あれから1年。進級して早一ヶ月。あたしは2年生のクラスが大好きだった。いつもならこの時期新しいクラスに馴染むのに四苦八苦しているのだけれど、今回のクラスは仲の良い友達がたくさんいるからその心配はない。そして何より…


「おはよう、神くん!」
「あ、吉村さん。おはよう。」


神くんがいるから!!しかもなんと隣の席。これはもう運命としか思えない。朝から幸せな気分で席に着いて、チラリ、神くんの方を見ると、あたしはある異変に気づいた。





繋ぐ赤外線






神くんの手に握られている、それ。


「あれ、神くん携帯変えた?」
「よく分かったね。」


そりゃあいつも見てますから神くんのこと!なんて、まさか言えやしないけれど。あたしは椅子に横向きで座って神くんの方に身を乗り出す。


「ね、見せて見せて!」
「どうぞ。」


両手を差し出すと、神くんが携帯を貸してくれた。大事大事に両手で持って眺める。紫の携帯。紫ってなんか珍しいな、持ってる子とか少なそうって気がする。これ、最近出た新しいやつだよね。確か、カメラ機能が凄いって。そんな事を考えながらくるり、と携帯を裏返してカメラのレンズを見た。


「カメラすごーい!けっこう本格的だね!!」
「はは、やっぱりまずそこなんだ。」


『ほんと、カメラ好きだよね。』と神くんは笑う。もちろん、とばかりにあたしも笑う。そこで、ハッと気がついた。これはもしかして、神くんのアドレスをゲットするチャンスじゃないか。
そう思ったら、途端に心臓がドキドキした。緊張、する。どうしよう。でも知りたい神くんのメアド!よし、ここは自然に。ごくごく自然に。


「…そういえば、あたし神くんのアド知らない、なー…」
「あ、じゃ交換する?」
「する!」


あたしは神くんの携帯を返して、自分の携帯を制服のスカートのポケットから取り出した。それからお互いの携帯をくっつけて…


「行った?」


赤外線受信。携帯のディスプレイに『神宗一郎』と名前が表示される。登録完了。感動のあまり、携帯を持つ手がプルプル震える。やったー!!…って叫びたい、今すぐ。


「…吉村さん?」
「え、あ、きた!登録したよ!!」


不思議そうにあたしを見つめる神くん。我に返って、『あたしも送るね!』と今度はあたしの方から赤外線送信。ヤバイ、幸せ。


「そういえば俺、女子とメアド交換したのはじめて。」


あたしが幸せを噛み締めていると、ふと思い出したように神くんは言った。


「嘘、あたしもだよ。」
「え、ほんと?」
「ホントホント。だって男子とメールとかしないし。」
「でも佐々木とかと仲良くない?」
「佐々木くんは男の子も女の子も関係なくってみんなと仲良いじゃん。」


『だから特別仲良いってわけじゃないよ。』と続ける。…っていうかこんな積極的に自分から話しかけるの神くんだけだからね!なんてもちろん言えやしないけど。それにしても、神くんのアドを知ってる唯一の女子があたしなんて、嬉しすぎる。


「じゃあさ、俺は?」
「へ?」
「なんでアド聞いたの?」


まっすぐ見つめる神くんの瞳。射抜かれたかのように動けなくなる。ドキドキドキドキ胸が高鳴る。それは、神くんが好きだから、なんて言えるわけがない。言葉が出ない。


「えっと、それは…」


まっすぐあたしの瞳を見つめる神くんの瞳。言葉が出ない。


「神くんは…」


神くんは。
すると、タイミング良く担任の先生が教室に入って来た。


「お前ら席着けー。SHR始めるぞー。」


ガタガタ生徒達が席に着いて、おしゃべりしていた子も静かになる。あたしも椅子にキチンと座りなおした。神くんもまっすぐ正面に向き直った。けれど、あたしの胸のドキドキは治まらなかった。
あたしはそのまま平静を装い、先生の話に耳を傾ける。しかしその時、事件は起こった。


「そろそろクラスにも馴染んだ頃だろうし、今から席替えしまーす。」


先生が言ったその言葉。席替え。
あまりの衝撃に胸のドキドキはどこか遠くへ吹っ飛んだ。


「んじゃ端のヤツからクジ引けー。」
「先生、待ってください!」


ガタン、と勢いよく立ち上がる。すると先生はダルそうにあたしを見て言った。


「なんだ吉村。」
「席替え嫌です!」
「なんで。」
「なんでって、…えっと、あたしまだ全然馴染んでないし、」
「いやいや、お前は十分クラスに馴染めてるから、大丈夫。」


『よし、じゃあクジ引けー。』とあたしに構わずクジを回し始める先生。そんな!!


「『よし』じゃないよ先生!全然『よし』じゃないって!!先生!」



前言撤回。運命じゃなかった。あたしの引いたクジは窓際のよりにもよって1番前の席。神くんは隣の隣の列の前から3番目の席。地味に遠い。
幸せから、突然の転落。ああもう帰りたい。悲しみのあまり机に伏せった。1限、古典。授業中のため、教室の中は静かだ。すると、あたしのスカートのポケットの中で携帯が震えた。え、何事?チラ、と先生がこっちを見ていないことを確認してから机の下で携帯を開いた。


『授業中は寝ちゃダメだよ。』


神くんからの、初メール。バッと斜め後ろに振り返る。すると、神くんと目が合って、彼はニコ、と笑った。ドキっとする。神くん、授業中に携帯弄るのもほんとはダメなんだよ。なんて今はどうだっていい。あたしは先生にバレないように気をつけながらメールを打って送信した。”寝てないよ”って。するとすぐに返信がくる。開くと、


『席離れちゃったね。』


すかさず返信。”そうだね。”って打って送った。そしてまたすぐに返信が来て、そこには。


『残念。』


一言、そうあった。
あたしは携帯を持ったまま、ゴツン、と机におでこをぶつけた。ドキドキドキドキ胸が高鳴る。例え、これが社交辞令だったとしても、それでも。神くんが『残念』と、あたしと席が離れてしまったことを『残念』と、少しでも思ってくれているのだとしたら、嬉しい。どうしよう、あたし、嬉しい。


ねぇ、神くん。
神くんの一挙一動に、あたしが可笑しいくらいに反応してしまうということを、あなたは知っていますか?



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