煙草

by うり様


 人工的な明かりすら灯っていない、暗い部屋。
 今この部屋に差し込む唯一の光源は外からの光だけである。しかし、その光を発する太陽もあと少しで姿を消し、空白となった空には欠けた月と星が満ちようとしていた。
 片付いているという言葉を通り越した殺風景な部屋には、二人分の影。それからベッドと、サイドデスク。あとは申し訳程度のクローゼット。半開きになったその中には持ち主のアンダースーツや、緑が基調となった旧型の戦闘服が詰め込まれている。
 そんな薄暗く簡素な部屋で目立っているのは、ゆらゆらと揺れる灰色の煙と、小さな赤い光だった。



 布の擦れる音がやけに響く静寂の中、俺はベッドの上で白いシーツに埋もれながら目の前の男を見た。……といっても俺たち民族でいう成人年齢をやっと迎えるくらいの、俺から見ればまだまだガキと呼べるような男である。
 左手首を強く掴まれ、身体の上に跨るようにして乗っかられているのだが、特に抵抗もせず好きなようにやらせていた。これからどうするのか、ほんの少しの興味があったのだ。

 咥えていた安っぽい煙草が、ジリジリと焼けた音を立て、灰になっていく。
 自分よりも上にあるその顔を表情も変えずに見上げていると、まるで気に喰わないとでもいうようにその煙草を奪い去っていった。そのまま取られた煙草は奪い取った腕の持ち主へと向かったのだが、奴はそれを吸った途端ピクリと眉をひそめてすぐに灰皿へと押し付けてしまう。
 それはそうだ。安物故に、そいつには変な癖があるのだから。

 懸命に大人の真似事をしようとする子供のような……ある意味コイツらしくない姿に、俺はなんとなく映像でも見ているような気分になった。
 いや、どう考えたってこれはリアルで、決して夢でもないということはとうに分かりきっているのだけれど。
 だがそれでも何処か現実味がない、というか、俺の記憶にあるコイツとはあまりにもかけ離れていたものだから、もしかすると冷静のつもりで、実は少し混乱していたのかもしれない。

「……なあ、聞いてる?」
「…………あ?」

 一瞬意識が飛んでいたと分かるくらい一拍遅れて返事をしてしまった。そんな俺の返答にターレスはどう思ったのか、年相応に拗ねた表情を見せる。その顔と今のこの状況がどうもちぐはぐで、ついつい喉奥で笑ってしまう。

「……笑うなよ」

 そんなむすっとした顔のまま、ターレスは俺の鼻先まで近付いてくる。しかしそれだけでは物足りないのか、少しでも身動ぎをすれば唇が触れ合う、まさにそのギリギリの位置にまで顔を寄せてきた。
 俺の目はターレスの真意を探ろうと、その黒い瞳をじっと見つめ返す。この程度のことで怯むなど、あり得なかった。
 だがコイツの場合は違ったらしい。全く臆すことなく、むしろ受け入れてやるくらいの勢いで真っ直ぐに黒い眼を覗き込んだ時、その瞳の奥が僅かに歪んだのを俺は見逃さなかった。

「……目、瞑ってくれないわけ?」
「……まあな」
「警戒? ……それとも、緊張してんの?」
「クク……そりゃテメエのほうだろ」

 俺の言葉を受けてターレスの右手は一瞬力がこもる。その動揺は繋がった俺の左手へと渡り、その文字通り、手に取るようにコイツの心情が読めた。
 直接伝わってくる緊張をひしひしと感じながら、俺は自由な右腕を使って一気に上体を起こす。俺の上に乗っていたターレスは、必然的にバランスを崩して俺の膝の上に対面したまま座り込むような形になった。
 突然の形勢逆転に驚いたのだろう。俺の膝に乗ってやっと同じ目線になるターレスは、出来うる範囲で身を引いて僅かに身体を震わせていた。それにも構わずやり返してやろうとしたのだが……どこか怯えたような、そんな表情を見てやはりコイツはまだガキだと思った。

「……チッ」

 舌打ちをして膝の上のガキを横に投げ捨てる。ベッドの下に落とされなかっただけ、良かったと思え。
 まだ残っていた新しい煙草を取り出して火を点け、ゆっくりと吸い込み、煙を吐き出す。その灰色の煙が消えないうちに、ターレスは俺に抗議の声を上げてきた。

「っ、おい、バーダック! ちゃんと最後までしろよ!」
「『最後まで』、なあ……。テメエがガキじゃなきゃ、してやったかもしれねえな」
「俺はガキじゃない!」

 ――十分ガキじゃねえか、このクソガキめ。
 ターレスの主張を煙に巻いて、用はないとばかりにベッドから立ち上がる。何をそんなにムキになっているのかは知らないが、後ろでこうもキャンキャン騒がれちゃ落ち着くことも出来ない。
 寝室から出ていこうとする俺を掴んだのはやはりターレスで、いい加減にしろと振り返り、思わず、止まった。
 まるで縋り付くような、普段の生意気さを取り払った弱々しい視線が俺を見ていたからだ。

「じゃあ、キスだけでもいいから……」

 しおらしく、けれど依然として食い下がるターレスにどうしても疑問が隠せない。他人に頼ることをよしとしないコイツがここまでするというのが理解出来なかった。
 面倒ながらも湧いてしまった疑問は徐々に大きく膨らんでいく。
 もやもやとしたこの感情を振り払うため、ため息混じりに俺はターレスに尋ねた。

「……なんだって今日なんだ。別に、もっと先でもいいだろうが」
「……明日、……」

 目線をそらし、ポツリとターレスは言う。消え入りそうな声ではあったが、その言葉は確かに俺に届いた。

「明日、初めての遠征があるんだ……、実戦の……」

 ――ああ、と。
 ようやく納得がいった。

 初めての実戦で命を落とすのは珍しくない。シミュレーションとは違うのだ。練習では決してしないミスで死ぬことだってある。
 相手がどう出るかパターンの情報すら無い本番は、今までの経験ではほとんど意味が無い……いっそのこと練習とは全くの別物であると考えたほうが良いだろう。
 そして戦場に出るようになってしまえば、常に死と隣り合わせの生活が始まる。いつ死んだところで不思議なことなどひとつもない。

「……仕方ねえな」

 くい、とターレスの顎を掴んで上を向かせた。少しの期待と不安が入り混じった、まだ幼さの残る顔が俺を見据える。
 ――手に持った煙草の火が、何故か一段と熱く感じた。
 妙に熱っぽいコイツの目のせいか、それとも……。
 お互いを確認し合うように視線が交わり、そのまま触れ合うだけのキスをした。すると生意気にも俺の後頭部に手をまわし、先を促すように口を少し開くものだから、そこから覗く赤い舌先を一度だけ舐めてやる。
 同情にも似たこの行為はそれっきりで、そこからは何もせずに離れたのだが、ターレスもここで止めた俺に対して何かを言ってくることはなかった。

 しばらくの静けさに包まれる。
 俺に絡みついたままの腕は、思った通り自らのそれよりも細く、身体も同じように薄い筋肉しかついていない未熟なものだった。発展途上の言葉が相応しい身体でぎゅうぎゅうとしがみつき、首元に顔を埋められる。だが、俺は別に無理矢理引き離そうとも思わなかった。
 そんなもんでいいなら好きなだけやっていればいい。その一心だった。

 その後ターレスが自ら腕を解くのを待ち、それを見届けてから、俺はようやっと言葉を出す。

「……満足したなら、さっさと帰って明日の準備でもしておけ」
「えっ。ここで寝かせてくれないの?」
「阿呆、誰が寝かせてやるっつったよ。いいから早く帰れこの馬鹿」

 こちらが拍子抜けするほどにあっさりといつもの調子に戻ったターレスの頭を叩いて、窓の外を差す。最も、本当にいつもの調子なのかは俺には分からなかったが。
 だが、ちぇ、と口を尖らせて叩かれた頭を摩る様子は、やはり幼さを感じさせる普段通りのもので。
 減らず口を二、三ほど叩きながら、ターレスは窓の縁に足を乗せて振り返る。
 そして「……バーダック」と、俺の名を呼んだ。

「ちゃんと生きて帰ったら……続き、してくれるか?」
「…………」

 ……俺はその言葉に否定も肯定も告げなかった。
 ターレスがそれにどう思ったのかは知らないが、いつもの表情で満足げに笑い、すっかり暗くなった空に向かって飛び出した。

 開けっ放しの窓から冷たい風が入り込み、カーテンが揺れる。俺はここでやっと、咥え直した煙草が短くなっていることに気付いた。
 未だしぶとく燻っている、赤く、小さな炎――
 俺はその火を消そうと灰皿に力強く押し付けた。


END



COMMENT
この度はお祭り開催、おめでとうございます!
皆様の素敵な作品をまとめて読ませていただけて本当に嬉しいです。
ほとんどの方から「誰?」と思われるような新参者なのですが、快く参加を承諾していただき、舞い上がりながらお話を書かせていただきました(〃´・ω・`)ゞ
はじめまして。普段はバダ受けを書かせてもらっています、うりと申します。
今回はいつも飄々としているタレさんだって、たまには不安がることがあってもいいんじゃないか、誰かに甘えてみたっていいんじゃないか、バダタレだっていいんじゃないか!…とかなんとか思いながら書いたお話です(笑) 赤ちゃんの時から異星に送られる設定をキレイさっぱり無視したのは見逃してください…(;^_^A
それでは、素敵なお祭りに参加させてくださりありがとうございました。

THANX
うりさん、お祭に参加いただき、本当にありがとうございました♪掲載が遅くなり、申し訳ありません。いつまでも独り占めしてんじゃねぇ!ですね(汗)
若いタレと大人バダというバダタレは、もう嫌になるくらいツボをグイグイ押されるシチュで、しかも、初めての遠征前の不安を抱えて、いつもより素直というのか、バダの温もり求めてるタレとか、本当にたまらないです////
変わった風味の煙草を吸えないところとか、バダより一回り華奢なタレとか想像だけで色々・・・・怪しからん大人になりそうなので、そろそろ黙ろうと思います(笑)。
コチラこそ、このお祭に目を留めていただき、本当にありがとうございました!!

20140107 up!!




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