に俺はいた。
何時ものように授業をサボっていた俺は、そろそろ幼なじみが屋上まで迎えに来る時間だと上半身を持ち上げる。
それと同時に下から声が聴こえてチラリと視線を向ければ、見たことのない人が俺を見ていた。
迎えに来る幼なじみでもやけに世話をやいてくる担任でも、勿論クラスメートでもなさそうだった。知らない人だ。



「今は授業中だ。不良か何か知らねぇけど、サボってねぇで授業でろ」



この銀髪と目付きの悪い容姿のせいか、何度となく不良に間違えられてきた。
そのせいか喧嘩を売られることもしばしばで、それを買うこともあった。

――そう言えば。

あれはいつだっただろう。
柄の悪い先輩か何かに絡まれた時、風紀委員と名乗る人物に助けられた事があった。



「聞いてんのか、二階堂」



それが、この人だった。
切れ長の目は見るものを圧倒させ現にあの時も柄の悪い先輩はこの人を見た瞬間逃げ出した、気がする。



「……何で、俺の名前」


「授業をサボっては夜な夜な町へ繰り出し族を潰し、目を合わせた者は病院送りにする銀髪不良の二階堂日向――なんて噂が流れてきてな」



「風紀委員としては放っておけねぇだろ」とその人は薄い笑みを浮かべる。
どうやら知らないうちに身に覚えのない噂が広まっているらしい。
だから最近は絡まれないのか、と少し納得した。
授業に出てないだけなのに、どんだけ尾びれやら背びれやらがついたんだ。

俺は「はぁ」とどうでもいいように呟く。正直噂がなんだろうが、面倒事に巻き込まれないのならそれでいい。



「ま、とりあえずそこから降りろ」



有無を言わせないその人の言葉に、俺は面倒ながらもしぶしぶ降りた。その人と同じ場所に立てば、俺よりも身長が高いんだなと何となく思う。



「で、何で授業をサボった?」


「……別に、サボってねえし」



俺の言葉に、その人は「ぁあ?」と顔を歪める。
けど俺の言葉は真実で別にサボっているわけではなかった。



「首席の特権、使ってるだけだ」



俺は授業に出たくないが為に、試験前には猛勉強をして首席をキープしてきた。
それなのに担任やら幼なじみは授業に出ろと煩い。
まあ、俺の事を思って言っているんだろうが。
とにもかくにも、俺は授業をサボっているわけではなかった。
サボりだと思われるのは見た目がコレだから仕方ないとは思う。

その人は「なるほど、首席か」と呟いて少し考え込む。
それから何か思いついたように顔をあげると、ニンマリと笑った。
何故だろう嫌な予感しかしない。



「いいなお前、気に入った。風紀委員に入れ」


「……は?」


「どうせ特権使うなら、わざわざ首席をキープしなくてもいい風紀委員に入ればいい」



うんうん、と頷きながら言うその人。
俺は勝手に進められていく話にどうしていいかわからなかった。
首席をキープしなくても済むのは、確かに魅力的な誘いではある。
けど風紀委員なんて面倒くさい事が俺に出来るはずがない。



「んなめんどくせえ事、できるかよ」


「別に仕事をしろとは言ってねぇだろ?」


「……しなくていいのか?」



俺の問いに、その人は頷く。
普段なら随分巧い話があるもんだと疑心を抱くが、この人なら何故だか信じられるきがした。

でも、仕事しなくていいとか先輩らしさの欠片もねえな。



「俺、マジで仕事しねえけど」


「たまに風紀委員室に来ればいい。ああでも今日は会わせたい奴いるから来いよ」


「……会わせたい奴?」


「ああ、風紀委員の副委員長にな」



「ちなみに委員長は俺」と悪戯めいた笑みを浮かべるその人。
目の前の、自分が言えた義理ではないが目付きの悪いこの人が風紀委員の委員長――俺はあまりの衝撃に目を見開いた。



「俺は神代梓。下の名前以外なら好きに呼べ」



神代梓。
どうやらこの人の名前は神代梓らしい。
下の名前を嫌っているようなのは名前が女らしいからだろうか。
俺と同じだ。



「よし、じゃあ風紀委員室に行くぞ」



そう言って俺の手を掴むとグイグイと引っ張りながら歩き出す神代さん。
俺は思わず「え、あ……ちょ、神代さん」と声をかけた。
幼なじみが迎えに来るから、今ここを離れるわけにはいかなかった。
その人はピタリと動かしていた足を止めるて、眉間にシワを寄せて振り返る。



「何だ、その神代さんって」


「……いや、先輩っぽく無かったんで」



どうやら名前の呼び方に問題があったらしい。
不機嫌そうなその人に、嘘をつく訳にもいかず素直に理由を答える。
先輩らしさの欠片もない人に『神代先輩』と呼ぶ気にはならなかった。

俺の言葉に目を二、三度瞬かせると、神代さんは「はははっ!」と何故か急に笑い出した。
俺はその様子に眉をひそめて「え、何なんすか」と低い声で問い掛けた。



「いや、悪い悪い。俺に先輩らしくないなんて生意気な事よく言えるなと思ってな」



「やっぱお前、風紀に入るべきだな」俺の手を離し笑みを浮かべると、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。
何だかよくわかんねえけど、随分機嫌がいいらしい。



「……つうか、俺用事あるから今日は無理なんすけど」



俺は頭を撫でまわすその手を振り払い、睨み付けるように神代さんを見る。
そんな俺の態度に臆した様子もなく、神代さんは「ふぅん」と面白く無さそうに呟いた。



「お前、いつも屋上にいるのか?」


「あとは庭園のベンチとかに」


「ああ、寝てんの?」


「……まあ」



図星を言い当てられ小さく頷くと、神代さんは「寝すぎだろ」と笑みを溢した。
なんつうか、ほんと先輩っぽくない。
友達、みたいだ。



「じゃあ見回りついでにまた会いに来る」



「そろそろ帰らねぇと瑠璃川がうるせぇからな」とヒラヒラ手を振りながら扉から出ていってしまう。
騒がしいのは嫌いだけど、何となく、神代さんと話すのは嫌じゃない。

……むしろ楽しかった、気がしなくもねえ。



「……変なやつ」



END

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