「すみれ?」


教室の前で洋平くんと別れて、仕様もないことで落ち込んでしまう自分を少し馬鹿馬鹿しく思いながら、自分も教室に入ろうと足を一歩踏み出しかけた時、知った声に呼び止められた。顔を向けると、やっぱりそこには思った通り、マツがいた。
でも、どうしたんだろう?なんだかびっくりしてるみたいだ。


「おはよう、マツ。どうかした?」
「どうかした?じゃないよ!」


パタパタと上靴を鳴らしながら駆け寄ったマツは、私の腕に自分の腕を組むようにして掴まえると、内緒話をするように小声で言った。


「すみれ、今さっき水戸洋平と話してたでしょ!?」
「…う、うん」


そういえば、私が洋平くんと話すようになったこと、マツ知らなかったんだ。話してなかった。マツ、だいぶびっくりしてるみたい。そりゃそうだよね。マツとは高校に入るずっと前から仲良しだし、昔から私を知ってるから、男子とはまずまともに話も出来ない私が男子と、それも洋平くんとお話ししていたらきっと驚く。(それも洋平くんと、なんてそんな風に考えるのはとても嫌なんだけど)
もし、マツにまで先生やクラスの子達に言われたみたいに、洋平くんのことを言われたら、と思うと、つい言葉が詰まって、どもってしまった。


「すみれ、水戸洋平と仲良いの?」
「えっと…」


仲良いか、良くないかと聞かれたら多分、良い方だと思う。私にとって洋平くんはとくに仲の良い男の子だけど、洋平くんにとってはどうなのかわからない。だから『仲良いよ』なんて、即答出来なくて困ってしまう。
すると、困った私を助けてくれるみたいに、予鈴が鳴った。教室に入らないと、遅刻扱いになってしまう。


「うわー…しょうがないな、詳しい話はまた放課後聞くから、じゃ、またね」
「う、うん」


どうして私が、洋平くんと話をするような関係になっているのか、相当気になるらしいマツは名残惜しそうに言うと、私の手にタッチして自分の教室へ入っていった。放課後は質問責めなのかなぁ、なんて少し不安に思いながら私も教室に入った。


+++


放課後。
私とマツは学校から割りと近くにあるファストフードのお店に着ていた。向かいに座ったマツはMサイズのシェイクにストローを刺しながら切り出す。


「で、いつから仲良いの?水戸洋平と」


私はストローの入っていた紙の袋の皺を伸ばしてからそれを半分に、さらにまた半分に、と折りたたみながら、うーん、と唸った。
それから私が洋平くんと話すようになったきっかけ、以前、予備校の帰りに知らない人に絡まれていたところを洋平くんに助けてもらったことを話した。


「へぇ、そんなことがあったんだ」
「…うん」
「人助けとか、何気に優しいんだね、水戸洋平」
「うん、…洋平くんは、優しい人だよ」


マツに、洋平くんの優しさをわかってもらえてほっとする。まぁ、マツは人を外見だけで全部決めつけてしまうような人じゃないけど。
ほっとして口元を緩ませながら、シェイクに刺したストローをぐるぐるかき回していると、マツがなんだか楽しそうに言った。


「『洋平くん』、かぁ」
「え、なに?」
「いや、すみれが男子を下の名前で呼ぶのはじめて聞いたなぁ、って」


別に隠すようなことじゃないんだけど、思わずギクリとしてしまう。なんだか恥ずかしくて頬が熱い。


「そ、そう?」
「そうだよ。すみれ、今まで男子は名字呼びだったし。そもそもすみれが男子と話してることあんまりなかったじゃん」


恥ずかしさを誤魔化すように、ひたすらシェイクのストローをぐるぐるかき回している私。そんな私に構わずマツは続けた。


「そんなすみれがさ、男子を下の名前で呼んで、しかも自分から声かけるなんてびっくりだったわ」


『それも相手はあの水戸洋平だし』と、しみじみと続けたマツは、一度シェイクを飲んで、それからテーブルに身を乗り出して内緒話をするかのような小さめの声で言った。


「すみれさ、水戸洋平のこと好きなんでしょ?」
「!」


衝撃。
言い当てられてびっくりして、肩がビクッと跳ねる。ストローをぐるぐるかき回す手が止まった。


「ええ、え?」


恥ずかしいのと、なんでわかったんだろう、って不思議に思うので狼狽えている私を見て、マツは可笑しそうにけらけら笑った。


「すみれ、分かりやすすぎ」
「え、そう、なの?」
「そうだよ。だってあの男子苦手なすみれが自分から話しかけにいって、しかも下の名前呼びでさ。ヤツのこと話すとき、なんか表情恋する乙女って感じだし」
「うそ…」
「あと、今日スカート短いよね?それも恋しちゃってるから?」
「!…うう…」


どうやらマツには全てお見通しらしい。まさかマツにスカート丈まで気付かれるとは。決してそうではないんだけど、なんだか辱しめを受けている人の気分になってしまって、勘弁して、と両手で顔を隠した。マツは、ごめんごめん、と笑ってシェイクをもう一口。


「しっかし、意外だったなぁ。すみれの好きな人が水戸洋平とか」
「…な、なんで?」
「だって、全然タイプ違うじゃん。今までのすみれだったら、まず関わらないタイプの男子でしょ?」


それは…確かに、そうかもしれない。あの時、洋平くんに助けられるようなことがなかったら、私、洋平くんと話すようにはならなかったし、きっと、洋平くんのことも、こわい人なのかな、って誤解してたと思う。


「それに、水戸洋平、というか、あの仲間?物騒な噂多いし、この前も確かバスケ部となんかあったよね?」
「それは…!」


マツの言葉に、今度は私が思わず身を乗り出してしまった。そんな私の行動にびっくりした様子のマツは、テーブルの上のポテトを1本摘まんだ状態で固まっていた。ハッとして私は身を乗り出した状態から、きちんと椅子に座り直す。


「…洋平くんは、そんなこわい人じゃないの。友達思いで、優しくて、桜木くん達も、そう。バスケ部の件だって、本当は洋平くん達は悪くなくて…だから、その…」


誤解を解きたくて言葉を紡ぐ。大切な友達であるマツに、解って欲しくて。
無意識に、シェイクのカップを持つ両手に力が入る。


「わかってるよ」


でも、どうやらそんな私の心配は杞憂だったみたいだ。


「すみれが好きになった人だもん、良い人なんでしょ。優しいヤツだから、すみれのこと助けてくれたんだろうしさ。まんま噂通りのヤツだとか、思ってない」
「マツ…」
「ごめんね、嫌な気分にさせちゃって」
「ううん、私こそ…」


びっくりさせて、ごめん。と、謝る。マツは、気にしてない風に笑って、ポテトを1本口に運んだ。それからポテトの容器を私の方へ向けて、私にも食べるように勧めながら、言った。


「まぁ、そういうわけだから、また何かあったら話聞かせて。応援してるよ?」
「うん」
「私に出来ることあったら協力もするし」
「…ありがと」


マツは、『恋、上手くいくといいね』と笑った。
大切な友達であるマツに、洋平くんのことをわかってもらえた私は、とにかくそれが嬉しくて、胸がポカポカ温かくなった。




14 恋、上手くいくといいね。


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