予定調和はそのままに

by ももりんご様



トランクスは勉強熱心だ。
知的好奇心が旺盛であるとか、努力家であるとか、プライドが高いためだとか、その要因には両親の遺伝や生育環境、そして本人の持つ気質など幾つかのものが挙げられる。
しかし、彼が意欲的に何かを学び、知識を得ようとする最たる理由は一つしか無い。
それは、幼馴染からの称賛を浴びること。
「トランクスくん、すごーい!」
この一言を聞きたいがため、トランクスはいつだって、新しいことを吸収しようと目を光らせていた。

一つ下の幼馴染で大親友の悟天にとって、「頼れる兄貴分」は自分だけでいいとすら考えていた。彼の実の兄で、頭脳明晰な悟飯よりも優位でありたかった。
目をきらきらと輝かせ、「ねえ、あれは何?」と尋ねる相手はいつだって自分が良かった。
それらの問に答えてやれるのは、どんな時でも自分が良かった。
悟天もまたトランクスを尊敬していたし、彼に尋ねれば大抵のことに対して回答を得られることを覚えていった(時にはトランクスがその場しのぎのデタラメを教えこむこともあったが)。
だから悟天は何でもまずトランクスに聞くようになったし、褒めればトランクスは喜んで益々多くのことを教えてくれるので、どんどんトランクスに頼った。
この関係は二人が成長する中でも殆ど変わらず、しかし、だからこそ余計にその日その時のトランクスの一言は、悟天にとって大きな大きな衝撃を与えることになったのだった。


「なあ、悟天。恋って何なんだろうな?」


悟天のハイスクール入学が決まり、トランクスも間もなく学年をひとつ上げる頃。
ぽつりと、トランクスはそう悟天に質問を投げかけた。トランクスの広い自室の真ん中で、先ほどの言葉がぷかりと宙に浮いている。
問われた方の悟天といえば、目をぱちくりさせるばかりで、言葉の意味を脳内で処理するのに長い時間を掛けているところだ。
年下の自分に何かを尋ねるなんて。あの、トランクスが。しかも、真面目な表情でひどくロマンチックな内容を。
疑問符を幾つも頭の上に浮かべつつ、やっと悟天が口にした言葉といえば「どうしたの、熱でもあるの?」というひどいものだった。

「熱なんかねえよ」
「じゃあ、…何で? どうしたの? 恋煩い?」
「違う。どっちかっていうと、逆かな。クラスで仲良かった奴らが次々やれ彼女だデートだ何だって…。受験勉強はこれからだって時期なのに、何でああも浮かれていられるのか、気が知れないんだよ」
「…はあ、成程…」
「そもそも、ちょっと顔を知ってたり話したことがある程度で気軽に告白してきたこれまでの奴らもそうだし、あと、好きだとか言ってたのにちょっとしたらすぐ次の相手見つけたり、意味わかんねえ。そもそも恋の段階って必要なのか? 子孫繁栄のための生殖行為を潤滑に進めるための一瞬の感情だろ、あんなもん。まやかしだ、まやかし」
「……ごめん、よく分かんないや。でも、僕もそんなさ、…こ…恋、とか、まだ、したことないし。分かんないよ」
「だよなー。まあ、お前に聞いてもなー」

『これまでの奴ら』とは、これまでトランクスに愛の告白を行った人物たちのことだ。数えきれないほどの「好きです」と「付き合ってください」を投げつけられてきたトランクスは、恋愛事に関してうんざりしていた。
馬鹿馬鹿しいと決めつけて、切り捨てて、興味が無いふりをして。そのまま本当に興味を失って、今では嫌悪感すら抱いている。思春期真っ盛りの、うら若き少年にとってはある意味悲劇ともいえる。
対して悟天は、そもそも恋とは何かなど知らない。田舎の山中、通信教育を受けながら自然に囲まれて成長した彼は、純朴で素直な少年になっていた。トランクスと会うため度々都会へは出ていたが、華々しい雰囲気や、人の活気にはいつまでたっても慣れなかった。
同年代の同性といえばトランクスしか知らず、異性などもってのほかだ。恋というのは小説の中の物語で、自身にその感情が湧くのは「いつか」「そのうち」のことだろうと考えている程度である。

しかし、そこで悟天はピンときた。
今、トランクスは恋を知らない。そして、自分もまた恋を知らない。
お互いにまっさらな状態であることは同じだが、トランクスは恋というものに近づこうともしていない。一方、悟天は年齢相応、興味津々である。

いつだって得意顔で、兄貴面をしていたトランクスに対し、自分が逆転を出来る機会が来たのかもしれない。悟天はそう考えた。
トランクスがこれまで自分にしてくれたことを疎んだり、あるいは不快に思っていた訳ではない。とはいえ、そろそろ同じ立場で自分を見てくれたっていいじゃないか、と思っていた悟天にとってこれは実に好都合だった。

「そうだねえ。そのうち、分かる時が来るんじゃないのかなあ」
「そんなもんかなー…」

適当な相槌で、自分だって興味がありませんという風を装って悟天は微笑んだ。
トランクスも適当な返事をして、そのまま話題は流れていった。

さて、そうしてやがて悟天もハイスクールへ入学し、晴れて華の男子高校生と相なった。
初めての学校生活、部活動に定期テストに行事にと、めまぐるしい日々が始まった。一つ一つが新鮮で、何もかもが楽しく、また難しく、悟天は充足感を味わっていた。
中でも、同年代の友人・知人が一度に、しかも大量に増えるということは何より大きな刺激となった。
様々な背景を持つ人物が、様々なところから同じ学校という空間に集い、共に過ごす。その違和感と面白さは、悟天の価値観にも多大な影響を与えた。

それから間もなく、悟天は恋を知る。


「……でね、彼女がね、…」

初めての恋人が出来てから、数えで今何人目だろう。
悟天の話を聞き流しつつ、トランクスは頭の中で彼の恋愛遍歴を思い返していた。
入学してから間もなく10ヶ月。もういくばくかすれば、学年が繰り上がる。
悟天の成績は、どうやら下がり続けているらしい。トランクスと悟飯があれこれ詰め込ませては、良くて平均悪くて赤点少し上、と何とか進級出来るところをうろついている。そしてまさに昨日まで定期テストに苦しめられて、トランクスの世話になっていた。
今日はテストから開放された悟天が、適当なスナック菓子(お礼のつもりらしい)を持ってトランクスの所へ転がり込んできた所だった。

「ねえ、聞いてる? 可愛いでしょ?」
「ああ、そうだな。可愛いな。で、お前、テストはどうだったんだ?」
「またそういうこと聞くー。今はいいでしょ?」
「俺はお前を心配してんだよ。このままだと、そのうち首が回らなくなるぞ。俺だって…これから受験が近づけば、そんなにお前に構ってやれなくなるんだし」
「平気、平気。僕ってほら、要領良いから…。それでさ、今度のデートなんだけど…」
「………」

悟天がトランクスに持ってくる恋の話は、確かにトランクスにとって面白いものだった。
もしも二人の関係が「家族」であったら、あるいはただの「友人」であったならきっと知ることは出来なかったようなことまで悟天は話をしてくれた。
照れたり、恥ずかしがったり、困ったり、悩んだり、喜んだり。ただ異性と「恋人」というステップに上がっただけで人間はこんな風になるものなのかと感心していた。トランクスは冷静さを保ちつつそう観察し、しかしその感覚を一部共有しては恋の楽しさとか幸福感をつまみ食い出来ていた。
だが、悟天は、次々と恋を始めて、終わらせて、そしてまた始めていった。
色んな相手と、色んな所へ行き、色んなことをした。
「一人とずっと付き合い続けるなんて、信じらんない」とは悟天の言だ。
しかし段々とそれが歪なことであるように思えてきたのは、夏の終わりだったろうか。

またフラれただの、フッただの。それらを聞くのが、トランクスにとって苦痛になっていた。ただの劣等感か嫉妬かとその感情に蓋をしていたが、結局それが何かは分からないまま現在に至る。

「………10人目くらい?」
「え? 何が」
「お前が付き合ってきた人数」
「…ちょっと待ってね、数えるから」
「…あ、11か」
「よく覚えてるね。君がそう言うんなら、多分そうじゃないかな」

へらりと笑って悟天が言う。堪らなくなって、トランクスは大きなため息を吐き出した。

「…なあ、俺ちょっと勉強したいから今日はもう帰ってくれないか?」
「えー、こっからがいいところなのに。…ね、トランクスくんは何か恋バナ、」
「あるわけないだろ! …それどころじゃないんだ、こっちは」
「なあんだ。つまんないなあ、……。ねえトランクスくん、トランクスくん。恋って、何だと思う?」
「…………くだらないものだ。お前みたいな奴がやるような、な!」

笑顔を崩さないまま語りかける悟天に対し、トランクスはいよいよ声を荒らげた。
驚いた表情で、悟天が「何怒ってんの」と小さく零す。
手近にあったクッションを掴んでそれを悟天に向かって投げつけると、トランクスは俯いた。

「もういいから、俺、そういうの興味ないから。次から誰か、別のやつに話してやれよ。もっと興味あるやつに対して。…俺、悟天とそういう話、もうしたくない」
「…なんで? ごめん、ねえ、何か嫌なこと言っちゃったなら謝るよ。大丈夫だよ、トランクスくんカッコいいし頭いいしお金持ちだし、今は勉強が忙しいからかもしれないけど彼女くらい…」
「…っ、そういうことじゃねえよ!」
「あっ…。ご、ごめん……」

トランクスがまた声を上げ、悟天は身体を震わせた。
初めて恋人が出来た時は、あんなに喜んでくれたのに。からかいながら、それでも話を聞いてくれたのに。
それからだって、色んな相談に乗ってくれたのに。服を貸してくれたり、デートの下見にだって、文句を言いながら付き合ってくれたじゃないか。
いつかの時のように、頭の中にまた様々な疑問が浮かんで、消えないままずしりと悟天の心に刺さる。

トランクスはいつも、どうして怒っているのかが分かりにくかった。
怒っている自分に対しても「子供みたいだ」と怒りを感じていたし、それを悟られたくなくて黙りこくって、それが時折理不尽にすら思えた。
だけど、今回の怒りは悟天にとって全く意味が分からなかった。
長年の付き合いの経験を総動員しても、推測すら出来ない。それもそのはず、トランクス自身もまた何故自分がここまで苛立っているのか検討もつかないのだから。

暫く沈黙を挟んでトランクスの出方を窺うが、顔を上げる気配はない。
重苦しい空気が肌にまとわりつき、息の仕方すら忘れそうになる。
「ごめん」と「帰るね」の二言だけを残してから、悟天はそっとトランクスの部屋を後にした。

喧嘩別れは珍しいことではない。これまで何度も彼らは絶交を言い合ってきたし、何度も大嫌いを言い合ってきた。
今回のケースもまた、いつものただの喧嘩に過ぎない。ちょっと虫の居所が悪かったトランクスが怒っただけだろうし、悟天が何か失言をしてしまっただけだろう。
別れた後で二人はそれぞれそう判断し、それから少しの間を置いてまた二人で会った時には「こないだはごめん」でお互いにあっさりと仲直りが出来てしまった。
とはいえ流石に、それ以降彼らの間で恋にまつわる諸事が話題にのぼることはぱたりと無くなった。


「気まずくなりそうだから、あんまり言いたくなかったんだけどさ」

悟天がそんな言葉で切り出したのは、それから更に数年後。二人は、大学生になっていた。
会う頻度は随分と減っていたが、それでも傍から見れば充分すぎるほど仲は良い。
特別連絡を取り合って、約束を取り付けることは少ない。だというのに、ふと気がつけばどちらかの部屋にどちらかがいる。窓の鍵を閉めないでおくのは幼い頃から当たり前の習慣になってしまっていて、見知った気が近づこうものならほぼ無意識に窓を開けて相手を待った。家族は留守だし予定もないし。そう考えてごろごろしていた悟天のところにトランクスがふらりと現れるなんて、もう驚くようなことではなかった。
まとまりなく近況を伝え合っている中で、ふと口ごもった悟天が次に発したのが先の言葉だ。ちょうど交友関係について言及したところであったので、考えるまでもなく悟天の本当に言いたいことが何かは分かった。

「今の彼女の話でもしたいのか?」
「えっ」
「言いづらいことっていえば、そんな話かと思って。ほら、昔お前に対して彼女の話とかするなって言ったろ。……今は反省してる。だから別に今更、お前が何について話そうとどうこう言う気はないよ。それに…もう受験も終わったしな?」
「あはは、何それ。…ああ、でも良かった。俺も気にしてたんだ、あのことは。じゃあ今日から解禁だね」
「何だよ、解禁って」

冗談めかしてトランクスが軽い調子で昔のことを反故にしたので、悟天はつられて苦笑した。時間薬とはよく言ったものだ。あんなに怒っていたはずのトランクスも、今ではこうも簡単に笑い話にしてしまえるほどに。

「まあ俺、今はフリーなんだけどね」
「……お、お前が?」
「ちょっと待って、何でそんなに驚くの」
「だって…何か…ひどいって聞いてたし…そうだと思ってたから」
「ひ、ひどいって…何が!?」
「…諸々……?」
「ひどいのはどっちさ…」

悟天の女癖に関しては、尾ヒレが付いて泳ぎまわってからトランクスに届いていた。
まさかそんな、と疑いたくなるようなものもあったが、いやしかし悟天ならばあるいは、と無理矢理にでも納得してしまいそうなものまでそれは様々で。
そのうちの数例を話してみれば、悟天は顔を赤くしたり青くしながら、肯定や否定を繰り返した。

「あのね! 言い訳だけさせてもらっても構わないかな!」

知られていないと思っていたことがトランクスにばれていた気恥ずかしさとか、勘違いされていたにしても不名誉な噂が流れていたことに対し、我慢ならずに悟天は話を遮った。

「別にフラれ続けてた訳じゃないよ。あと、そんな公衆の面前で誰彼構わずいちゃついたりしてないから、それ、多分俺じゃない人だから! 濡れ衣!」
「ああ…そう」
「日替わりでデートしてたとか、それも違うから! 短い子は何人かいたけど、そこまで短いスパンじゃないし!」
「はあ…」
「それから、最も根本的なところなんだけどね。俺がこうなった原因にはトランクスも一枚噛んでるってこと、分かってる?」
「……何だその責任転嫁」

突然自分の名前が登場したので、トランクスは眉をしかめた。この流れで自分が責められるいわれはない、と考えているようだ。それを感じ取った悟天はわざとらしく肩をすくめて、やれやれといった手振りをした。

「恋って何なのか、って。俺に聞いたでしょ? 昔」
「は? ねえよ。そんなこっ恥ずかしくてみっともないこと、お前に聞くわけないない!」
「はー!? 覚えてないの! それこそ責任転嫁だ! 俺、君のその言葉真に受けて、『じゃあボクがトランクスくんに恋を教えてあげよう』なんて思ってここまで頑張ったのに!」
「意味分かんねえって! あと教えてあげようって何だよ!」
「だって、トランクスがだよ? トランクスが俺にものを尋ねるなんて記憶の中ではそれが初めてだったから。君にはなんてことない言葉だったかもしれないけど、少なくとも俺には衝撃的だったから忘れるはずない」
「分かった、じゃあ百歩譲って言ったとしよう。だけどな、お前…頑張ったって、何か色々おかしいだろ」
「俺なりの努力の結果なんですー。っていうか、絶対言ったからね。絶対言った。じゃなかったらあんなに可愛くて素直だった悟天くんがこんな風にはならないだろ」
「自分で言うなよ」

ハイスクールに入ってからの悟天は、確かに随分と変わった。トランクスよりよっぽど都会人らしくなって、明るさに磨きがかかり、女の子の扱いもやけに手慣れていった。環境の変化のためだろうと考えていたが、きっかけはトランクスの一言に違いなかった。ところが当のトランクスは、自分の発言などすっかり記憶から消し去ってしまっていた。

「じゃあいいよ。君がそのことを忘れていた件については。でも、とにかく言った」
「言ってない」
「言ったんだって! 聞き間違いだったとしても俺の中では、君はそう言った。だから俺は、トランクスが知らないことを知ることで君に頼ってもらったり、あるいはすごいって言ってもらえるかなって期待してたんだ」
「………」

トランクスは悟天のベッドからクッションを掴んだ。いつかのようにまた投げられるか、と考えて悟天は一瞬身構えたが、トランクスはそれを抱きかかえて頭を埋めた。

「何してんの」
「いや、何か、聞いてらんなくて」
「何が」
「ブランクあると、恋とか聞くのがこそばゆい」
「…中学生みたいなこと言わないでよ」
「勘違いするな。お前の口からそういう単語を聞くのが、ってことだ」
「それはそれで複雑なんだけど…」
「…で? 幾つもの恋を経験してきた孫悟天大先生が、枯れてしまったこの俺に恋の何たるかやノウハウをこの俺にご説明してくださるんですか?」

嫉妬と皮肉をたっぷり込めた大げさな物言いで、トランクスが悟天を細目で見やった。クッションの位置をずらして、影から瞳を覗かせている。
口元が見えずとも、馬鹿にした笑みを浮かべているのは明らかだ。きっと笑いを堪えるのに必死になっているのだろう。

「じゃあもっと恥ずかしいこと言ってあげる。愛って何だろう、って考えるようになった」
「ぶっ」

間髪入れずにトランクスは吹き出し、そのままげらげらと笑い転げた。クッションを叩きながら、「悟天が! 悟天が愛とか言うなんてな! お前も大人になったなあ!」と言って悟天を指さした。
ぼんやりその状況を眺めていた悟天は、はっとしてまずは怒り、しかしあまりにもトランクスがおかしそうにするものだから終いには恥ずかしさがどんどん勝って、トランクスの笑いが収まる頃にはベッドの上で死体のように転がってしまっていた。

「ごめんごめん、悪かったって。でも、だってお前が……」

トランクスがベッドによじのぼり、傍に座って悟天を諌める。しかしすぐに思い出しては笑いを堪え、肩を震わせた。対して悟天は意外にも、トランクスの考えていた以上に落ち込んでいた。

「…真面目な話なのに」
「うん、分かった。悪かったから、続けろ」
「…だからさ?」

むくりと起き上がると、膝を丸めて悟天が情けない顔をしながらぼそぼそと話を続けた。

「色んな人と、色んな風に付き合ったら、恋とか何とかそういうことが、ちゃんと分かると思ったんだ。そうすればトランクスにそれをきちんと説明できて、それがどんなものか言えるって、ずっとどこかで思ってた。なのに君を怒らせたし、それに俺だって…何が何だか分からなくなっちゃった。浮かれ気分で楽しかったのなんて、ほんの少しのことだよ。あとは、楽しいのと虚しいのが半分ずつか、虚しさがそれ以上で…」
「…つまり?」
「んー。…遊びで誰かとそういう関係になろうとしても、何にも楽しくないと思ったんだよね」
「へえ。そんなもんなんだ。小説とかドラマとか、あのへんのフィクションに書かれていることはあながち間違いでもないんだな」

絞りだすように悟天が話すことを、他人事のようにあっさりと感想を述べた。拍子抜けした悟天は、思わず顰め面になって「それだけ?」と問い詰める。

「それだけ、って言われても」
「だって俺は、トランクスのために」
「それだけど、俺は別にお前に頼んでないだろ? それをお前が勝手に…」
「じゃあ聞くけど、トランクス。君、恋ってなんだと思う? まだ、くだらないものだって思ってる?」
「………………」

前のめりになってトランクスの顔を見つめる。
しばらく視線をあちらこちらへやったあと、トランクスは少し身を引いて、それからまたクッションに顔を押し当てた。

「ごめんなさい」
「え」
「……分からない。本当に疎いから分かんねえ!」

半ば開き直ったように言い放つ。クッションの壁でくぐもってはいるが、相当な大声を出した。今度は照れ隠しなのだろう、顔を見られたくないに違いなかった。

「…でも、アレだ」

かと思えば、クッションを投げ捨てて顔を上げた。頬がうっすらと赤くなっている。
悟天を睨みつけ、息を吸ってから口を開いた。

「愛は分かるぞ。恋より高尚で崇高なものだ」
「うっわ、漠然としてる。それで分かったって言えるの」
「恋は、一時の感情の昂ぶりだろ。それが落ち着いて、空間を共にしているだけでも安らげるようになれば愛だ。な?」
「はあ、成程。一理あるんじゃない。……でもさ? そうすると、俺達の間にあるのって、」
「!」

トランクスの話を聞きながら、悟天が感じたことをそのまま口にする。
皆まで言わずとも、続きは一つしかない。俺達の間にあるもの、つまり、悟天とトランクスの間にある関係として、今の説明を適用するのであれば、それは愛になってしまうということだ。
悟天にとってその一言は、揚げ足を取るつもりで言ってみたことだった。何を馬鹿なことを、と笑い飛ばすかはたき返すか、そんな反応で良かった。それに、別におかしなことでは無い。寧ろ愛というものは、家族や友情にだって通じるものなのだから。

ところが困ったことに、トランクスは顔を真っ赤にしてそのまま固まってしまったのだ。
顔を隠すものをつい先ほど自ら手放したおかげで、どうすることも出来ない。
慌てた様子でそっぽを向き、両手で顔を覆って「ふざけんなよ…」と情けない声を上げるばかりだ。

「…え。え? えっ、トランクス、…冗談だよ」
「分かってる! そのぐらい分かってるよ、うるせえな!」

近寄る悟天を追い払って、更に声を大きくしてトランクスは叫んだ。
予想だにしないその反応に、思わず悟天へも照れくささが伝染する。首から上がかっと熱くなり、それはまるで、忘れてしまったあの頃の、恋というものを知ったばかりのような感覚だった。心臓が脈打って、どくどくと体内の血がざわついている。

「待って、待ってよ俺も何か…分かんない…」
「いや! 俺は分かってるから! 冗談だろ!」
「冗談じゃない…」
「ああ、冗談じゃねーよ!」

どこへ向けたか分からないそれぞれの混乱と怒号が部屋の中を行ったり来たりする。視線は一度も合うことなく、閉じた瞼の向こう側にはみっともない自分の姿が浮かび上がるばかりだ。

「ねえ、…トランクス」
「何だよ!」
「俺さ、やっぱり恋とか愛とかよく分かんないや」
「ああそうだな、俺も分かんなくなったよ」
「うん、だからさ。一緒に考えてくれない?」
「…やだよ。何言ってんだ」

俯いているトランクスを覗き込み、両手を掴んでゆっくり顔から引き剥がす。そんなことをされるとは考えてもいなかったらしく、トランクスは目が合ってからやっと驚いた顔をした。手を振りほどいてもう一度よそを向こうとするが、悟天は手の力を強くしてそのまま離さなかった。
必要以上の大声を出し続けていたせいで、息が上がっている。呼吸の乱れに別の意味合いが含まれ始めていることには、気がつく余裕もない。
顔と顔との距離が近く、トランクスは一層頬に朱を差して身体を強張らせる。
本当に、恋と呼べることから遠ざかっていた。遠ざかりすぎていた。そして、悟天からの伝聞すらも遠ざけた。だから彼の中にあるのはあくまで伝え聞いた朧気な、表層部分の情報だけ、もしくは仮想世界のなにがしかだけなのだ。自分がその立場にあるという状況は、想定しないでここへと来てしまっていた。
日常ではありえない現在のシチュエーションと、それによく似た状況のサンプルを脳内で探し出す。当てはまりそうなものは全て、母や妹が見ていた恋愛ドラマのワンシーンばかり。

「…なに、してんだ。悟天……」
「何してんだろう…。俺も、自分でよく分かんないんだけど。…でも……」

二人の間に、奇妙な空気が流れる。このままの状態はまずい、そのことは双方とも感じ取っていた。だというのに、動けないままでただ、見つめ合う。
トランクスの青い瞳がゆらぎ、悟天の黒い瞳がたじろぐ。

「…なあ、悟天」
「……な、…何」
「恋ってどう始めるものなんだ?」
「えっ……と………。………それは、…その」

トランクスの言葉の真意が探れずに、悟天は言葉に詰まった。

今、確実に、おかしなことになっている。それだけは分かるのに、身体が言うことを聞かない。悟天がもう少し力を入れてみると、トランクスはあっさりと重力に従ってシーツの上へ倒れこんだ。悟天をまっすぐに見つめる。顔はまだ、赤いまま。少し、息が上がっている。

「……なあ。どうすればいい」
「…トランクス?」
「教えろって言ってんだよ、いいから」
「………分かってる?」
「分かんないから聞いてんだろ?」
「……え、…っと…。じゃあ、まずは……。…キスから…?」
「ん」

そっと悟天の顔が近づき、そのままそろり、そろりと唇が重なりあう。
窓の外で、鳥がさえずる声が聞こえた。
先ほどよりも、ぐっと距離が近づく。これほどまで接近して、互いの顔を眺めたことがこれまでだってあったろうか。
肌と肌が同化している感覚すらあった。二人でいるのか、いや実は同じ一人なのだろうか。
浅く、短く、呼吸を繰り返す。熱を分け合い酸素を分け合い、頭の回転は止まったままで時間だけが過ぎていく。
しばらくそうして見つめ合う間、一言も発さずに二人は自問した。

今、何をしているのだろうと。
これは、何を意味しているのだろうかと。

「……。…基礎は飛ばして、いきなり実践だけどいい?」

言葉で伝えてこなかっただけで、トランクスが悟天から教わったことというのは山ほどあった。それでも今、悟天がトランクスよりも「知っている」ことがあるのが明白なこの状況で、そのことを、それにまつわることを教えることが出来るのは悟天の気持ちを高揚させるのに十分すぎる事実だった。
基礎から応用、実践へ。ステップを全部飛び越えて、恋から愛へ、愛から恋へ。

やましいことは無いはずだ。これは、くだらない悪ふざけに過ぎないはずだ。
思春期に飛ばしてしまった話題を、今更ながら思い返しているだけだ。
納得出来ないあれこれを、納得させるべく理由付けを行いながら再び向かい合う。
だけどきっと、本当のところは分かりきっていた。

わざわざどこかで探したり、あえて学ぶことなどない。
恋であろうと愛であろうと、もう持っているものだった。ただ単に、遅まきながら、それにようやく気がついた。

それだけの、お話。


COMMENT
幼少期〜GT前くらいの天トラです。恋とか愛とか何なのか、もやもや考えてます。

THANX
ももりんごさん、お祭に参加いただきましてありがとうございました!
何か一つでもトランクスに教えられたら……からスタートしたはずの行動が答えを教えてくれたというよりは、悟天くんはガールフレンドと分かれるたびに、あ、これじゃないっていう違和感というのか、これが恋なのかなぁ?という疑問を繰り返したのかもしれないですねぇ。もちろん、それなりに楽しい時間だったのでしょうが、やっぱり違う。その理由は小さい頃からずっと一番近いところにいた相手の存在で、恋はするものじゃなくて落ちるものとよく言いますが、悟天くんとトラなら恋に落ちる時間すら当たりまえ過ぎて意識できなかったのかも^^二人の想いが気づかないままでも確実に深まってて、交わるまでのエピソードがすごく説得力があって、最後まで引き込まれました♪
素敵なお話をご提供いただき、本当にありがとうございます^^


20140119 up!!





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