『元気出して』、って言われても、神くんのことで元気がないのに、そんなすぐに元気なんて出せないと思った。きっと原因が神くんじゃなくて、別にあって元気がなかったのなら、絶対絶対元気出せたのに。今回ばっかりは無理そうだった。
午後の授業は退屈で、携帯も鳴らなくて、仕方なく窓の外を見てみると、雲ひとつない青空が広がっていた。今日はこんなに良い天気なのに、あたしの心はちっとも晴れやかじゃない。





squall






こういう日に限って日直だったりする。どうにもやっぱりやる気が起きなくて仕事はちっとも捗らない。黒板も帰りのSHRで先生が連絡事項を書いてそのままだし、日誌も日付と名前しかまだ書いてない。…早く帰りたいなぁ。
なんて、思考と行動がかみ合っていないままボーっと窓の外を見ていると、突然ガラリと教室のドアが開いた。先生かな?と思ってそっちを見ると、そこにいたのは神くんだった。


「あれ、吉村さんどうしたの?」


なんでこのタイミングで会っちゃうんだろう、気まずいのに。まあ今朝も会ったけど。


「日直?」


スタスタ教室に入ってくる神くんがそう尋ねてきたから、あたしは一度だけ頷いた。神くんは、どうしたんだろう。部活じゃないのかな、制服だし。


「そっか。大変だね」
「…神くん、は?」
「俺?俺は忘れ物取りに来ただけ」
「部活…」
「うん、今日休みなんだって」


そう言いながら神くんは自分の机の中からノートを取り出していた。多分宿題のやつだと思う。そのノートを鞄にしまう神くんを見ながら、それじゃもう帰るんだろうな、なんて思っていたら神くんはそのままこっちに近づいてきて…。


「え、全然書いてないじゃん」


あたしの机の上に広げられた日誌を覗き込んでそう言った。あたしはなんだかすごく悪いことをしたような気分になってしまって、『ごめんなさい』って呟くと、神くんは困ったように笑って、


「俺、黒板消しとくから日誌書いちゃいなよ」


そう言って、黒板の前まで移動してあたしに背を向けた。その背中はとても大きくて、頼もしくて、初めて神くんに出会った時のことを思い出させた。
あの時からあたし、神くんのことが好きだったんだよ、って。今も好きなんだよ、って言いたいのに言えないのは、神くんにはちゃんと彼女がいるからそんなことを言って困らせたくないからなのだろうか。正直、自分でもよくわからない。


黒板を消し終えた神くんは、使った黒板消しをクリーナーにかける。教室中に響くクリーナーの音はとても大きくて、きっと今、あたしが何か言っても神くんには聞こえないんだろうな、って思った。


「なんで、教えてくれないの?」


神くんに彼女がいる、ってノブくんから聞いて2日経つのに、なんでまだあたしには教えてくれないの?もう2日だよ?2日もだよ?あたしはまだ神くんの口から直接『彼女できた』って聞いてないよ。


「?今、何か言った?」


すると神くんは一度クリーナーのスイッチを切ってあたしを見てそう言った。まさか気づくとは思わなかったあたしはびっくりしたけど、でも神くんの言葉から考えて、肝心な内容までは聞こえていないだろうと思った。


「…ううん。何も」


あたしがそう答えると神くんは首を傾げて、『そう?』と不思議そうに呟いた。



日直の仕事を手伝ってくれた神くんに『一緒に帰ろう』って言われて、あたしに断れるはずがなかった。だって気まずいけど、親切をしてもらったのにそんな人のお誘いを断るのはどうかと思うし、気まずいけど、彼女に悪いって思うけどやっぱり、好きな人と帰ることを嬉しく思わないわけがない。


「吉村さん、家どっち?」
「あっち」
「じゃ、方向一緒だ」


『一緒に帰ろう』って言った後に家の方向を聞くのはちょっと変だなぁって思ったけど、まぁいいや。というか、方向一緒でよかった!なんて思ったのもつかの間。


「……」
「……」


会話が、ない。
ただ並んで歩いているだけで、気まずさといったらなかった。あれ、いつもどうしてたっけ?今まで、毎日授業の前の休み時間とかいっぱいおしゃべりしてたのに、今はどうだろう。
ない、ない、まったくない。
…今、神くんは何を考えているんだろう。あたしは必死になって話題を考えたり、様子を窺ったりしてるけど、神くんはどうなのかな。
なんて、そんなことを考えていたら、突然空が暗くなってザーッと雨が降ってきた。


「うわ、すごいな。吉村さん、走れる?」
「う、うん」
「じゃ、走ろう。俺んちすぐそこだから」


『ついてきて』と、そう言って神くんが先に走り出した。あたしは言われたとおり神くんの後を追いかけた。


300メートルくらい走って、神くんのお家にたどり着いて、ようやく足をとめた。すごい雨だったから走ってもあんまり意味がなかったのかもしれない。頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れだ。


「入って」


神くんがドアを開けてそう言った。招かれるまま、あたしは神くんのお家に入ってしまってからあたしは大変なことに気づいた。初、神くんのお家訪問だ。
広い玄関には花が飾ってあって、その先には階段。左側には引き戸がある。リビングかな。神くんのお部屋はやっぱり2階にあるのかな、なんて考えていたらふと浮かんできたある疑問。
彼女も、来るのだろうか?


「吉村さん?」


玄関でびしょ濡れのまま突っ立っているあたしに神くんが声をかけた。『大丈夫?寒い?』って心配そうにそう言う神くんは本当に優しい人だと思った。だけど、そんな優しさがあたしの胸をぎゅうって苦しくさせるんだ。


「ううん、大丈夫だよ。だからあたし帰るね」


あたしがそう言うと神くんは、え、って驚いたような表情をして、


「まだ雨降ってるし、風邪引くよ?」
「大丈夫だよ。あたし体 丈夫だし。」
「じゃあ送る」
「大丈夫だって!それじゃあ神くんが風邪引いちゃうじゃん。部活、大会近いんでしょ?」
「…そうだけど」
「ね?あたしほんと大丈夫だし」


あたしが笑ってみせると神くんは、『じゃあ…』と玄関の隅っこにあった傘立てから1本傘を取るとあたしに差し出した。


「これ、使って」
「え、でも大丈夫だよ?」
「ダメ。これはちゃんと言うこと聞いて」


神くんの真剣な表情に思わず頷いてしまったあたしは渋々それを受け取った。
ドアを開けるとやっぱり雨はすごくて、ちょっとだけ憂鬱になる。さっきまであんなに晴れてたのに。なんて、そんな風に思いながら借りた傘を開く。すると、外の様子を見た神くんがまた言った。


「やっぱり送るよ」
「いや、だから大丈夫だよ」
「でも、」
「大丈夫だってば!」


思わず大きな声で怒鳴るようにそう言ってしまった。自分でもビックリした。けれど、堪え切れなかった。
神くんが優しいから、優しすぎるから、期待しちゃうじゃない。神くんにはちゃんと彼女がいるのに、あたしはまだ神くんを好きで、諦めが悪くて、なのに神くんが優しくしたら、胸が苦しくなる。
『好き』って気持ちが隠せなくなる。


「神くんが優しくするから、あたし、期待しちゃうじゃん…っ」


堪え切れなくて出てきてしまったその言葉はとても情けないものだった。声も、泣いてるみたいですごくかっこ悪い。涙も言葉と一緒に堪え切れなかったみたいだ。
言うつもりのなかった言葉を言ってしまったことと、泣き顔を見られたくないって気持ちから、あたしは逃げるように走り出した。神くんがあたしを呼んだのが聞こえたけれど、あたしはとまらなかった。


神くんに初めて会った時、あの時からずっと好きだったよ。今も好きだよ。どうして教えてくれなかったの?なんで彼女できたの?どうしてその子なの?あたしより仲良しの女の子がいたの?
いろんな想いが頭の中でごちゃごちゃに混ざってわけがわからなくて涙が止まらない。
神くんが優しいから、優しすぎるからいけないんだ、って神くんのせいにしてしまっているけれど、それは違うって本当は解かるのに、苦しくて、切なくて、悲しくて、それを認めたくなかった。


ねぇ神くん。
あたしはどうすればよかったの?



090313
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