バスケ部、というか桜木くんの部活の様子をもう一時間近く見学しただろうか。ふと、体育館の時計で時間を確認すると、私は予備校の存在を思い出した。


「ごめんなさい、私、用事があるのでそろそろ帰ります」


そう言って私が鞄を持つと、隣に居た水戸くんもひょい、っと鞄を持って言った。


「俺も帰んなきゃ。バイトだし」


まだバスケ部の見学をしているらしい高宮くんたちに軽く挨拶をして、私と水戸くんは体育館を後にした。


+++


「ところですみれちゃんこれからどこ行くの?」


校門の近くまで来た頃、隣を歩いていた水戸くんはふと思いついたように言った。


「えっと、予備校です」
「へぇ。方向はどっち?駅の方?」
「はい」
「そっか。同じだね」


水戸くんの言った”同じ”の意味がいまいち分からなくて、きょとんと水戸くんを見る。


「俺のバイト先も駅の方向なんだよね」


すると水戸くんは、そう一言補足してくれた。ああ、なるほど。理解できた私が『そうなんだ』と頷くと、水戸くんはそうだ、と何か思いついたように言った。


「方向一緒みたいだし、途中まで一緒に行かない?」
「え?」


予想外のお誘いに、私は驚きの声を上げる。


「嫌?」
「いえ全然!嫌じゃないです!」


苦笑交じりに水戸くんがそう尋ねるから、私は慌ててそう答えた。すると水戸くんはフ、と笑った。


「そっか。良かった」


大人っぽいその笑顔に思わずどきっとしてしまう。同じ歳のはずなのに、水戸くんってなんだか大人っぽい雰囲気があるような感じがして、不思議。それに、見た目が少し近寄りがたいのに、実は気さくな感じで、笑った顔とかすごく優しくてそれが意外で、ドキドキしてしまう。本当に私、水戸くんにドキドキしてばかりいる。私は無意識に、赤くなっていそうな頬を押さえた。


「予備校って毎日行くの?」


校門を抜けると、隣を歩く水戸くんがそう尋ねた。


「いえ、基本的には週三日で、あとたまに土日とかにも…」
「そうなんだ?頑張るねぇ。えらいえらい」


別に自分から進んで通っているわけではないからえらくなんかないんだろうけど、そう言われてしまうと何とも言えない。なんて応えていいのか、と私が考えていると、水戸くんは思い出したように言った。


「そういえば、この前会った時すみれちゃん駅前の通りに居たよね」


水戸くんのその言葉で、なんて応えようと考えていた私の思考は一変。”この前”というのは、水戸くんが私を助けてくれたあの時のことだろうか。


「もしかしてあの時も予備校だった?」
「…はい。予備校の帰りだったんです」
「そっか。あんな遅くまで勉強してんだ」


『大変だね』と苦笑する水戸くんに私も苦笑を返した。なんとなく言われるがまま、週の約半分を遅くまで勉強して過ごす。確かに勉強することは大事だけど、もっと、今しかできない大事なことって他にもいろいろある気がする。そうは思いながらも、結局勉強を選んでしまう自分に苦笑いしか出てこなかった。


+++


他愛のない話をしながら歩いていると、私の通う予備校の建物が見えて来た。あっという間に着いてしまった。


「じゃあ、私、ここなんで」


入り口の前で立ち止まり私がそう言うと、水戸くんも足を止めて、一度建物を見上げた。その後、視線を私に移すと言った。


「何時頃に終わるの?」
「え?えっと、9時前には終わると思いますけど…」
「お。一緒だ」
「え?」
「俺もバイトそれくらいに終わるから迎えにくるよ。待ってて」
「え、でも悪い…」
「いいって」


私の言葉を遮るようにそう言った水戸くんは、『また変な奴に絡まれたら大変じゃん』と言葉を続けた。心配してくれてるの、かな。私が窺うように水戸くんを見ると、水戸くんは『ね?』と念を押すように言った。おずおずとそれに私が頷くと、満足そうに笑う水戸くん。


「じゃ、勉強頑張ってね」


そう言って水戸くんは私の頭をくしゃり、と撫でると、背を向けて行ってしまった。私は撫でられた頭を押さえながら、真っ赤な顔でその背中を見送った。ドキドキ、ドキドキ、心臓の音が騒がしく聞こえた。びっくりした。だって、突然頭を撫でられるなんて思わなかったから。
しばらく呆けてその場に突っ立ったままでいた私は、予備校の授業の時間を思い出すと慌てて建物の中へ駆け込んだ。



05 同じ方向なので


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