「大変そうだね。俺も手伝うよ」


途方に暮れそうなくらいのたくさんのボールに囲まれ、ボール磨きをしていた私にそう声をかけてくれた神くん。神くんはいつも決まってさっきのセリフを言いながら、マネージャーとしての私の仕事を手伝ってくれた。そんな彼に、私が、恋をするのにそう時間はかからず、その一カ月後、私から告白して彼と付き合いだした。
彼氏彼女として付き合いだしたものの、私と神くんの関係は以前と差ほど変わりはしなかった。恋人らしいことをするにしても、クラスは別々だったし、なかなかおしゃべりもできないし、中学生の頃は私も神くんも携帯を持っていなかった。できることといえば、お昼休みに一緒にお弁当を食べるくらいで、そのお弁当も食べ終わればすぐ神くんはバスケをしにいなくなってしまう。休日も放課後もバスケ。神くんの一番はいつだってバスケだった。
そんな状態で、私と神くんは、本当に付き合っている、って言えるのかな?そんな風に私はいつもいつも不安で、その不安や寂しさに耐えきれずに、私から別れを告げたのは付き合い始めてから三カ月が経った頃だった。
今思えば、中学生だった私に、誰かを好きになって付き合うなんて、そんなことまだ早かったのかもしれない。
本当に好きで、好きで、それだけに必死だった。
そんな恋に恋していた中2の夏。
あの頃から、三年。


三年も経つのに、未だに私は神くんが好きだった。別れよう、ってそう言ったのは私なのに、自分でも自分がよくわからない。ただ、後悔してた。中2の夏、あの時、私が不安とか寂しさとかを我慢できていたら。もっと、がんばっていたなら、今は違っていたのかもしれない。そんな風に、いつも考えていた。
そして、神くんにどうしても会いたくなって、彼の高校へ行った日。あの日、私は、おひさまみたいに明るい笑顔の女の子と出会った。


「大丈夫!ちゃんと伝えれば、きっと妖精さんの気持ち分かってもらえるよ!!」


そう言って笑う彼女を見ていると、心が軽くなる。彼女の笑顔を見ていると、私も笑顔になれた。彼女のその言葉は私の背中を押してくれた。




神くんに、ちゃんと、自分の気持ちを伝えたい。
そう思って、観に行ったIH予選。コートに立ちプレイする神くんに何か違和感を覚えた。
ポジションが違う。
中学の頃、神くんのポジションはセンターだった。私が神くんと別れてからも、私はバスケ部のマネージャーを続けていたし、ずっと神くんを見てたから、ちゃんと覚えてる。だけど、今の、神くんのポジションはセンターじゃない。
そんな私の目には違和感だらけの神くんの手から放たれたシュート。ボールは少しの狂いもなくリングに吸い込まれた。
きれいなシュートフォーム。一体、神くんはどれほどの努力を重ねたのだろう。
私の知らない神くんが、そこには居た。



試合の後、私は神くんに会って話をするために、神くんのもとへ向かった。


「神くん!」


ようやく見つけた背中にそう声をかけると、彼は振り返り、驚いたように私を見る。立ち止まった神くんに駆け寄る。


「…田中さん、来てたんだ」


少し戸惑っているようにそう言う神くん。それに私は一度だけ頷いて、それから、


「神くん、私、聞いてほしいことが、あるの…」


緊張から無意識に両手の指をもじもじさせながら言った。言ってから窺うように神くんを見ると、神くんは目で私に話すよう促した。私は一度息を吐いて、もじもじさせていた指をぎゅ、と抑えて、数秒間をおいてから、ついに自分の気持ちを伝えた。


「私、神くんが、好きなの」


恥ずかしくて神くんの顔を見ることができないから、今、神くんがどんな顔をしているのかはわからない。何を、今更。と、呆れているかもしれない。怒っているかもしれない。私は俯いたまま言葉を続けた。


「別れよう、って言ったのは私の方だし、すごい勝手なこと、私、言ってると思う。でも、好きなの。別れてからも、ずっと、好きだった」


ずっと、好きだった。神くんが好きで、好きで、それだけでいっぱいだった。でも、神くんの一番はバスケで、それが寂しくて、不安で、我慢できなかった。そんなあの時の私の気持ちも、今の自分の気持ちと一緒に伝えた。
なんて、自分勝手な言い分だろう、と、自分でも思う。
それでも。


「…俺、さ」


すると、ずっと黙って私の話を聞いてくれていた神くんがポツリ、呟くように話しだした。


「一生懸命マネージャーの仕事を頑張ってる田中さん見てると、俺も頑張ろう、って思えたんだ。だから、あの時、好きだって言われて、嬉しかったし、別れよう、って言われた時はショックだった。…でも、」


そこで言葉を切った神くん。私が俯いていた顔を上げて、神くんを見ると、そこには申し訳なさそうな、切なそうな表情の神くんがいた。


「田中さんに、寂しい思いさせてたんだね」


神くんはそう言った後、


「ごめん」


そう言って私に頭を下げた。私はぶんぶん首を横に振って、再び俯いた。
謝らなくちゃいけないのは私の方。寂しいのを、不安なのを、我慢できなかった私の方。そう、謝ろうとした私に、神くんは言った。


「だけど、俺、田中さんの気持ちには応えられない。今の彼女が大切なんだ。だから、ごめん…」


神くんのその言葉に、私は俯いたまま動けなくなった。
『今の彼女』?
どうして、考えなかったんだろう。少し考えれば、その可能性もある、って気づけたはずなのに。神くんに新しい彼女がいるかもしれない、なんて。


「…田中さん?」


俯いたまま、黙って動かない私を不思議に思ったのか、神くんが心配そうに私を呼ぶ。私は慌てて顔を上げると、大丈夫、なんでもない、少し驚いただけだから、なんて、ショックなのをごまかそうとした。残念だけど仕方ないよね、わかった、話聞いてくれてありがとう。そう言って笑うつもりだったのに。そんな言葉言えるわけなくて、笑えるはずなくて、


「彼女の、どんなところが、好きなの…?」


代わりに出て来たのはそんな言葉だった。すると、神くんは言った。


「彼女の笑顔を見てると、元気が出るんだ。…今日の試合観て、田中さんもしかしたら気付いたかもしれないけど、俺、ポジション変わったんだ。入部してすぐ、お前にセンターは無理だ、って言われて。悔しくて、辛くて、不安だった。ここでバスケを続けるには他のポジションで頑張らなきゃいけない、ってひたすら練習してた。そんな時、彼女に会ったんだ。彼女の笑顔を見てたら、辛くても、頑張れた」


そんな風に彼女の事を話す神くんは、とても幸せそうで、瞳がすごくすごく優しくて、そんな彼を見ていたら寂しくて、たまらなくなった。そして、そんな私の頬を涙が伝った。それは次から次へと溢れて、止まらなくて、必死に涙を拭う私をなだめるように、神くんはそっと私の肩に手を添えた。それがまた切なくて、涙が溢れた。
その時。


「…なな」


ふいに、神くんが言った。神くんの言ったその名前には聞き覚えがあって、視線を神くんの視線の先へと向けると、そこには、私の背中を押してくれた、あの、おひさまみたいな笑顔を持つ女の子がいた。




走って逃げてしまった彼女を、神くんが追いかけていった。そんな様子を見たら、すぐに気づけた。
あの子が、神くんの今の彼女なんだ。
”彼女の笑顔を見ていると元気が出る”そう言った神くんの気持ちがよく、わかった。だって、たった一度しか会ったことのない私も、彼女の笑顔を見たときそう思ったから。
『あたしは『バスケが好き』って言った彼を好きになったから、バスケを頑張ってる彼をかっこいいな、って思うから平気、っていうか、それでいいや、って思える』
あの時の彼女の言葉がふとよみがえった。
寂しさや、不安を我慢できずに、別れを告げた中2の夏。あの頃の私に、少しでも、あの子みたいに考えられる余裕があったなら、今は違っていた?
今更、そんなことを考えたところでどうにもならないこと、分かっているのに、そう思わずにはいられない。
あの子が羨ましかった。
あの子みたいになりたい。そう思った。
いつか、誰かにとって私も、そうなりたい。
今はまだ、あふれ出る涙は止められないし、神くんが、好きで、好きで、その気持ちは忘れられないけれど。
少しずつ、思い出へ変えていけたら、と、素直にそう思えた。



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