I Love youの伝え方


by vegetable・bacon


 落ち葉を踏む音に気づいて振り返ってみると、長身の青年が所在なさげに立っていた。

 いつからいたのか……。

 尋ねようかと思ったが、あまり野暮を言うとまた機嫌を損ねかねない。
 まぁ、だからって、揶揄からかわない自信はないけどな。
 ターレスは薄く浮かぶ笑みを自覚しながら、挑むような目でこちらを見ている青年に近づいた。

「遅かったな、悟飯」
 抑揚のない声で話しかけ、軽く片眉を上げる。
 特に意味があるわけでもなく、話しを始める時の些細な癖に過ぎなかったが、悟飯はあまり好まないようだった。
「……来いなんて言われた覚えない」
 ムッとしているのを見て、ああ、またやってしまったかと気づかされる。だが、いくらターレスでも無自覚な表情まではどうすることも出来ない。
 ふいっと逸らした視線を追うことはせず、悟飯の頬に手をあて、強引に正面を向かせる。黒い瞳にさっと浮かんだ色は怒りと羞恥。50/50の、悟飯らしい中間色だ。もちろん、本人の意図することではないだろうが、揺れる眼差しには支配欲を煽られてしまう。

 ……大人しく支配されるタマでもないけどな。
 そんなことを考えていたせいか、自然と笑みを浮かべていたらしい。
 眼鏡の奥の悟飯の目が明らかに戸惑っている。

「離せよ」
「嫌なら何故来たんだ? おまえが何を望んでるのかは知らない。だけどな、悟飯……」
「……何っ」
 後ずさりしそうになるのを必死で堪えている悟飯の腰に尻尾を巻きつけ、顔を近づける。
 この頃、ようやくまともに名前で呼ぶようになった。
 悟飯は何も言わないが、ターレスに名前を呼ばれると、いつも少し答えが遅れる。動揺しているからだろう。
 小僧と呼ぶたび、止めろとムキになっていたくせにと可笑しくなるが、口には出さない。これ以上機嫌を損ねてもいいことはないし、背伸びをしている悟飯を決して嫌いではなかったから。

「こんな時間に一人で会いに来れば、こういうことを期待していると解釈されても仕方ない。これまでの経験上……な」
 吐息の触れ合う距離まで唇を近づけ、いつもより低い声で指摘する。
 ただそれだけでも、首筋まで赤く染まった悟飯の頬に口づけ、震える唇を唇で塞ぐ。耳の後ろから後頭部に手を滑らせ、髪を反対側から撫で上げ、ついばむように柔らかなキスを繰り返すと、薄く開いた悟飯の唇の隙間から漏れる息が徐々に熱くなってきた。
 キスだけならもう何度も経験済だ。
 だが、サイヤ人はそもそも愛情を確かめ合うセックスに縁が薄い。実はキスという行為そのものが、サイヤ人の行動というべきか、性行為の中ですら存在しない。もちろんターレスも例外ではなく、キスという言葉も意味も、地球で暮らすようになってから知った。
 初めて悟飯にキスをした時、ターレス自身は単純にテレビで流れていた深夜映画を真似て、それなりの好意を示そうと試みたのだが、あの時の悟飯のリアクションは見ものだった。それ以来、幾度となくキスも、それ以上の行為も繰り返してきたが、悟飯は不思議なほど慣れる様子はなく、ターレスが舌で唇を押し開くまでは身体を強張らせて待っているだけだ。

「――ぅ、ん、んんっ……」
 苦しげな声に構わず舌を絡め続けているうちに、悟飯の舌も徐々に滑らかな動きでターレスに応え始め、二人の粗い呼吸が重なり合う。
「まったく……。ここまでその気になるのなら、オレが家にいる時に訪ねて来い」
「ッ、ッ。……そんな、気で……来たわけじゃない、から」
 長いキスから解放し、肩で息をしている悟飯に皮肉を言うと、さっきまでよりも少し余裕の出た瞳がターレスを見つめ返し、素っ気なく答えた。
「――ああ、なるほど」
 膝同士がぶつかるほどの至近距離に立ち、この頃ほとんと身長が変わらなくなった悟飯をすぐ後ろの太い樹に押し付ける。浅黒い両腕に閉じ込められる格好になり、不安げに眉を寄せた悟飯の耳元で、ターレスは意味ありげな声で呟いた。
「何?」
「……寒くないか?」
「は?」
 ターレスの脈絡のなく思える問いに、悟飯の眉間の皺が益々深くなる。不可解な面持ちの悟飯と目を合わせたまま、ターレスは片手を悟飯のウェストに伸ばし、黒いセーターの中に手を滑り込ませた。
「ターレスっ!?」
「なんだ?」
「なんだじゃない!? 何して……ひっ! んっ、ぐ……っ」
 突然のことに驚く悟飯の足の間に腿を割り込ませ、脇腹を撫でた手をそのまま胸まで滑らせる。前触れもなく胸の先端の小さな突起を指で押され、樹の幹に押しつけられた悟飯の足がピンと突っ張った。
「――外だろうと、なんだろうと、……欲しいと思ったらオレは止めないぞ」
「バカっ、離せっ」
「おっと。……危ないなぁ。おまえの気がまともにぶつかったら、即死だ」
 ターレスは、パニックするあまり、片手から蒼白いエネルギーの塊を放った悟飯から両手を軽く上げて離れ、フッと笑った。
「そんな、つもりで来たんじゃないって言ってるだろ!?」
「あー、はいはい。……じゃ、たまには恋人同士の真似事でもするか」
「なっ」
 思いがけない言葉に悟飯の顔が今度は怒りではなく羞恥で真っ赤になる。
 頭から湯気が立ちそうほど逆上せている悟飯の肘を掴み、ターレスは悟飯が来るまで自分が立っていた丘の頂上を指して歩き出した。

「座らないか?」
 どうしていいか分からず立っていた悟飯は、満天の星空を背に振り返ったターレスに促され、落ち葉の重なった地面に黙って腰を下ろした。
 拳一つ分離れた位置に座ったターレスを横目でチラりと見ると、ついさっきまで悟飯に濃厚なキスを与え、その先の行為にまで及ぼうとしていたことが信じられないほど、静かな表情をしていた。
「で? オレに何の用だったんだ」
「え?」
「……わざわざ、おまえらの言う"気"ってやつを探して来たんだろう? そうじゃなきゃ、こんなところで偶然会うとは思えないからな」
 悟飯が答え易いように気を遣っているのか、両手を腰の後ろに投げ出して軽く顔を上げた体勢のまま、ターレスは軽い口調で言った。
「……分からない。特別な、用なんて……なかった」
 さすがに偶然だとは言えなかったのだろう。
 悟飯は少し決まり悪そうにポツリポツリと言葉を繋げた。
「じゃあ、オレの顔が見たかったってことで決まりだな」
 クッと喉を鳴らして笑い、ターレスは悟飯の顔を片手で引き寄せ、耳の付け根にキスをした。
「ちょっと違う、よ」
「ん?」
 予想外の反論に悟飯の肩を抱いたまま首を傾げて見せると、悟飯は何かを諦めたように小さく笑った。

「――顔見るだけじゃ足りない」
「悟飯?」
「……ついこの前まで、小僧って言ってたくせに」
「そう言い聞かせて、少しは理性をもたせたんだ」
「ハァ。……戦闘民族ってそんなに口達者だと思わなかったよ」
「……甘い詩でも作ってやろうか? おまえのためなら出来なくはないぞ」
 ニヤっと笑ったターレスから少し顔を離し、何か言い返そうとした悟飯の目が蒼い月をとらえる。
 悟飯は一瞬、状況も忘れて、ターレスの肩越しにほとんど真ん丸に見える月を見つめた。

「どうした?」
「……月が、似合うと思って」
 ポツっと答えた悟飯の言葉で、ターレスが顔だけで夜空を振り返る。
 澄んだ冬の空に浮かんだ、確かに美しいが、もの寂しさも感じさせる月。
 天体を美しいと感じるのは、唇を重ね合うだけの行為で愛情を伝えようとする星の、甘ったるい習慣に毒されたからだろうか。
 浮かんだらしくない考えが、妙に決まり悪くなり、フッと笑みを漏らす。
「それは、愛したいという訳でいいのか?」
「はぁっ?」
「……教えたのはおまえだぞ」
 視線を月から外し、真っ直ぐ悟飯を見つめたターレスの黒い瞳の奥が楽しげに光る。
 悟飯は一瞬不興げに唇を尖らせていたが、ターレスの言わんとすることを理解した途端、音を立てそうな勢いで赤くなった。
「そんなっ、ことばっかり覚えて……っ」
「異星の文化を知るのは有益なことだからな」
 悟飯は堪えきれずクツクツ笑っているターレスの頭を平手で思いっきり殴り、大げさに痛がっているターレスの膝を跨いだ。
「ほんっとに、いい性格してる」
「おまえの気持ちを代弁してやっただけだ」
 人を食ったような笑みの中にごく僅かな温もりを覗かせ、ターレスは吸い寄せられるように近づいてきた悟飯の唇を受け止めてやった。


「……何だそりゃ?」
「僕に言われても、知らないよ。でも、面白いと思わない? ただ、愛してるって訳すのなら誰でも出来るけど、"月が綺麗ですね"とでも言っておけばいいなんて」
「回りくどいだけだ」
 

 冷たい風が吹く中、飽くことなく唇を重ねる二人の脳裏には、数日前の他愛のない会話が浮かんでいた。



end

タレさんが地球に住んでいたら、案外悟飯さんとは他愛のない日常会話とかしつつ、何となく一緒にいてくれそうな気がする・・・・というか、そういう二人が好きという願望から来た話です^^I LOVE YOUを『月が綺麗ですね』と訳せばいいと言った文豪さんの逸話は有名ですが、これって後付エピソードではないのだろうか?(笑)いや、どっちにしても、悟飯さんとタレでなら、このくらいのひねりもアリ……?という、二人に夢見すぎた話でした。お付き合いありがとうございます^^

20131211
vegetable・bacon

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -