無題

by ちゃな様



「…これで終わりにしないとキリがない」
毎日毎日消化した分だけ積まれていく書類に目を通すと目頭を軽く抑える。
大きく背を伸ばして窓から見上げた夜空には、綺麗な星が目映いほどに輝いている。
一体今日はどれだけ働いていたのか、考えたくもない。

こんな夜は、上等の酒でも呑みたいもんだとぼんやりと視線を空に漂わせた。
そういえば、この間『あいつ』が町で買ってきたワインが飲みごろになっている頃か。確か父さんの部屋に…いや、この時間ではさすがにお邪魔だろう。

「やぁ、遅くまでご苦労だね」

不意に掛けられた声の主は、先ほどちらりと脳裏をかすめて打ち消した…そして面影を自分と同じくした男だった。
柱に凭れ掛かり見事なほどに鍛え上げられた体は、初めてその姿を見た頃から変わらない。

「あんたこそ、こんな遅くまで珍しいな。」
「ああ、ちょっと気になるところがあってね、そのせいで書類を溜めてしまった。おかげで、こんな時間だ」
「……ここのところ、仕事が滞っていたのはお前の所為か」

焼失した資料を補完するために未来から来たアイツは、そのまま母さんの手中にハマり、しばらくの間繁忙期だったわが社の手伝いをする羽目になっている。ただしお世辞にも有能とは言い難い。
思わず疲れがどっと増したような気がして、思わず額に手をやった。
向こうでどれほどの活躍を遂げたかどうかは知らないが、未来の自分はどうやら机仕事には向かないらしい。
――明日から何らかの対処が必要だな。
未だに仕事が抜け切らない思考でぼんやりそんなことを考えていると。
ずいっと視界が遮られる。

「邪魔をしたようで悪かったね、トランクス。お詫びにどうだい?一杯」

徐に掲げられたそれは、図らずも先ほど自分が所望していたボトルだった。

「有難いな。それはぜひ…と言いたいところだけど」
「悟天くんの許可なら取ってきたよ?息抜きにぜひお願いします、とのことだ」

なるべく早く帰るつもりでいたのだが、どうやら気を利かせたトランクスに先手を打たれたらしい。
息抜きと言ってしまうところが何ともアイツらしくて、微かに口の端を上げた。
出迎えの姿を見られないのは残念だが、悟天の許可が下りているのならもう酒の誘いを断る理由は残されていない。
あるとしたら、明日の仕事に差支えがあるかどうかぐらいだ。

「随分手際が良いな。問題ないね。付き合おう」
「それと、もう一つ伝言だ。『明日の朝の仕事は僕が代わりにやっておくから、どうぞ今夜はごゆっくり』だそうだ」
「……まったく、あいつは随分と俺の事がわかってる」
「羨ましいな」
「悟天は、やらねぇぞ」
「こっちも間に合ってるよ」

そんな会話を交わしながら二人向かい合うような形で、適当に腰を下ろしてグラスを傾ける。
さすがに夜も更けたカプセルコーポには残っている社員はおらず、今夜の宴は二人だけになりそうだ。
口にしようとしたグラスの中に映る月は見事なもので、思わず視線を奪われつつ唇を寄せると流石に上等な酒だけあって口当たりが良かった。

「悟天くんとよく話して仲良くやってるかい?」
「なんだ、随分と唐突だな」
「いや、前々から思ってたんだ。君はいろんなことを悟天くんに話すべきだって。見ていて危なっかしいと心配してたんだ。そこがまた目が離せないところでもあるんだけど」

――は?危なっかしい?俺が?自分とは程遠い表現に、思わずグラスを落としそうになる。

「……もう酔ってんのか?誰に言ってるのかわかってる?俺は父さんじゃねぇんだぞ」
「君は何においても完璧だけど、君は昔からなんでも一人で抱え込む性質だったからな。」

眼前で悠々とワインを傾けているこの男の言うことだ。伊達ではない…何しろ「自分」なのだから。

「それが悟天くんと暮らすようになってからはだいぶほぐれた気がするよ」
「まったくだな……確かにアイツは俺にとって大事なパートナーだ」

あの意志の強い真っ直ぐな瞳にどれほど俺は救われ、また背を押されてきたのか。
普段なら口にしないが、どうやら酒が入った所為で自分でも思わぬ内に口が軽くなったらしい。

「珍しく殊勝じゃないか。そんな風に君を変えたんだね悟天くんは」
「…念のために言うが、絶対やらねぇぞ」

一体今夜は何度この言葉を口にすることになるのかと、頭を抱えたくなった。
俺はあいつを手放すつもりなどない。

「わかってるさ。俺の好きなのは…」

ことんとグラスが置かれる音が響いて、そちらを見上げるとトランクスはどこまでも黒く塗りつぶされた夜空に浮かぶ白い月を眺めていた。
遠い眼差しの先には、愛しい人の面影があるのかもしれない。

「トランクス。君はずっとそばにいて大事にしてやって欲しい」

先ほどまでの硬い横顔を崩したその笑みは、いつもと同じだというのにどこか真剣さを帯びた口調だけが、いやに耳に強く残っていた。
酒の所為か仄かに赤く染まった頬が、ぼんやりと月明かりの中でも見える。
眼前に差し出されたボトルから注がれた其れを勢いよく飲み干して。

やはり、今夜は早々にこの場をお開きにすることに決めた。これ以上自分の気持ちを見透かされるのもごめんだ。そして…
ここまで見事な月は、やはり悟天と共に見たい。

「――大事にしてる。アイツのパートナーは俺だ」

夜風に紛れることのないように、はっきりと告げた決意にトランクスは驚いたかのように瞳を瞬かせるとどこか嬉しそうに笑った。

「「俺」をここまで骨抜きにするとは…やっぱり悟天くんは凄い子だな。君がここでパートナーを見つけられて本当によかった」
「お前はそうじゃないわけ?」
「君のようにそう言い切れたらどんなにいいだろうね」
「聞いてやるよ、『俺』の話…」


*************************


どれだけ夜が深くなった頃だろうか。
浅い意識の中に飛び込んできた扉を叩く音に、寝台から起き上がってゆっくりと近づいていく。
扉に耳を当てて様子を窺いながら問いかけを投げる前に、聞きなれた声音が室内に響き渡った。

「悟天くん、起きてる?」
「…トランクスさん?」

突然の訪問者に驚いて、勢いよく開け放った扉の先には――。

「……わぁ、見事な酔っ払いですね…」
「悪いね、つい飲ませすぎちまって」
「息抜きをお願いしたのは僕だけど、まさかここまで…」

時折小さな唸り声が零れるが、それは言葉にすらなっていないようでぼんやりと夜の冷えた空気へと消えていく。
以前一度酔った姿を見たことはあるが、今夜の彼はそれ以上だ。

「ごめん、俺が余計なことを言ったもんだから…。酔っ払った彼が君のこと自慢する様子はなかなか見ものだったよ」
「い、一体何の話をしてたんですか!」
「明日起きたら、彼に聞くといい」

そうして、思わぬ話題の矛先に動揺している隙にお邪魔するよと言いながらベッドにトランクスを横たえると、さっさとその場から退散してしまった。
言いそびれたお礼は、明日改めてしなければと思いつつ、今はとにかくトランクスの傍へと駆け寄る。

「大丈夫?お水もってこようか…」

ベッドに沈み込んだまま、目元を覆うように被せられた手のひらから見える頬は随分と赤い。
とりあえずお水を取り行こうと歩き出した瞬間だった。

「…馬鹿、どこにも行くなって言ったろ」
「トランクスくん?起きてたの?」

思わず振り向くと、瞼は固く閉ざされたままでどうやら未だに意識ははっきりとしていないようだった。
それなのに、唇はいつもよりも静かに言葉を紡いでいく。

「……行くな。悟天」
「……っ」

ずるい。
いくら意識が混濁している状態でも、言われてしまったらそこから動くことはできなくて。
投げ出されたままの空いた手のひらに触れると、冷えた手のひらにじんわりと熱が広がっていく。

「うん。いるよ、トランクスくん。君が僕を呼んでくれたらいつでも」

不安げな顔をしたトランクスの様子に何故だかわからないがそばにいてやらなければならないと思った。
明日目が覚めたら、もっとたくさん名前を呼ぼう。何度も、何度も。
その存在を確かめてもらうために、此処に居るとそう告げるために。


大丈夫。僕はここにいる。



COMMENT
ハーフちゃんのお話でもいいのかな…と思いつつ、傲慢にも未トラと現トラ詰め込みました。
分かりづらい話なので補足すると未トラは父さんとの別れを決意し、それを聞いた現トラがやるせない気持ちを酒にぶつけ、その不安を悟天が救うという…
トラベジもトラ天も悲恋も甘々も救いも許しも全部ブッコんでやろうという無茶な事をした結果です。
色々伝えた過ぎて、書きた過ぎて、結果書ききれてなくてごめんなさい…
でも楽しい無茶でしたwww いいきっかけを与えてくれてありがとう。

THANX
ハーフちゃんのお話でももちろんいいんですよぉぉ!ってことで、ちゃなさん、二作目ありがとうございました♪
二人のトラの描写を見るにつけ、ああ、ほんとにトラが好きなのねぇと伝わってくるお話でした☆個人的に、いつもはどっちかと言われると未トラさん贔屓なのですが、このお話の現トラさんのちょっと青い、でも、青すぎない成長をしているところが個人的にはとってもツボで、それはきっと最良のパートナーといるからなんだろうなぁ、と^^未トラさんの憂いを帯びた表情も想像するとかなりゾクゾクきます////
いつかは終わる関係だと分かっていても簡単に断ち切れないのは、思い続けた時間の長さのせいだろうし、それでも終わる時は来る。せつない恋と甘い恋のバランスにきゅんとくるお話ありがとうございました!

20140113 up!!



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