高校に入学して、一カ月。私は未だにクラスに馴染めていなかった。何人か同じ中学だった子もいるけれど、特別仲が良いわけではない。中学が一緒だった子で仲の良い子達はみんなクラスが違う。休み時間は別のクラスの仲の良い子達と過ごせるから良いけれど、クラスで過ごさなければならない時間は退屈だ。早く、クラスに馴染まなければとは思うものの、人見知りというものはやっかいでなかなか自分から関わりにいけない。そうこうしている内にあっという間に一カ月が過ぎ、気がついた時にはもうクラスメイト達は各々仲良しのグループを作ってしまっていて、私は完全に出遅れてしまったのだ。


「じゃ、すみれ。また休み時間にね!」
「うん」


小学校からずっと一緒の友達のマツに手を振って自分の教室へ戻る。はあ、もう早く放課後にならないかな。なんて、まだ一日が始まったばかりだと言うのに、もうそんなことを考えてしまう。トボトボ自分のクラスへ向けて廊下を歩いていると、前方からやってくる見慣れた二人組を見つけた。


「お、おはよう」


勇気を出して声をかけてみると、それによって私の存在に気付いたらしい二人が私の方を見た。


「おお、すみれさん!おはようございます!」
「おはよう、すみれちゃん」


ニコニコ笑って挨拶を返してくれた桜木くんと、水戸くん。それだけで、なんだかものすごく嬉しくなってしまう。自然と頬が緩んだ。もしかしたら顔まで赤くなってしまっているかもしれない、と無意識に頬に両手を当て温度を確かめていると、そんな私のすぐ近くまでやって来た水戸くんがポリポリと頭をかきながら苦笑いした。


「いやー、ギリ間にあったな。遅刻かと思った」
「?何かあったの?」
「うん。単純に寝坊。焦ったよ」


『花道に起こされたのは初めてだ』なんて、言葉を続けた水戸くんの横で桜木くんがケタケタ笑っている。その桜木くんの爽快な笑い方に、つられてこっちまで笑ってしまいそうになった。


「で、でも、間にあって良かった、ね?」
「うん」
「髪もちゃんとセット出来たしな!」
「髪?」
「おい、花道!余計なこと言わなくていいだろ」
「おお、スマンスマン」


謝ってはいるものの、あんまり反省している様子は見られない桜木くんに、そんな桜木くんに抗議はしているものの、とくに怒っているわけでもなさそうな水戸くん。そんな二人を見ながら、さっき桜木くんが言っていたことを振り返る。そういえば、水戸くんの髪型っていつも綺麗にびしっとセットされてるけど、どうやってるんだろう。


「水戸くん、その髪型って、いつも自分で整えてるの?」
「え?うん、まあそりゃね」
「そうなんだ。凄いね」
「ははは。凄いのかな?」


そんな話をしていると、予鈴が鳴った。そろそろSHRが始まるから教室へ入らないと、せっかく間にあったのに遅刻にされてしまう。名残惜しいけど、おしゃべりはこれでおしまいだ。


「じゃ、またねすみれちゃん」
「うん、また」


隣の教室へ入って行く桜木くんと水戸くんに手を振って自分も、教室へ入る。朝から、水戸くんとお話しできたことが嬉しくて思わずニヤけてしまいそうになるのを我慢しながら、自分の席についた。すると、私が席についたタイミングを見計らったように、クラスの女の子数人がパタパタとやって来た。


「ね、春川さんって桜木くんとか水戸くんと仲良いの?」
「え?」


突然、何だろうと思えば、そんなことを尋ねられて、どうしてそんなことを訊くんだろう?と不思議に思う。


「だって今、桜木くん達と話してたよね?どうなの?」
「えっと、どうって言われても…」


どうなんだろう?仲が良いって言ってもいいものなのかな。私としては、あんなに話しやすい男の子って初めてだし、親しい方だとは思うけど、水戸くん達からするとどうなのかはわからない。
どう答えたものかと考えていると、なかなか答えない私に彼女たちは言った。


「あんまり、関わらない方が良いよ」


その言葉に、私は一瞬思考が停止した。


「…どうして?」


思わず聞き返すと、彼女たちは気まずそうに顔を見合わせながら答える。


「ほら、あの人達あんまり良い噂聞かないし」
「中学の時もすごい不良だったっていうじゃん」
「先生達にも目つけられてるしさ、仲良くしてたら春川さんも目つけられちゃうよ」


そう言うと、彼女たちはそそくさと自分の席に戻って行った。その後タイミング良く、担任の先生が教室へ入って来てSHRが始まった。
私の頭の中では先程クラスの子達から言われた言葉が繰り返されていた。
関わらない方が良いって言われて、すごく嫌な気分になった。水戸くん達は、彼女達が言っているような恐い人じゃない。みんな明るくて優しくて、良い人達なのに。良い噂を聞かない、とか、すごい不良、とかそんなことないよってどうして言えなかったんだろう。水戸くん達は全然そんな人達じゃないんだよって。言えば良かったのに、言えなかった。タイミングが悪かったとか、それだけじゃない。ただでさえクラスに馴染めていないのに、そんなことを言ってしまったら、ますますクラスに馴染めなくなるんじゃないかって、そう思って言えなかったんだ。水戸くん達が悪い風に思われているのはものすごく嫌で悲しいのに、つい自分の事を優先してしまった。その事実に、私はものすごく自分の事が嫌になった。


+++


放課後。今日は予備校が無い。仲良しのマツも部活が休みだから、彼女と久しぶりに一緒に帰ることになった。勿論まっすぐ家へ帰るなんて勿体ないことはせず、どこかしら寄り道する予定だ。どこへ行こうかな、なんてわくわくしながら帰り支度をして廊下へ出る。マツのクラスはまだSHRが終わってないのかな?マツのクラスの様子を見に行こうと歩き出すと、少し前にSHRを終えていたらしい隣の教室から生徒達がバラバラと出て来た。


「あ…」


その生徒達の中に、今朝話をした水戸くんと桜木くんが居た。部活へ向かうのだろうか、ご機嫌な桜木くんと、そんな桜木くんを少し呆れた様子で、だけど優しい目で見ている水戸くん。そんな二人を見て、今朝クラスの女の子達に言われた言葉を思い出す。彼女達が水戸くんや桜木くんに対して持っている誤解を解く事が出来たはずなのに、それをしなかった私。なんだか、居た堪れない。


「あ、すみれちゃんだ」


二人をぼんやりと見つめたまま、立ち尽くしている私に気がついたらしい水戸くんが声をかけた。はっと我に返って、慌てて笑顔を作る。


「帰るの?あ、今日予備校だったっけ?」
「ううん、お休み。今日は友達と帰る約束してて…」
「そうなんだ」
「桜木くんは部活、だよね?水戸くんは見学に行くの?」
「うん」


関わらない方が良いとクラスの子に言われた時、それを否定できなかった申し訳なさで、水戸くんと桜木くんと目が合わせられない。出来るだけ自然に話そうとは試みたものの、ちゃんとできている自信は無かった。水戸くんは、桜木くんは、気付いているだろうか。


「…じゃあ桜木くん、部活、頑張って、ね」
「勿論!」
「水戸くんも、…えっと、また、明日」
「うん、また明日」


二人は私に軽く手を振って体育館へ向かって歩いて行った。私は小さく振り返した手を下ろすと、小さくなるその二人の背中を見つめる。いつもは、名残惜しいくらいなのに、今日は居た堪れなくて、気まずくて自分から話を切り上げてしまった。


「…はぁ」


思わず溜息が出た。せっかく、久しぶりに仲良しのマツと帰ることでわくわくしていた気分が重くなる。水戸くんたちは悪くない。恐い人なんかじゃない。悪いのは私だ。酷いのは、私だ。
せっかく、少しだけだけど、自分の事が好きになれるかもしれないと思ったのに、こんな自分好きになれっこない。こんなんじゃ、水戸くん達と仲良しだなんて言う資格あるわけがない。そう思うと寂しくて、でも自分が悪いわけだから、そんな自分に苛立って、どうしていいのか、私は気分が晴れないままマツのクラスへ向かって歩き出した。
また明日。そう言ってしまったけれど、明日、私はいつもみたいに、水戸くんと接することができるのだろうか。
けれど、その翌日、水戸くんが学校に来る事は無かった。




08 自己嫌悪の朝


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