早退したあたしはそのまま病院へ行った。病院のお医者さんが『ただの風邪だから、しばらく安静にしていればすぐ治る』と言っていたから、あたしはお医者さんの言う通りにした。 家に帰って来てからパジャマ代わりのTシャツに着替えてベッドに横になる。それからサワに『神くんに傘返しといて』ってメールして、目をつぶった。 恋した背中 ずっとずっと うとうとし始めた時だった。あたしの部屋の中にノックも無しにママが入ってきて、 「やだ、寝る前に薬飲みなさい。今お粥持ってくるから、それ食べて薬飲んで」 そう言いながらあたしのおでこをむき出しにして冷えぴたを貼り付けた。冷たさが気持ちよくてうっとりする。 「なな、何か欲しいものある?」 「…ポカリ飲みたい」 「ポカリ?ちょっと待ってて」 バタバタと慌しく部屋を出ていくママを見送って、あたしは寝がえりを打った。頭がぼーっとする。風邪だからなんだろうけど、風邪だけのせいではない気がした。きっと、たくさん泣いたからだ。 『うそつき』と言ったあの時。神くんは何を言おうとしていたんだろう。 そんなことを考えていると、間もなくしてママがお粥を持ってやって来た。 「お粥持ってきたから。あとね、ポカリ、無かったからお水で我慢して」 そう言ってママはお粥や水の入ったコップ、薬の乗ったお盆をベッドの横の机に置いた。 「自分で食べれる?ママがあーんしてあげようか?」 「いーよ。自分で食べれるから」 「あ、そう?じゃ、ママ1階にいるから。何かあったら呼んで」 ママが部屋を出て行ってから、あたしはお粥の入った器を机から取って食べ始めた。おいしそうな湯気をたてるお粥は結構熱いから、ふーふー、と何度か冷まして、少しずつ、ゆっくり食べる。 そうして半分くらいを食べ終えた頃、枕元に置いていた携帯がブーブー鳴った。手に取って開くと、サワからメールがきていた。 『今からお見舞いに行こうと思うけど、何か欲しいものある?』という内容で、あたしは『わざわざいいよー』って返信した。すると、すぐに返事がきて、それには『帰りに配られたプリントとか届けなきゃなんないし。ついでだよ』とあったから、あたしはお言葉に甘えることにした。ポカリが欲しいです。 そんな欲求をメールして、再びお粥のもう半分を食べ始める。お粥を食べ終えると、薬を水で流しこんで、ゴロンとベッドに横になった。 お腹もいっぱいになって、薬も飲んで、またうとうとし始めた頃。インターフォンの音が聞こえた。多分、サワだ。そう思って起き上がろうとしたものの、熱のダルさと眠たさで思うように動けなかった。 そうこうしているうちにママが部屋に入って来た。よかった、サワを連れてきてくれたんだ、って安心したのも束の間、ママの後ろにサワはいなかった。そのかわりにママの手にはポカリと、何枚かのプリント。 「これ、クラスの子が届けに来てくれたよ」 そう言ってママは手に持っていた物をあたしに差し出した。あたしはそれを受け取って、尋ねる。 「クラスの子って、サワじゃないの?」 「サワちゃんじゃないよ」 「?ふーん…」 不思議に思いながらプリントをぱらぱらめくっていると、二つ折りにされたメモのようなものが挟まっていることに気がついた。開いてみて、そこにあった文章にあたしは目を見開いた。 「ママ!これ、これ届けてくれた子、どんな子だった?」 メモから顔をあげてママに尋ねると、ママは突然あたしが大きな声を出すものだからビックリした様子で、 「えっと、背の大きな男の子だったけど…」 それを聞いてあたしはやっぱり、と思った。それから思うように動かない体をなんとか動かしベッドから出ると、メモを握りしめたまま部屋を飛び出し、階段を駆け降りて、ぺったんこのサンダルをつっかけて外へ出た。 『さっき吉村さんが言ってたことについて今度ちゃんと話がしたい。 ごめんね。 お大事に。』 そう、メモには書いてあった。あの字は間違いなく神くんの字だった。 ちゃんと話がしたい、ってどういうこと? 話してくれるの? なんでまだ優しくしてくれるの? 期待しちゃっても、いいの? 風邪をひいているけど、熱があるけど、そんなことお構いなしに走った。まだ、そんな遠くへは行っていないはず。そう思って走った。 ちゃんと話がしたい、って書いてあった。 あたしも。あたしもちゃんと話がしたい。 あたしも言わなくちゃいけないことがあるの。 伝えたいことがあるの。 少し走ると、見慣れたあの大きな、あたしの大好きな背中が見えた。 「神くんっ!!」 大きな声で呼びかけると、神くんは足をとめてこちらへ振り向いた。あたしも走っていた足をとめた。 言わなくちゃいけないこと。 伝えたいこと。 ずっとずっと前からあたしは君に恋に落ちてたの。 090928 back |