完璧主義で自分にも他人にもそれを望む父と、その父に良く似て優秀で父からの信頼も厚い姉。楽観的で人付き合いの上手な母と、末っ子長男ということもあってなのかわがままで反抗期真っ只中な弟は、それでも要領が良く世渡り上手で、父の優秀さと母の社交性をまるで良いとこ取りのように受け継いでいる。
しかし私はどうだろう。姉のように特別優秀というわけでもなければ、弟のように要領が良いわけでもない。どちらかと言えば、必死に勉強してなんとか成績をキープできるくらいであって元々の頭の出来は人並み、社交性はと言えば幼い頃から人見知りで、同性ならまだしも異性とはまともに会話も出来ない。姉のように、父と考え方が似ているわけでもないし、だからと言って弟のように反抗する勇気もない。
ただただ言われるがまま、促されるがまま生きている。そんな自分が無償に嫌になる時がある。そう、今日みたいに。


「…はぁ…」


放課後の、誰もいなくなった教室で虚しく溜息を吐く。この前、高校に入学して初めての中間テストがあった。そしてそのテストの結果が今日返されたのだ。同時に上位20名までの名前が廊下に張り出され、その中に、私の名前はあった。6番目だった。
成績表が配られた時、担任の先生は『良くやったな』って褒めてくれたけれど、正直、喜べるものではなかった。この順位では、父には認めてもらえない。父は一番じゃないと褒めたりしない。少なくとも、学年3位以内でなければそれより下は、6番だろうと20番だろうと父にとっては大差がないようだった。姉も弟もテストでは学年3位より下に落ちたことがないのに、私はその3位より上に上がれた例しがなかった。
真剣にテスト勉強をしなかったわけじゃないし、テストで手を抜いたわけでも勿論無い。一生懸命、全力でやって結果が6番目なのだ。どうしようもない。
どうして、私はこうなんだろう。細長くて薄っぺらい成績表をぼんやり眺めながら、自分の不甲斐無さに溜息しか出なかった。この成績を見せた時父がなんて言うか、想像するのも嫌だった。帰りたくない。


「何やってんの?」


そうやっていつまでも教室でぐだぐだしていると、聞き覚えのある声がした。反射的に声の方へ顔を向けると、そこにはやっぱり思った通りの人物がいて、思わず胸がドキっとする。


「水戸くん!」


開けっ放しの教室のドアの前に立っている彼の名前を呼ぶ声が上擦る。うわ、恥ずかしい。私はその恥ずかしさを誤魔化すように、無意識に自分の両手の指をもじもじ絡ませた。ドアの前に立っていた水戸くんは、何を思ったのかそのまま教室の中へ入って来て、私の座っている前の席の椅子を後ろに(つまり私と向かい合わせになるように)して座った。水戸くんとの距離があまりに近すぎるように感じて、落ち着かない。


「帰らないの?」


ドキドキしてしまって落ち着かない私に気づいているのかいないのか、水戸くんは不思議そうに尋ねてきた。


「か、帰る、よ」


一言答えるだけなのに、どうしてこんなにどもってしまうのか。余計に恥ずかしくなってしまって水戸くんを見ていられなくなって視線を彷徨わせる。ああ、もうなんでもっと上手に、落ち着いて話せないんだろう。他の男の子と比べると、水戸くんは話しやすいって思ったんだけど、なんでだろう、距離が近すぎるせいなのかな。でも、きっと普通だったら距離が近いとかそんなことでこんなにどもることも落ち着かない事も無いんだろうな。なんてそんな風に思うと、また自分の不甲斐無さに溜息が出そうになる。落ち着きの無い指が机の上の成績表を弄び音をたてた。


「そういえば、すみれちゃんって頭良いんだね」


ふと、思い出したように水戸くんが言った。いきなり何を言い出すのかと、彷徨わせていた視線を彼に向けると、水戸くんは『それ、成績表でしょ?』と私の手にある成績表を指差した。


「廊下に張り出されてたの見てビックリしたよ。まさかあそこまでとは思わなかったから」


そう言って水戸くんはすごいね、と笑った。さっきの担任の先生みたいに、水戸くんは私の成績を良い結果だと捉えているらしい。でもこの成績は良い結果ではなかった。


「…全然、すごくなんて、ないよ」


私がそう言うと、水戸くんは、ケタケタ笑いながら、


「いやいや、すごいでしょ。学年順位一ケタだよ?」
「でも、認めてもらえないから…」
「誰に?」
「…お父さん」


私の様子を見た水戸くんは笑うのをやめて、どことなく真剣な雰囲気で私を見た。


「お父さん?」
「…うん。うちのお父さん、完璧主義だから。…少なくとも3位以内にいないと、認めてくれないよ」
「うわっ、…随分、厳しいな」
「うん。だから、こんな成績見せたらなんて言われるか…」


そう言いながら、成績表を握る手に力がこもる。


「…だから、家帰りたくなかったんだ?」


すると、唐突に水戸くんがそう言った。


「え?」
「家帰るのが嫌だったから、いつまでもこうして教室にいたんだろ?」


尋ねているようでいて、確信している水戸くんのその言葉に、私は頷いた。誤魔化すことはできそうになかった。


「…俺はすごいと思うけどなあ、すみれちゃん」


す、と私の手から成績表を奪うと、その成績表を眺めながら水戸くんは言葉を続けた。


「学校終わってから、予備校通って遅くまで勉強して、すごいと思うよ」
「でも、お父さんは…」
「うん。親父さんはさ、6番じゃダメって言うかもしれないけど、俺はダメじゃないと思う」


水戸くんが眺めていた私の成績表を折り目通りに綺麗に折りたたんで、私に差し出す。差し出されたそれを、私が受け取ると、成績表を差し出していた水戸くんの手が、そのまま優しく私の頭を撫でた。



「だって、すみれちゃん、頑張ったんだろ?」


その言葉に私が頷くと、水戸くんはとてもとても優しい瞳で、笑った。


「頑張って出した結果ならさ、それで良いだろ」


水戸くんのその言葉は、信じられないくらい私の心を軽くした。
一生懸命やればいい。その結果がお父さんに認められなくても、こうして水戸くんが認めてくれた。私が、頑張ったって、認めてくれる。ただ漠然と、結果を褒めるんじゃなくて、私の努力の過程を認めてくれて、その過程があったからこそ得られた結果を認めてくれたことが無償に嬉しかった。
ムキになって、お父さんに認められることだけを考えてたのに、そんな我武者羅に無理をしなくたっていいんだって思えて、肩の力が抜ける感じがした。私をそうさせたのは、水戸くんの言葉と大きな手だった。魔法みたいなその言葉と、頑張ったねって褒めるみたいに撫でてくれた大きな手。
安心して無意識に涙が出て来た。泣き出した私を、相変わらず優しい瞳で、よしよしと撫で続けてくれる水戸くん。
水戸くんは不思議。水戸くんと出会って、関わるようになって、私を取り巻く世界が変わっていく気がしていた。それはやっぱり、気のせいなんかじゃなくって、水戸くんの側にいることで、すこしは自分の事が好きになれるようなそんな気がした。



07 魔法の言葉と大きな手


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