笑顔で「ごめん」なんてひどいよ(クダリ)
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私が、密かに憧れていた上司であるクダリさんの残業をお手伝いするのは今日で三回目だ。私とクダリさん以外は誰も居なくなった事務所の中、クダリさんが判を押した書類を仕分けしながら、私はこっそりと黙々と残業をこなすクダリさんを盗み見る。
クダリさんは不思議な人だ、と私は思う。何が、というと主に仕事に対するペース配分についてだったりする。このバトルサブウェイのサブウェイマスターという地位にあるクダリさんは勿論仕事が出来る人だ。仕事のメインであるポケモンバトルは文句なしに強いし、バトル以外にも通勤通学ラッシュ時の立ち回りとか、部下のミスに対するフォローの入れ方とか、まさに”出来る人”といった感じで尊敬せずにはいられない。
しかし、どんな仕事も器用にこなしてしまうのに、どういうわけなのかクダリさんはデスクワークからは逃げ回っていた。嫌いなのか、苦手なのか、どういう理由かは知らないけれど、クダリさんは、業務内容に関する報告書だとか、企画書だとかそんな類の書類仕事を一週間まったく手を付けず溜めに溜め、週末になってまとめて処理するという方法をとっていた。勿論、一週間分の書類を勤務時間内に片付けることなんて出来ないため、残業をする。さらにクダリさん一人の残業では片付かないから、とどういうわけか私に声がかかり、私が手伝って仕事を終わらせるといった具合で、自分の仕事ではないのに、週末はいつも残業だった。


「お疲れ様です」


なんとか一週間分の書類をやっつけ、椅子に座ったまま伸びをしているクダリさんに、コーヒーを差し出す。クダリさんはにっこり笑ってそれを受け取った。


「いつもありがとう、名前。付き合わせちゃってごめんね」
「いえいえ」


密かに憧れている上司と二人っきりになれるこの残業は、私にとしては役得だ。残業後のおしゃべりが、今の私のささやかな幸せだったりする。勿論、そんなことクダリさんに言えるわけないけれど。
ふと、事務所の壁に掛けられた時計を見ると、定時で皆が仕事を上がってから一時間程しか経っていなかった。そういえば、いつもクダリさんの残業ってかかっても二時間くらいで終わるんだよね。あの書類の山をたった二時間程で終わらせるクダリさんの書類処理のスピードは尋常じゃなく速いため、実のところ私は、クダリさんに私の手伝いなんて必要ないんじゃないかと思っていた。手伝いと言っても、私に出来ることと言ったらクダリさんが処理した書類を仕分けして整理しておくくらいで、正直それほど役に立ってはいない。だから、毎回クダリさんから手伝いを頼まれる事が不思議でならなかったのだ。
私は自分の分のコーヒーを淹れながら、前々から不思議に思っていたこのことを尋ねてみることにした。


「クダリさんはどうして私に残業の手伝いを頼むんですか?」
「え?」
「手伝いって言っても、私書類の仕分けくらいしか出来ないし、あんまり役に立てていないような気がするんですけど…」


それなのに、なんでわざわざ私に?といった疑問をぶつけると、クダリさんは慌てた様子で身を乗り出して言った。


「そんなことないよ!名前が手伝ってくれて、ぼく凄い助かってる」
「そう、ですか?」
「名前が一緒じゃなきゃわざわざ仕事溜めて残業してる意味ないもの」
「…はい?」


なんか今クダリさん、変なこと言わなかった?『わざわざ仕事溜めて残業してる』?
私がクダリさんの言葉の意味が理解できずに目をぱちぱち瞬かせていると、クダリさんは少し気まずそうに、苦笑しながら頬を掻いた。え?え?何?どういうこと?


「名前」
「は、い」
「ごめんね」
「は…?」


唐突に、困ったように笑って、クダリさんが言った。


「本当はぼく、残業しなくても仕事終わらせられる」
「え、」
「その日の内にその日の分の書類片付けられる」
「じゃあ、なんで―…」
「名前と二人でお話したかったから」


クダリさんのその言葉に、私の心臓が跳ねた。


「名前と二人きりになりたかったんだけど、なかなかどう誘って良いのかわからなくて。名前優しいから、残業手伝ってって言えば、手伝ってくれると思った。だから、」


夢かと思った。だって、ずっと、密かに憧れていた上司が、クダリさんが、私と同じように思っていたなんて。二人でおしゃべりするのが、好きだったなんて。私と、二人きりになりたい、って思ってくれていたなんて。それって、つまり…。


「クダリさん、」
「なに?」
「どんな風でも、誘ってくれれば良かったのに」


顔を真っ赤にしながら私がそういうと、クダリさんはびっくりしたように一瞬大きな目をさらに大きく見開いてその後、照れくさそうに『ごめんね』と笑った。




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