無題

by 三荷様



 顔に触れた冷たい感触に、カカロットはビクっと身体をふるわせた。

「びびるなって」
「びびってねぇけどさ。痛ぇんだよ」

 情けない台詞にターレスは喉の奥で笑い、ジェルをつけた指を傷だらけの顔に再び押しつけた。
 カカロットは、座っている椅子のクッションに爪を立て、ひりひりとした痛みをやり過ごした。

「よし。顔の方は終了だ。アンダースーツまくれよ。腹の傷も見るから」

 ふう、と息を吐き、カカロットは指示に従った。指が、わき腹のあたりに触れる。

「多少赤くはなってるけど、大丈夫か。……しかし、まあ」

 ターレスは言葉を切り、部屋の隅にころがっているアーマーに目をやった。その腹部の装甲の表面には、黒く焼けこげた大きな傷がきざまれている。

「はは……」

 その傷の深さに、カカロットは口の端をヒクっと吊り上げた。エネルギー弾を避けたときの感覚が、身体によみがえってくる。
 つい先ほど、カカロットはトレーニングルームで手合わせをした。相手は格上の訓練生だ。言葉を交わしたことはなかったが、同年代の中では頭一つ抜き出た力を持つ男だったので、顔くらいは認識していた。
 その男が、今日、なぜかカカロットに声をかけてきたのだ。名前をおぼえられていたのにも驚いたが、模擬戦闘にさそわれたのにはもっと驚いた。まだレベルの低い自分と戦って、相手に得るものがあるとも思えなかったからだ。格下の訓練生をいびることを好む者は多いが、そういった嗜好を持つタイプでもないように見えた。
 わけがわからないまま手合わせを開始し、――結果はこの様だ。

「さすがに、今日明日にも高難度の遠征に参加可能、と言われているだけのことはあったな」
「うん、強かった。パンチ、一回しか当たらなかったもんな。やっぱ動きの切れが良いや」

 拳をグーパーと開くカカロットをしばらくながめてから、ターレスはニヤっと笑った。

「エネルギー弾ぶちこまれたとき、ちびりそうになったろ。タマ縮んで、もどらなくなったんじゃないか?」
「やーめろって」

 股ぐらをつかむ振りをする手をペチペチと叩いてやると、ターレスは大きな笑い声を上げた。それから床にストンとしゃがみこみ、足首の関節の具合を診はじめた。
 メディカルマシーンを必要としない程度の傷の場合、訓練生は、実戦に備えて自分たちの手で治療を行うのが常だ。
 しかし、カカロットが怪我をすると、ターレスは治療キットをかかえて、毎回部屋にやってくる。
 すこしは自分でやらないと腕が上がらないと訴えても、どうしても止めてはくれず、とうとう説得を放棄するはめになった。
 手当て自体は丁寧にやってくれるので、その点はありがたいのだが――。

「……っ」
「ここ、痛むか」
「いや、痛かねぇけど……」

 指をはわされるこそばゆさに思わず呻くと、ターレスは顔を上げた。どこまでも慎重な手つきに、何とはなしにゾワっとくる。
 カカロットが反応を示すたび、ターレスはやたらと嬉しそうな顔をする。わざと乱暴にするわけではないのだが、面白がられていると思うと、素直に感謝する気持ちになれない。

 ほんと、変なヤツだよな。

 器用な手の動きをぼんやりとながめながら、カカロットは思った。
 ターレスに怪我を診てもらう習慣は、出会った直後から続いている。
 訓練施設に入ったばかりの頃、カカロットは、ふとしたことで同輩たちに因縁をつけられた。ぼろぼろにされて倒れていたところをターレスに拾われ、なぜか自室に運びこまれた。そして、今と同じように念入りな手当てを受けたのだ。
 感謝はしつつも、治療室に放りこんでくれれば済むものを、と不思議に思ったものだ。
 後になって、どうして助けてくれたのか尋ねたとき、ターレスは事も無げに答えた。

『良いやられっぷりだったから』

 まるで実戦を終えた後のような怪我の具合に、興味をひかれたのだそうだ。
 どう見ても、ちょっと小突かれた程度の怪我ではない。これだけやられると言うことは、相当弱いのだろう。そのくせ、拳にきざまれた傷は激しい抵抗の跡を示していて、だいぶ相手の手を焼かせたとみえる。アンバランスな奴だなあ。……と思ったのだとか。
 実際そのとおりだったのだが、それがなぜ興味を抱く理由になるのか、カカロットにはいまだによくわからない。

「一回しか当たらなかった、とか言ってたが、その一発が引き金になったな」
「え? なに?」

 唐突にかけられた言葉を理解できずに、聞き返す。
 ターレスはスッと立ち上がり、手を腰にあて首をかたむけた。

「パンチだよ。おまえのパンチが当たった瞬間、相手の表情が変わったろ。あれが火をつけた。そうじゃなければ、ここまでやられなかっただろうな」

 たしかに、それはカカロットも感じ取っていた。拳に固い手ごたえがあった直後、相手の男の気配がガラっと変わったのだ。いかにもトレーニングという調子だったのに、いきなり実戦並みの攻撃がはじまった。そこからは、手も足も出ずにやられてしまったのだが。

「嬉しいか。優秀な奴に本気を出させることができて」
「そんなん嬉しかねぇよ。負けたんだぜ?」
 カカロットは口をとがらせ、腫れたまぶたをそっと触った。
「でも、またやろうって言ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。これからは、ちょくちょく手合わせしようってさ」
「え」

 ターレスの目が軽く見開かれ、妙に長い沈黙が二人の間に流れた。

「…………そんなこと、言われたのか」
「うん。勉強になるし、ありがてぇよな」

 ターレスは横目で空をにらみ、口元に手をあてて何やら考えこみはじめた。「ふうん。なるほど。やっぱりな」などと、ブツブツとつぶやいている。

「どうした? ターレス」
「あの手のタイプなら危険はないだろうけど、かえってまずいか。本気っぽいとなあ、……おまえも、真っ直ぐに向かってこられるとフラッとなびきそうだし」
「だから、何の話だよ」

 半眼で見つめてくるターレスに、カカロットは眉をひそめた。
 ターレスは視線を合わせたまま、ベッドに勢いよく腰をおろした。

「カカロット。おまえさ、そいつの部屋に誘われたとしても、絶対に行くなよ」
「は? なんで?」
「自分の部屋に入れるのも、やめておけ」
「ち、ちょっと待てよ。だから、なんで……」
「トレーニングの後のシャワーも、しばらくの間は自室のを使え。夜は――……俺の部屋で寝ればいいか」
「ターレス? おいターレスってば」
「いっそのこと、俺とできてるって噂でも立てとくかなあ……」

 しびれを切らしたカカロットは、椅子から立ち上がってターレスの肩をつかんだ。

「もおっ! さっきから何言ってんだよ、おめぇは!」

 ターレスは、なぜか呆れたような顔つきでカカロットを見返してきた。

「あいつに見初められたんだよ、おまえ」
「ミソメられた?」
「惚れられたってこと。そのうち口説いてくるだろうから、気をつけろよ」

 カカロットは口をポカンと開け、「なにバカ言ってんだ、おめぇ」と言った。
 ターレスは、肩に置かれた手をつかんではずし、その爪の間にはさまった血痕をいじりながら言葉を続けた。

「いや、あの男、おまえを見る目つきが怪しいとは前々から感じていたんだ。ここまで本気とは思わなかったけど」
「そ、そんなわけねぇだろ。ただの勘違いじゃ……」
「わかるんだよ。そっちの勘はおまえより確かなんだから、グダグダ言うな」

 指先を握られたままじろっとにらまれて、カカロットは口をつぐんだ。それから、ゆっくりと膝を折り、ターレスの隣に腰をおろした。
 こちらの名前を知っていた上に、今後も会おうと言っていたくらいだから、ある程度は興味を持たれている、とは思っていた。だが、惚れたのなんだのと言う話は信じられなかった。
 しかし、その手合いのことは、言われたとおりよくわからない。自分よりはずっと聡いこの男が断言するのなら、たぶん本当なのだろう。
 混乱しつつも何とかそう納得して、カカロットは「はぁ」と、返事ともため息ともつかない声をもらした。

「けど、なんでまた……」
「んー、もともと見てくれが好みだったのと――」そう言って、ターレスはカカロットの手を拳の形に握らせた。「一発入れられたのが、効いたのかもな」
「……オラより強いやつなんて、たくさんいるじゃねぇか」

 ターレスは拳をはなし、後ろにひっくり返ってベッドの上に身を投げ出した。
 カカロットは眉根にしわをよせ、自分の膝に肘をあて頬杖をついた。

「戦い方にも好みってものがあるんだろ。おまえは伸びしろもありそうだし、これから先、面白くなりそうだと思われたんじゃないか?」

 気持ちはわかる、と言いながら、ターレスはカカロットの背筋をつうっとなでた。

「……っ! おめぇっ、それやめろって、……おわっ!」

 カカロットは、ターレスの手をつかもうとして見事に避けられ、バランスを崩して仰向けに倒れた。ベッドのスプリングのきしみにまじる忍び笑いに、すこしばかり顔が赤くなる。

「……くすぐってぇなあ、もう」
「痛くされるほうが、好きだもんな」
「どっちもヤだよ」

 戦いの疲労と傷の痛み、おまけに余計なサプライズまで加わって、身体の力がいっきに抜けていった。真横からは、静かな呼吸音が聞こえてくる。その音を聞いてるうちに、とろとろとした眠気がしのびよってきた。
 色々と面倒なことが起きそうな予感はあるが、考えこんでもしかたがない。何だかんだ言って頼りになる奴もいることだし、どうにかなるだろう――。
 そう考えて、カカロットは頭をころがし横を向いた。すると、こちらを見つめるターレスと目が合った。いつもは皮肉そうな笑みを浮かべている瞳が、やけに真剣な色をおびている。

「――噂を立てるんじゃなくて、本当にやっちまうのも手、かもな」

 カカロットは、「なにを?」と口の中でつぶやいたが、声には出なかった。
 ターレスの手が伸びてきて、耳のあたりに張りついていた髪をつまみとった。固まった血液が、ひび割れる音がした。

「……ま、今日は怪我してるし、とりあえず保留だな」

 くわっ、とあくびを一つしてから、ターレスはごろりと背を向けた。
 カカロットは、もう一度「なにを?」と思ったが、すでにまどろみの中にいて、くちびるはうっすらと開けられたまま動かなかった。




END

御礼★
三荷さん、素敵な作品の掲載をご快諾いただき、ありがとうございました^^
こちらの作品は、以前からこの続きの二人を書かせていただきたいと思いつつ、なかなかまとまった時間がとれずにいたので、このまま私が抱えているのはもったいないと思い、この機会にお披露目させていただきました♪
カカさんの人を惹きつける魅力は、さぞや傍で機会を待ってるタレにとってひやひやものでしょうが、誰かに奪われそうになるのを黙って見ているとは思えないので、絶対いつかカカさんにもタレが特別な存在になる日が来ると信じています^^♪
まだ続編でのコラボは諦めていませんが(笑)、一先ずこうして、サイヤンらしいタレカカ二人の萌話しを掲載できてウキウキしています(*´∇`*)怪我の治療ってなんかエロスですよねw
三荷さん、その節は本当にありがとうございました♪

201311201up!!



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