会いたいなあって思ったら、君が(メロ)
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ぼんやりと風に揺れるカーテンを眺めていたら、ふと、ハウスにいた頃、密かに想っていた彼女の事を思い出した。いつかの図書室で、前の席に座った彼女の綺麗に纏められたポニーテールがゆらゆらと揺れる様子が、今自分の眺めている揺れるカーテンに重なる。
彼女は一体どうしているだろうか。ハウスを飛び出した自分に、彼女の現状を知る術は無い。
らしくもなく感傷に浸っていた俺を現実に引き戻したのは、来客を知らせるベルの音だった。
キラ事件を追って来日してから、どこかに拠点を落ち着かせる訳でもなく、都内のホテルを転々としている自分を訪れる人物に心当たりはない。協力者であるマットは今頃違うホテルで指示した仕事をしているだろうし、用があったとしたら、携帯に電話を寄越すだろう。二アの下にいながら捜査状況を流してくれるハルにしても話があるなら電話を用いる筈だ。
一体何者が、と用心しながらドアスコープを覗きこむと、そこに居たのは酷く懐かしい顔だった。


「あ、やっぱりメロだ!」


まさかそこに居る筈の無いだろう人物がそこに居た事に驚き、ついドアを開けてしまったら、俺の顔を見るなり、そこに居た人物は明るく弾んだ声でそう言った。
そこに居たのは、つい先程思い出していた彼女だった。


「…名前、か?」


自分は何か都合の良い夢でも見ているのではないか。そうでもなければ、イギリスに居る筈の彼女がこんな所に居る筈がない。しかし、今俺の目の前に居る、俺の目に映っている彼女は大きく頷いて笑って見せた。


「そう、名前。久しぶり、懐かしいね、メロ」


そう言った彼女の笑顔は、俺の記憶の中にある彼女の物と同じ。再会を喜び名前が首を横に傾けると彼女の綺麗に纏められたポニーテールがゆらゆら揺れた。


ドアの前で立ち話もなんだから、と半ば無理やり部屋の中に押し入った名前は、無遠慮に部屋の中を見渡しながら、風に揺れるカーテンの前に、俺に背を向けるようにして立った。昔からの知り合いとは言え、突然目の前に現れた名前を警戒しないわけにはいかない俺は、名前から少し距離をとってその彼女の背中を見つめる。


「名前が何で日本に居るんだ?」


名前の背中に問いかけると、背を向けていた彼女が振り返って答えた。


「メロに会いたくて、会いに来たの」
「は?」
「…っていうのは冗談で、仕事でちょっとね。メロこそ何で日本に?」


恐らく日本にいる理由に関しては質問を返されるだろうと予想はしていたが、やはり返されたか。しかし、正直に答えられる筈も無く言葉を濁すと、どうやら名前には俺が正直には答えないことは分かっていたようだった。


「ま、一言も無く出て行っちゃったメロだもの。今何をしてるか、なんて詳しく教えて貰えるわけないよね」


そう言って、名前は少し残念そうに笑う。


「何で、俺が此処にいることが分かった?」
「え?ああ、実は私も今このホテルのこの階にいるんだ。それでたまたま昨日の夜部屋を出た時、この部屋に入るメロを見かけてね、もしかしたら、と思って」


『思いきって尋ねてみたら、やっぱりメロだったの』とケタケタ楽しそうに名前は言葉を続けた。まさか、昨日名前に見られて居たとは思わなかった俺は、見られている事を気づかせない彼女のその立ち居振る舞いのような物に関心した。やはり、彼女もあのハウスの出身者なのだ。
楽しそうに笑っていた名前は一頻り笑うと、ふと、困ったように眉を下げて言った。


「メロは変わらないね」
「名前もな」
「ふふ、そう?自分じゃ分からないけど、…でもメロは変わらないよ」


名前の視線が、俺の顔の傷に向けられる。名前は痛みに耐えるような表情をした。


「昔から無茶ばっかり…、いつの間に、そんな怪我までして」
「…」
「心配、かけて、ばっかり」


そう言った名前の声が震えているように聞こえたのは気のせいではないだろう。そこまで言うと、名前はくるりとこちらに背を向けた。カーテンを掴む手が小さく震えていた。俺はなんて声をかけて良いのか分からず、ただ黙ってその背中を見つめていた。カーテンの裾がゆらゆら風に揺れた。


「…でも、会えて良かったよ」


しばらく黙ったまま、背を向けていた名前が再び振り返ってそう言った。その表情は穏やかだった。


「メロに会いに日本へ来たっていうのは冗談だけど、メロに会いたかったのは本当だから」
「…そうか」
「うん」


名前はカーテンから手を離すと、徐に部屋の出入り口であるドアに向かって歩き出した。


「帰るのか?」
「うん。お邪魔しちゃってごめんね」


帰るという名前を見送るため、先回りしてドアを開けてやる。すると、彼女は首を傾けて礼を言った。その仕草で、彼女の髪がまた揺れた。


「じゃ、お邪魔しました」
「ああ。仕事頑張れよ」
「ありがとう。メロも頑張ってね」


そう言って笑うと、名前はこちらに背を向けて歩き出す。少し離れた所で一度立ち止まり、振り返ると、こちらに小さく手を振った。それに応えるように、俺が小さく手を振り返すと、名前は満足そうに笑ってまた歩き出した。長い廊下の角を曲がって、名前の姿が見えなくなると、俺は部屋に戻った。
ぼんやりと先程まで名前の居たカーテンの前を眺めていると、カーテンの裾が風に煽られゆらゆら揺れた。その光景が、名前の髪がゆらゆら揺れる光景に重なった。
なんとなく、名前とはもう会えないような気がした。




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