「俺が、どれくらい片桐を美しいと思っていると思う?」

「は?」


場所は寮。
の、七瀬と俺の部屋。
の、リビング。

ソファに座りながらバラエティ番組を観ていた俺の隣に、七瀬が座る。
そして座ったと同時に脈絡のない意味のわからない事を言ってきたのだ。

俺は怪訝な表情をして、テレビから七瀬に視線を移した。
いつもと変わらない表情、ではなかった。
何か切羽詰まったような苦しいような、そんな表情だ。
七瀬にしては珍しい。


「……知らねえよ。七瀬以下ってことは明らかだけど」


だから俺も珍しく真面目に答えてやった。
まあ直ぐ様視線をテレビに移すのだが――だってこの番組面白いし。

七瀬はよく「さすが俺の次に美しい男だ」とか「今日も俺の次に綺麗だな、片桐」とか言う。
だから、七瀬が俺の事をいくらかそう思ってくれたとしても、それが七瀬の次だというのは明らかな事実だと思う。
実際、いくら超絶ナルシスト男でも顔はほんと認めたくないくらい整っている。


「違うよ」

「ちょっ、お前……何すんだよ。見てたのわかってんだろ?」


俺の言葉を否定する七瀬。
じゃあ何なんだよ――そう聞こうと思った瞬間にテレビを切られた。
今まで見ていたバラエティ番組はもう映っていない。
俺は眉間にシワを寄せて七瀬を睨み付ける。
しかし、それもすぐ叶わなくなった。


「うわっ!?」


視界が暗転した。
ハッとした瞬間に、七瀬が俺の上にいるのがわかった。
突然の事に頭が巧く機能しない。

七瀬は俺の上でニコリと、いつもと違う笑みを浮かべた。


「片桐は、俺より美しいよ。昔からね」

「な、に言って」

「綺麗だよ」


いつも、自分が誰よりも美しいとか言ってる癖に何なんだ――調子狂う。
普段なら気持ち悪いと切り捨てるような七瀬の言葉も、この雰囲気に流されているのか俺の心臓の動きを早める言葉にしかならなかった。
クシャリと頭を撫でられて、俺は自分の顔が熱くなるのがわかった――今の俺の顔はゆでダコみたいなんだろうな。


「綺麗だ、片桐」

「っ……!」

「はは、顔が真っ赤だ。片桐は可愛くもあるのだな」



誰のせいだと思ってるんだコイツは!
俺はそんなことを思いながら、キッと七瀬を睨み付ける。
それでも七瀬は俺を見てニコニコと笑っている――腹がたつ。

そう思った瞬間、頭を撫でていた七瀬の手が俺の頬に触れる。
そして七瀬の唇が俺の唇に触れた。
驚いて目を見開く俺。
抵抗する余裕も考えも全く無かった。

七瀬の舌が、唖然とする俺の唇を割って口内に侵入してくる。
そこでハッとした俺が七瀬の舌を戻そうとするが、あえなく自分の舌を絡みとられてしまった。


「っんん……ふ、ぅ……!」


口から漏れる自分の甘い声に、頭がボーッとしてくる。
別にキスが初めてなわけじゃない。
それくらい女としたことだってある。
けど、状況が状況なために頭が混乱していた。

何故か相手が七瀬だと思うとこんなにも胸がいっぱいになるのだろうか。

七瀬の舌は俺の舌から離れると、上顎をなぞる。
それだけでぶるりと体が震えた。
段々とぼーっとしてきて、ただ目の前の余裕の無い七瀬の顔を見ていた。

七瀬は俺の唇をペロリと舐めてから顔を離す。


「殴られると思ったのだが、そんな余裕無さそうだな片桐。まあ、俺も無いが」

「な、なせ……」


俺は肩で息をしながら七瀬を見つめる。
表情はいつになく真面目で、普段のナルシスト男とは思えなかった。
饒舌な様子が、七瀬の余裕の無さを物語っている。


「そんな顔、俺以外の輩に見せてくれるなよ」

「っ、どんな顔だ……!」

「ふむ、エロい顔と言うべきか」


カッと顔が赤くなるのがわかった。七瀬は俺の首筋に顔を埋める。
啄むようにキスをされる度に体が跳ねる。


「片桐」

「んうっ……な、に……!」

「片桐は俺の事をどう思っている?」


首筋から顔をあげた七瀬は、真顔で俺に問いかける。
無表情の七瀬の顔なんていつ見たのが最後だろうか。


「どう、って……言われても」

「俺は好きだよ。片桐のこと」

「え、あ……え!?」

「昔からずっと好きだ。ずっと、一生離れたくないくらい好きだよ」


七瀬は言いながら、ギュッと俺を抱き締める。
再び顔が赤くなった俺には好都合なんだろうが、そんなことを考えてる暇もない。
ドクドクと急速に速まる心臓の音。


「片桐はどうなんだい?」

「俺は、俺も……その、好きだけど」

「けど?」

「だけど、っ……何か文句あんのかよ」


俺を見つめる七瀬から視線を外す。
七瀬がクスクスと笑うのが聞こえた。


「可愛いな」

「……可愛くねーよ」


近づく顔、触れる唇に、何故だか胸がいっぱいになった。

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